BIOGRAPHY
Bjork / ビョーク
Bjork
BIOPHILIA NOTES
Bjorkの7枚目のフル・アルバムとなる『Biophilia』は、10トラックの他にそれぞれ付随するiPadアプリケーションを含むマルチメディア・プロジェクトとなっており、これまででコンセプト的に最も複雑な作品となっている。「Moon」、「Thunderbolt」、「Virus」、ファースト・シングル「Crystalline」など、トラックのタイトルはまるで教科書に出てくるような単語ばかり。Bjorkの自然と音楽学との個人的な繋がりと解釈のフィルターを通してそれぞれの曲は完成された。アルバム・タイトルは2年前に読んだオリバー・サックス氏の『Musicophilia』という本からインスピレーションを受けており、彼女の個人的な一連の想いを暗示している。「すごく良い本だったの」と、Bjorkは言う。「私は英語があまり得意じゃないから、プロジェクト・タイトルに”Biophilia”はいいわねって言ったの。でもそれは”Bio”の意味が”Nature(自然)”だと思ってたから。後から誰かにそれは”生命に対する愛情”って意味だって教えてもらった。私はもっと”自然”っぽいとか、”自然へ形を変える”という意味を想像していたんだけどね。だから本当は自然と同調するという意味を込めたつもりだったの。」
自発的な自然との体験というコンセプトで作られた『Biophilia』は、自然科学と感情を混合させている。「「DNA」という曲はリズムについてのトラック。でも同時に感情も意味する曲なの」と、Bjorkは言う。「科学オタクが間違ってることを証明することも、科学と感情を一つにするということも、同じように大切だと考えた。だからそれぞれの曲ができるだけ違う感情を伝えることに注意を払った。「Moon」はとてもメランコリックで、再生や太陰周期についての曲なんだけど、同時に満月に関する数学だけをテーマにした曲でもあるの。」彼女は『Biophilia』に「科学と自然の要素、そして音楽学を継ぎ目なく織り込みたかった」と言う。「私たちの時代は、自分たちが物理的にどこに存在し、どこで存在しないかを再定義することばかりを気にしている。最先端テクノロジーの可能性をバーチャル的にどこまで広げられるかを見ながら、それを利用して音楽学や未加工の自然要素の反応を表現、またはコントロールし、それからガムランやパイプオルガンなど一番アコースティックな楽器のサウンドを当てはめていく過程が私にとってすごくエキサイティングなの。だから両極端が得られる:すごくバーチャルなものと、すごく物理的なものを。そうすることによって物性を変えることができる」と、Bjorkは説明する。しかしBjorkの科学的/音楽的な探検は、音楽的にもリリック的にもどっちも遊び心があり、決して分析的でマジメなだけというわけでもない。「「Virus」という曲には、独特のユーモア・センスがあるの。この可愛らしいポップソングではわざとウィルスと恋に落ちるという設定にしてあって、魔性の女じゃなくて、魔性のウィルスについて歌ってるのよ。ラブソングっぽく仕上がっていて、作り出される音楽を主にテーマとしているの。ガムランチェレスタがウィルスの役を演じていて、なんとなくそれが登場して、ウィルスが最終的には勝つの。」
ハープをバックにソロのボーカルとコーラスが調和するファースト・トラック「Moon」から、クライマックスに収録された激しいダンストラック「Mutual
Core」と静かな「Solstice」は、”暗くなった/また明るくなり始めた”という楽観的なメッセージが込められている。『Biophilia』は、余分なものを取り除いた親密な曲を収集した作品で、普段よりも参加ミュージシャンの数も少ない。スペイン人のループ・コラージストPablo
D?az-Reixa (El Guincho)
が「Virus」のビート、そして「Moon」のビートとベース・プログラミングを手掛けている。ロンドンのプロダクション・デュオ16bitは「Crystalline」と「Mutual
Core」のビートのプログラミングを(Bjork本人と普段からコラボレーションを行っている「Hollow」の制作にも参加したMatthew
Herbertと共に)行った。ダウンタウン・ニューヨークのジャズ/ロック/エクスペリメンタル界の中心人物Zeena
Parkinsが「Moon」でハープを、そして「Solstice」でペンジュラム(*振り子)を演奏している。つまり今作はBjorkがひとりで制作した作品ではないが、プロダクションを重視した『ヴォルタ』
に比べると規模を縮小しており、はっきりとした未加工のボーカルに重点が置かれている。ボーカルの伴奏は新鮮でシンプルなアレンジで、オルガン、ブラス、そしてデジタル制御された特注のパイプオルガン、ガムランとチェレスタを合体した”gamelesta(ガメレスタ)”、テスラコイル・ベース、そしてある時点では11.5m
x
9mもの大きさがあったアルミニウム・ペンジュラム(地球の引力を利用して音楽パターンを奏でるために使用)など、様々な創作楽器が使用されている。ペンジュラムに関しては、最初に意図したものとは反対に大掛かりになり過ぎたため、Bjorkがアイディアを見直した。「逆の発想と手技で修正したの」と彼女は言う。「今は4つのペンジュラムになって、それぞれが音を幾つか出せるようになってる。天井や枝から吊るせることができる大きさなの。大体2メートルぐらいの高さで、木でできているのよ。だからもっと扱いやすくなった。」数曲には24名のアイスランド人女性コーラスが参加しているにも関わらず、エレクトロニック・ミュージックのパフォーマンスは静かで、そのプライベート感覚のサウンドはこの作品に相応しい仕上がりとなっている。
2007年の『ヴォルタ・ツアー』後、コンピュータ/ミュージック・ソフトウェア・プログラマーのDamina
Taylorと共に2008年からコンセプトと現実を結ぶことをテーマに混じりけがなく広々としたサウンドを創るようになった。「Damianのプログラミングのやり方のお陰で、自然の中のアルゴリズムを基に曲のパターンが思いつくようになったの。そしてもうそれ以上のことは殆どなにも必要ないの。」今回のプロジェクトをBjorkは”パンクDIYの理想”への回帰と呼び、『ヴォルタ・ツアー』の間にタッチスクリーンから興奮感を得たことにが理由と言う。「ただステージの上で派手なノイズを見せびらかすようなことはもうしたくなかった。もっと深いところまで掘り下げて、そこから曲を作りたかった。すぐにタッチスクリーンの潜在的価値を発見したわ。色々と不満を抱く音楽の先生に私がなって、スクリーンを使って異なる自然要素をテーマにした曲を10曲書き、半教育的なことをやりたいって思ったの。結晶を育てたら、それは曲になるの。月が満月になったり、欠けたりしたら、それも曲になるの」と彼女は説明する。「ロック界ではエレクトロニック音楽は魂がないって何年も言い続けられてきたけど、でも今ではエレクトロニック音楽は魂があるだけではなく、様々な形でこの世界に存在する。これまでレゴのように家の中でやるものとして扱われてきたけど、これからはもっと遠くまで押し進めていきたい。例えばツバメの移動をプログラミングし、それをコーラスとして曲で使うとか。私たちの知らないパターンがたくさん存在するのよ。」
現在も続く金融危機が原因でレイキャヴィークには多数の放棄された建物や空間が残っている。Bjorkは今作をアイスランドで”ミュージック・ハウス”として完成させることを心に描いていた。「空っぽのビルを利用して”ミュージック・ハウス”をやったらどうだろうって想像してみたの」と、彼女は説明する。「それぞれの曲が一つの部屋なの。ここが結晶の部屋、ここが雷の部屋、ここが月のしずくの部屋とかね...そして階段は音符なの。まるで音階のように。そして建物の持ち主には交換条件を提案すれの。家の中に美術館を作って、私たちが作ったものはその建物のオーナーがキープできることにしてね。」
しかしマルチメディアを用いるプロジェクトの特徴を保持するために規模を縮小することが必要となり、結果としてBiophilia App
Suiteが完成した。Biophilia App
Suiteでは、アプリのテクノロジーを通して科学と音楽が一つになっている(アプリの他にそれぞれの曲と歌詞も含まれている)。例えば「Dark
Matter」のアプリは、”Simon
Says”というゲーム(*日本では”船長さんの命令”)に似ており、音階を学ぶことができる。「Mutual
Core」には2つの半球があり、岩層が出現する。ユーザーはそれを組み合わせようとし、その間様々な和音を奏でる。(自然の地層と音楽の和音を遊びとしている。)「Crystalline」では、ユーザーが曲の異なる部分を象徴する様々なトンネルを通り抜け、まるで迷路を抜けるように曲を体験し、トラックの様々なバージョンを築き上げ、コーラスを探しながらトンネルを抜けて星雲へと飛び出す。(これは自然の結晶の構造と、音楽の構造と空間環境を組み合わせている。)App
Suite一式には、Nikki Dibbenのエッセイ、アイスランド人作家Sj?n
Sigurdssonが案内するツアーとイントロダクション、そして David
Attenboroughのナレーションが含まれている。(『Biophilia』はそもそも、Marcus
Chownが書いたiPad用科学電子書籍『Solar
System』がeBookに紹介されたことから始まった。)アプリは世界中のコンピュータ・プログラマーたちによって開発された。プロジェクトのユートピアとDIYという考えを基にプログラマーたちは、普段は互いにライバルであるにも関わらず、最終的には無料で協力し合い、プロジェクトの利益を50%ずつに分けることを決めた。「そう、まるでパンクの時代みたいでしょう?」とBjorkはその感激を語る。
Bjorkは子供たちに『Biophilia』の使い方(そして作り方)を教えることを計画しており、可能であればその過程で音楽学を変えたいと考えている。様々な都市で科学者とミュージシャンによる一連の集中クラスを開催する予定だ。彼女は5歳から15歳まで通った音楽学校に対しての反抗だと話している。「15歳のときに反発してパンクに走ったの」と彼女は笑う。「若かったから、音楽学校がまるでコンベヤーベルトのようにオーケストラ演奏者を作ろうとしてたことに不満を感じたの。バイオリンが本当に上手で、一日数時間10年間続けて練習をすれば、VIPのエリートクラブに招待されるかも知れない。私にとっての音楽はそうじゃなかった。自由、表現、個性、衝動性、自発性こそが音楽だと思ってたから。アポロニウスというよりも、ディオニソスだった。特に子供たちにとってはそうだった。子供は最高傑作を描けるの。最高の絵描きなのよ。音楽もそうだと思う。正しい道具さえあれば、素晴らしい音楽を書けると思う。その年齢でなにかを始めることはすごく大切だと思う...そしてもしやりたいのならその後に週500時間バイオリンを練習すればいい。でも少なくとも、最初に選択肢があることが大切だと思うの。」
2011年6月に本人がマンチェスターで過ごした時期に一週間開催されたクラスがその始まりだった。「子供たちに一日二曲を教えたの。BBC、David
Attenborough、そして自然史博物館も協力してくれた。午前中は結晶を渡され、自由に触ったり遊んだりして、アプリを使ったり、音楽の先生が音楽構造を教え、自分たちで曲作りをして、それをUSBに入れて持って帰れるの。それからランチの後は、雷についてもう一曲作り、電気や静電気やエネルギーに関して習うの。この曲はアルペジオについての曲だから、先生がアルペジオについて教えてくれる。生徒はみんなiPadを持っていて、それぞれの曲がアプリになっているから、パイプオルガン、ガメランチェレスタ、ペンジュラム、もしくはハープをすぐにその場で弾けるようになってるの。最先端のテクノロジーが使用できる楽しい電子楽器を色々と混ぜ合わせて、子供たちに衝動的に右脳を使って何かを作って欲しかった。そしてそれをアコースティック楽器に繋ぐの。」彼女はマンチェスターはプロトタイプであり、何かを始めるには理想的だと言う。「これからもっと遠くからも人に来てもらいたい...この教育的な面をもっと拡大しながら。」従来のツアーを行うのではなく、彼女は年に2、3の都市を選んで活動を行うことを望んでいる。「合間に数ヶ月オフをとって、それから建物をみつけて準備していくの。1ヶ月いられる建物がいい。だから当然普通のコンサート会場は無理だから、科学博物館を今は考えている。場所を提供してくれたら、私たちがオフの日には無料で子供たちに教える、という条件でね。結晶やウィルス、DNAや雷...様々なコラボレーションを行うの。それが一番いいやり方だと思う。」
Bjorkは『Biophilia』は「究極のマルチタスキング」だと笑い、そこには”付け足す”という考えが中心に存在し、そうした考えからプロジェクトはまだ進行中である。「10曲では終わらない気がするの。ダブルアルバムにしちゃうかも知れないし、同じ環境と設定を3ヶ月ずつ使っていく方法でやるかもしれない。もしくはその時の気分次第で1曲だけ追加するかも知れない。自然とサウンドが出会うという題材でアプリを出しているのよ...5000曲作ろうと思えばできるわ!」と、Bjorkは言う。
アプリ、集中クラス、そしてコンセプトを除いても、『Biophilia』は一枚のアルバムとして楽しむことができる。「考えてみたの。誰かがこのアルバムを10年後に中古のお店で買って聴いたら、きっと他のアルバムと変わらないって思ってくれる。アプリがなくても同じように楽しめるはず。これは私にとってBjorkらしいアルバムだから。アンビエントでうじうじした作られた作品じゃない。どっちかというと内輪のジョークみたいなものかも。自分の音楽的タブーに挑戦するのが好きだから。例えば、『メダラ』は私にとってタブーだった。アカペラなんて、この世で最悪の音楽だと思ってたから、さあ、タックルしてやろう!って思ったの。そして『ヴォルタ』。フェミニストの政治的メッセージのある音楽なんて本当に最悪でしょう?だから敢えて挑戦したの。”独立を宣言するのよ!”って。今はパステル色を使った生成的な音楽に挑戦している。中身があまりないちょっとうわべっぽいものなの。私はそうやるのが好き。自分とのちょっとしたジョークなの。アプリの曲を作るなんて、ものすごく厄介な感じがするでしょう?私はそのチャレンジが好きなの!」