第7回 テーマ:マッカートニーⅢの聴きどころ

 
連載最終回は、“マッカートニー・シリーズ”の最新作『マッカートニーⅢ』の内容について、収録曲の聴きどころを中心に紹介する。

 

なにせ、“マッカートニー”という、それこそ水戸黄門の印籠のような名前がアルバム・タイトルに冠されたわけだから、聴く前から期待は大きく膨らむ。例えばそれは、こんなふうにだ――。

 
インストはあるのか? 風変わりな曲はあるのか? キラリと光る曲はあるのか? 最先端の音作りを取り入れているのか? アルバムのコンセプトはあるのか?

 
ビートルズをリアルタイムで聴いていた世代は、新しいアルバムが出るたびに、こうした“ワクワクドキドキ”した気持ちでアナログ・レコードのA面1曲目に針を落としていたことだろう。そして今回、『マッカートニーⅢ』を聴く前の個人的な(勝手な)予想はこうだった。

 
『メモリー・オールモスト・フル』(2007年)の収録曲のうちポールが1人で録音した「Dance Tonight」「Ever Present Past」「See Your Sunshine」「Only Mama Knows」「You Tell Me」「Mr Bellamy」「Gratitude」のような曲が集まったアルバムなのではないかと。そこに、それに続くオリジナル・アルバム『NEW』(2013年)と『エジプト・ステーション』(2018年)の香りがまぶされているようなサウンド作りになっているのではないかと。

 
さて、では2020年のポールの音にじっくり耳を傾けてみることにする。

 
まず1曲目の「Long Tailed Winter Bird」は、新作の宣伝用の映像でも使われていたアコースティック・ギターのカッティングが耳に残る、ファイアーマンを思い起こさせるような実験的な曲だ。スキャット風のコーラスがわずかに入るだけのインストゥルメンタルである。

 
2曲目の「Find My Way」は、予想していた『メモリー・オールモスト・フル』収録の「Ever Present Past」のような雰囲気を感じさせる、疾走感を伴うエレクトリックな音作りが心地よい。フリートウッド・マックの『タスク』(79年)に収録されたリンジー・バッキンガムの曲のような趣もある。

 
3曲目の「Pretty Boys」は、アコースティック・ギターによる小品。『NEW』収録の「アーリー・デイズ」に印象は近い。

 
4曲目の「Women and Wives」は、一転してピアノを基調としたマイナー調の曲。淡々とした展開が胸を打つ、“2020年のポール”を感じさせる音作りだ。

 
5曲目の「Lavatory Lil」は、エレキのギター・リフが特徴的で、掛け合いヴォーカルも力強く楽しい曲だ。『タッグ・オブ・ウォー』(82年)セッション時のデモ・テイクと言ってもいいような雰囲気もある。

 
6曲目の「Deep Deep Feeling」は、『エジプト・ステーション』をファイアーマン名義で出したらこんな感じに? と言ってもいいような8分半の大作。『ケイオス・アンド・クリエイション・イン・ザ・バックヤード』(2005年)収録の「Riding To Vanity Fair」と同じく、聴いていくうちにトリップしていくような不思議な感覚がある。

 
7曲目の「Slidin’」は、新作の中で最も激しい曲で、エレキ・ギターの重いリフは「Only Mama Knows」を思わせる。

 
8曲目の「The Kiss of Venus」は、宣伝用映像として先に一部公開された曲で、この曲もまたどこをとっても(近年の)ポール節と言えるアコースティック・ギターによる佳曲だ。間奏に入るチェンバロのクラシカルな響きも絶妙である。

 
9曲目の「Seize the Day」は、最初の歌いまわしを耳にした時に「(ラトルズの)ニール・イネスか?」と思ったが、ポップでノスタルジックなメロディとサウンドの味わいはアルバム屈指だ。

 
10曲目の「Deep Down」は、(今度は)「ミック・ジャガーか?」と思ったが、ポールには珍しいソウルフルな歌唱や雄叫び(マイケル・ジャクソン風?)を含めて、過去のすべての曲の中でも最も異色の1曲と言えそうだ。

 
そして11曲目の「Winter Bird/When Winter Comes」は、オープニングのリプリーズ的に「Winter Bird」(ショート・ヴァージョン)が登場後、アコースティック・ギターの弾き語りによる92年録音の佳曲「When Winter Comes」へと繋がっていく。ヴォーカルは92年録音のものをそのまま使ったようで、他の曲に比べて声が若い。

 
さらに日本盤にはボーナストラックが4曲収録されている。
「The Kiss Of Venus」と「Lavatory Lil」はアコースティック・ギターによる演奏で、それぞれデモ・テイクとスタジオ・アウトテイクとクレジットされている。「Women And Wives」もスタジオ・アウトテイクで、“完成版”とほとんど同じ仕上がりだが、サビが大きく異なり、“完成版”にはない歌詞(とそれに伴うメロディ)を聴くことができる。残る「Slidin’」は“デュッセルドルフ・ジャム”とクレジットされているが、“完成版”のようなヘヴィな印象を全く感じさせない、ラフなギター・リフが延々と繰り返されるテイクとなっている。

 
以上、新作『マッカートニーⅢ』について、曲の印象を中心に個別に書いてみた。最初に耳にした時は『マッカートニー』『マッカートニーⅡ』を頭に思い浮かべながら接したので、その2作に比べると、光る曲やアルバムのコンセプトが見つけづらいと思った。だが、聴いていくうちにどんどん耳に馴染んでいき、アルバムの色合いが鮮やかに浮かび上がってくるのだ。これぞ“マッカートニー・マジック”である。

 
アルバム通しての印象は、小粒で滋味深く、それでいて遊び心や実験精神のある作品――喩えて言うなら『パイプス・オブ・ピース』の2020年版のような趣だ。ちなみに、個人的ベスト・トラックは「Women and Wives」「Deep Deep Feeling」「Seize the Day」の3曲である。

 
新作発売に際して行なわれたBBC Radio 6 Music用のインタビューで、「パンデミックの影響を受けた曲があるか?」と聞かれたポールは、こう答えた。

 
「比較的新しい曲のいくつかはね。〈Seize the Day〉は、辛い時期があっても今を生きるんだと歌う曲だけど、パンデミックを乗り切るためには、良いことに目を向けて、それを掴む努力をした方がいいということを僕自身やこの曲を聴いている人にも思い出させてくれるはずだ。間違いなく僕の助けにもなった」

 
「Find My Way」や「Slidin’」もパンデミックの影響を受けて書かれた曲だと思われるが、ポール自身、“LOCKDOWN”をもじって“MADE IN ROCKDOWN”と名付けた新作『マッカートニーⅢ』には、往年のポール節だけでなく、これまでに表に出すことのなかった新たな顔がはっきりと見える。

 
1曲ずつ、楽器をひとつずつ丹念に重ねていく作業を、持ち前の集中力で、とはいえ、あくまで自分の楽しみのために自由な空気を吸いながら丹念に仕上げていった、まさに職人技の結晶――。

『マッカートニーⅢ』は、生粋の音楽人ポール・マッカートニーが、ヘフナーのヴァイオリン・ベースはもちろんのこと、ビル・ブラック(エルヴィス・プレスリーのオリジナル・トリオのメンバー)が使用していたダブル・ベースやアビイ・ロード・スタジオのメロトロンをはじめとした多種多様な楽器を使いながら、2020年だからこそ作り得た自由な精神に満ちた快作である。

 


☆ 連載「マッカートニー・シリーズとは」
 第1回:マッカートニー・シリーズとは(総論)
 第2回:マッカートニー(詳細その1)
 第3回:マッカートニー(詳細その2)
 第4回:マッカートニーⅡ(詳細その1)
 第5回:マッカートニーⅡ(詳細その2)
 第6回:マッカートニーIII の発売背景
 第7回:マッカートニーⅢの聴きどころ


『マッカートニーⅢ』2020年12月18日発売