BIOGRAPHY

Sheryl Crow


本名:  シェリル・スザンナ・クロウ(Sheryl Suzanne Crow)
生誕地: アメリカ、ミズーリ州ケネット

4人兄弟の3女としてシェリル・クロウ誕生。5歳からピアノやオルガンを習い始め、17歳の頃本格的に音楽活動を開始する。ケネット高校卒業後ミズーリ大学に進学。作曲やクラシック・ピアノ、音楽理論を専攻する。当時、”カシミヤ”というバンドでキーボードを担当、ローリング・ストーンズやレッド・ツェッペリンのカヴァーを主に毎週末地元のライヴ・ハウスで演奏していた。 その後小学校の音楽講師をしていた経歴も…。今やグラミーの常連と言われ、アメリカを代表する女性ロック・ヴォーカリスト。

 

1986年
カリフォルニア州ロサンゼルスに愛犬と共にシンガーソング・ライターとしての夢をかなえたく移住する。

1987年
プロとしての最初の仕事は、マイケル・ジャクソンのバッド・ツアーでバック・ヴォーカルとして起用された事であった。このツアーは来日公演も行われ、18ヶ月間に及ぶロング・ツアーとなった。この時シェリルは日本に3ヶ月間も滞在したとか…。

1989年
ドン・ヘンリー、ジョー・コッカー、ロッド・スチュワート等のバック・ヴォーカルに参加、エリック・クラプトン等に曲を提供する。

1990年
A&Mレコードと契約。

1992年
毎週火曜日の夜、南カリフォルニア バサデナにあるビル・ボットレルの自宅に数人のミュージシャンが集まりジャム・セッションや創作活動に明け暮れていた。
このセッションが後のファースト・アルバムに繋がる

1993年
ファースト・アルバム「Tuesday Night Music Club」発売。全米で400万枚を超えるヒットとなる。このアルバムからは、「Leaving Las Vegas」、「All I Wanna Do」「Strong Enough」「Can’t Cry Anymore」「Run,Baby,Run」「What I Can Do For You」の6曲がシングルカットされる(海外のみのリリース含む)。

1994年
8月12日、ウッドストック94に出演。その後、”All I Wanna Do”が全米で大ヒット。ビルボード誌で最高2位。

1995年
第37回グラミー賞では最優秀新人賞、年間最優秀レコード、最優秀女性ポップ・ヴォーカル・パフォーマンスの3部門で受賞。4月には初来日公演決行。

1996年
セカンド・アルバム「Sheryl Crow」発売。このアルバムからは、「If It Makes You Happy」「Everyday Is A Winding Road」「Hard To Make A Stand」「A Change Would Do You Good」「Home」の5曲がシングルカット(海外のみのリリース含む)される。

1997年
第39回グラミー賞では、最優秀ロックアルバム、最優秀女性ロック・ヴォーカル・パフォーマンスの2部門で受賞。5月、2度目の来日公演を行う。映画 007シリーズ第18作「Tomorrow Never Dies」の主題歌をミッチェル・フルームとの共作で提供する。

1998年
サード・アルバム「The Globe Sessions」発売。このアルバムからは、「My Favorite Mistake」「There Goes The Neighborhood」「Anything But Down」の3曲がシングルカットされる(海外のみのリリース含む)。

1999年
第41回グラミー賞では最優秀ロック・アルバムを受賞。9月14日ニューヨークのセントラル・パークでエリック・クラプトン、キース・リチャーズを始め多数のゲストも参加し、2万人以上の聴衆の前でシェリル主催のベネフィット・コンサートが開催される。 10月、3度目の来日公演。 12月7日、その9月に行われたベネフィット・コンサートのオフィシャル・ライヴCDが「Live From Central Park」というタイトルで発売される。日本盤は12月11日発売。

2000年
第42回グラミー賞で最優秀女性ロック・ヴォーカル・パフォーマンスを「Sweet Child O’ Mine」で受賞。

2001年
第43回グラミー賞で最優秀女性ロック・ヴォーカル・パフォーマンスを受賞。シェルビー・リンと”The Difficult Kind”をデュエットする。アルバム『カモン・カモン』のレコーディング。

2002年
頭に待望の新作リリースの具体的ニュースが流れ始め、3月にSG「ソーク・アップ・ザ・サン」をリリース。4月にAL『カモン・カモン』をリリース。4月にSG楽曲が日本歴代洋楽月間オンエア記録を塗り替え、2002年度上半期日本全国ラジオOAチャートNo. 1になるほどのメガ・スマッシュ・ヒットを飛ばす!!5月にプロモ来日決行。9月にAL『カモン・カモン』のツアー・エディションをリリースし、10月にコンサート来日。CX『SMAPXSMAP』等への出演をも果たす。ALは、オリコン洋楽チャートで第1位デビュー、オリコン総合チャートでもTop10内の第9位デビューと自身初の快挙を成し遂げ、絶好のスタートを切った。10月には日本でも見事プラチナ・ディスクを獲得し、シェリルは、日本民間放送34社選定2002年全国ラジオ音楽賞:ポピュラー部門・最優秀女性歌手賞も受賞!まさに2002年の日本は、THE YEAR OF SHERYL CROW、の印象を強烈に付けた年と言えます。

2003年
第44回グラミー賞で、今年の最多、脅威の6部門ノミネーション。各部門は次の通り。ベスト・フィーメール・ポップ・ヴォーカル・パフォーマンス、ベスト・ポップ・パフォーマンス・バイ・デュオ・オア・グループ・ウィズ・ヴォーカルズ、ベスト・フィーメール・ロック・パフォーマンス、ベスト・ロック・アルバム、ベスト・エンジニア-ド・アルバム、ベスト・カントリー・コラボレーション。そして6月、JAPAN EXCLUSIVE、日本でのライヴ盤『SHERYL CROW live at 武道館』をリリース。同年10月には彼女の集大成とも言えるベスト盤をリリース、新曲や多彩なゲスト陣を迎え入れベスト・オブ・ベストとも呼ばれるに相応しいアルバムを完成させた。

2005年
前作『カモン・カモン』でビッグ・セールスをあげ約3年ぶりにリリースされたニュー・アルバム『ワイルドフラワー』発売。アルバム発売時に行われたプレス取材では『ワイルドフラワー』は2枚組のアルバムとして発表したかったとコメント。『ワイルドフラワー』自体、アコースティック色が強く『カモン・カモン』は異なる作品だったためそのもう1枚に入る予定だったポップ色の強い楽曲の行方がファンの間では話題となった。

2007年
2003年にリリースしたベスト盤とは異なる意味合いの2枚組ベストCD『ヒッツ&レアティーズ』。Itunesでのみ発売された楽曲やシングルBサイドに収録された楽曲の他、ライヴ音源なども収録されヒット曲のみならずレア感の強い楽曲も収録されたマニア必聴のコレクターズ・アイテム。