LINER NOTES

世界最高の音楽賞といわれ、毎年業界に悲喜こもごもを巻き起こすグラミー賞。今回で58回目を迎える。そして例年通り、本選となる授賞式(現地時間2月15日)を前にノミニーズのコンピレーション・アルバムが制作された。今年のグラミーは2014年10月1日から2015年9月30日までの間にアメリカで発売された作品を対象に29のジャンル(グラミー用語では“Field”)に83部門(同“Category”)が設けられた。ノミネートが発表されると話題になるのがマルチ・ノミニーといわれる複数の部門の候補に選ばれたアーティストだが、今回最多となる9部門11ノミネートを受けたのが、新作を通し全米で起こっている人種間問題に強烈なメッセージを放ったヒップホップ・アーティスト、ケンドリック・ラマー。それに続き7部門のノミネートを受けたのが2010年代のグラミー・クイーン、テイラー・スウィフト。さらに昨年大ブレイクを果たした新世代R&Bシンガー・ソングライター、ザ・ウィークエンドの2組。これら3アーティスト以外のマルチ・ノミニー及び、各々の活動で評価を得たノミネート・アーティストの作品がアルバムには収録されているが、やはりグラミーにおいて最重要な4つの賞として毎回注目を集めるのが主要部門(General Field)である。

グラミーが始まった1959年以来、どれだけのアーティストが主要部門でのノミネート、さらには受賞を夢見てきたことだろう。その主要部門で最初に位置付けられた“年間最優秀レコード(Record Of The Year)” は広い意味で“シングル”に与えられる賞としてグラミーが認めたその年を代表する一曲であり、アーティストはもちろん、プロデューサーやエンジニアも受賞対象となる。次にその年を代表するアルバム作品に贈られ、アーティストほか「実務的」に制作に携わった関係者全てが受賞対象となる“年間最優秀アルバム(Album Of The Year)”。アルバム全体の評価(=制作陣の評価)という事もあり、主役となるアーティストにとっては「最も手にしたい賞」と言われている。続いて“年間最優秀楽曲(Song Of The Year)”はアーティストではなくコンポーザー(作者)に与えられる賞。アーティストが作者を兼ねていれば受賞対象になるが、別名“ソングライター・アワード”とも呼ばれ、作者の力量が評価の対象となる。“最優秀新人賞(Best New Artist)”は文字通り新人に与えられる賞だが、グラミーの場合、純粋な新人だけでなく、ある程度の活動があっても対象となる年に顕著な活躍が評価されたアーティストは候補とされている。

こうしたノミネートやグラミーに関連する様々な活動を主催しているのが、全米レコード芸術科学アカデミー(National Academy Of Recording Arts and Sciences通称NARAS)。そのなかのレコーディング・アカデミーという団体(会員は様々な音楽業界人)により毎年ノミネート作品が選ばれ、会員の投票により各部門の授賞作品が決められていくわけだが、今回はどのような結果となるのだろう。ではアルバムに収録された第58回グラミー賞ノミネート作品を紹介していこう。

01.

マーク・ロンソン「アップタウン・ファンク feat. ブルーノ・マーズ」

Mark Ronson「Uptown Funk feat. Bruno Mars」

プロデューサー/DJ/ミュージシャンと様々な顔を持つヒットメーカー、マーク・ロンソンのアルバム『アップタウン・スペシャル』からブルーノ・マーズが参加したシングル。14年11月に発売され、15年1月から全米チャート14週連続1位を記録し、15年最大のヒット曲となった。ロンソンとマーズはこの楽曲とともに年間最優秀レコード、最優秀ポップ・パフォーマンス(グループ)の2部門にノミネート。(ロンソンは計3ノミネート)

02.

テイラー・スウィフト「ブランク・スペース」

Taylor Swift「Blank Space」

今回、主要3部門を含め7部門へのノミネートを果たしたテイラー・スウィフト。10年のグラミー受賞をきっかけに大スターへの階段を駆け上がった彼女はまさしく新世代のグラミー・クイーンといえるだろう。この曲はテイラー自らが“初めての公式ポップ・アルバム”と位置付けた作品『1989』からの2ndシングル。マックス・マーティン、そしてシェルバックとの共作曲は、彼女の新たな側面を表現するポップ・ソングに仕上がった。

03.

ザ・ウィークエンド「キャント・フィール・マイ・フェイス」

The Weeknd「Can’t Feel My Face」

カナダ出身の新世代シンガー・ソングライター。ヒップホップ/ R&Bをベースにチルウェイヴやダブステップなどを独自にミックスしたサウンドで10年以降の音楽界で頭角を現し、最新アルバム『ビューティー・ビハインド・ザ・マッドネス』のリリースを前に全米チャート通算3週1位を記録したこの曲で、その人気を決定づけた。今回は年間最優秀レコード、年間最優秀アルバムをはじめ、堂々7部門にノミネート。

04.

エド・シーラン「シンキング・アウト・ラウド」

Ed Sheeran「Thinking Out Loud」

2011年にイギリスから登場し、2枚のアルバムで世界的な成功を手にした男性シンガー・ソングライター。最新作『X(マルティプライ)』からUKの女性シンガー・ソングライター、エイミー・ワッジと共作したこのシングルが15年、英米でロングラン・ヒットを記録した。今回は年間最優秀レコード、年間最優秀楽曲をはじめ4部門にノミネートされたエド・シーラン。グラミーからの評価も高く4年連続での主要部門候補となった。はたして悲願の受賞となるか、注目が集まっている。

05.

マルーン5「シュガー」

Maroon 5「Sugar」

ヴォーカリストのアダム・レヴィーンを中心にポップ・ロックバンドとして揺るぎない人気を誇るマルーン5の最新作『V』からの3rdシングル。結婚式に突然彼らが登場するという演出で撮影されたビデオも話題を呼び、15年全米2位を記録するスマッシュ・ヒットとなった。今回はこの曲で最優秀ポップ・パフォーマンス(グループ)の候補となった彼ら、3年ぶりのグラミー・ノミネートとは少々意外。

06.

フローレンス・アンド・ザ・マシーン「シップ・トゥ・レック」

Florence + The Machine「Ship To Wreck」

UKアーティストながら、09年のデビュー作からグラミーでは高い評価を得てきたフローレンス・ウィルチ率いるフローレンス・アンド・ザ・マシーン。今回は英米のアルバム・チャートで1位を記録した最新アルバム『How Big, How Blue, How Beautiful』の評価をはじめ、アルバムからのシングルがポップ・ジャンルとロック・ジャンルを合わせ、4部門でノミネートされた彼女。この曲は最優秀ポップ・パフォーマンス(グループ)の受賞対象となっている。

07.

アラバマ・シェイクス「ドント・ワナ・ファイト」

Alabama Shakes「Don’t Wanna Fight」

紅一点のヴォーカル、ブリタニー・ハワードが圧倒的な存在感を放つアラバマ州アセンズ出身の4人組バンド。ソウル、ブルース、ロックをベースに幅広い世代の音楽ファンやメディアから高い評価を集めている。そんな彼らはサウンド的新境地にチャレンジし、初の全米1位を獲得した2ndアルバム『サウンド&カラー』からの1stシングルで最優秀ロック・ソング、最優秀ロック・パフォーマンスの候補に名を連ねたが、今回は堂々、年間最優秀アルバムをはじめ計4部門にノミネート。

08.

ディアンジェロ・アンド・ザ・ヴァンガード「リアリー・ラヴ」

D’Angelo And The Vangard「Really Love」

90年代のネオ・ソウル・ブームをリードしたR&Bシーンのカリスマが、およそ15年ぶりに発表し、世界中の音楽メディアから大絶賛されたアルバム『ブラック・メサイア』からの1stシングル。年間最優秀レコードほか計3部門でのノミネートを受けたディアンジェロ、長い眠りから目覚めたR&B界の天才をグラミーはどう評価するのだろうか。

09.

ケンドリック・ラマー「オールライト」

Kendrick Lamar「Alright」

今回のグラミー賞で最多9部門11ノミネートという評価を受けたヒップホップ・アーティスト。現代のアメリカ社会が抱える人種間の問題を大々的に反映させた最新作『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』は15年3月全米リリースされるやいなや、世界43の国と地域のiTunesチャートで1位を獲得。また多くの音楽メディアが選ぶ15年のベスト・アルバム・ランキングでも軒並み上位に選ばれている。『トゥ・ピンプ〜』から4枚目のシングルとなったこの曲は共同プロデューサー/ライターを務めるファレル・ウィリアムスがゲスト参加。この曲とともにケンドリック・ラマーは11ノミネートの内、年間最優秀楽曲ほか4つのノミネートとなった。

10.

クリス・ステイプルトン「トラヴェラー」

Chris Stapleton「Traveller」

ケンタッキー州出身、ナッシュビルを拠点に活動するカントリー/ブルーグラス・シンガー。00年代の初めからソングライターとしてキャリアを重ね、その後、The Steel DriversやThe Jompson Brothersといったバンドでの活動を経て13年にソロ・アーティストとしてマーキュリー・ナッシュビルと契約。15年5月にリリースされた1stソロ・アルバム『Traveller』の先行シングルとなったのが、このアルバム同名曲。ステイプルトンは年間最優秀アルバムほか計4部門にノミネート。

11.

リトル・ビッグ・タウン「ガール・クラッシュ」

Little Big Town「Girl Crush (Album Version)」

男性2人女性2人からなる人気カントリー・ユニット。02年のデビューから地道な活動が実を結び、12年のアルバム『Tornado』で全米ブレイク、翌13年には初のグラミーに輝いた。今回は14年のアルバム『Pain Killer』からの2ndシングルで全米カントリー・チャートの1位になったこの曲で最優秀カントリー・パフォーマンス(グループ)の候補に。また作者のHillary Lindsey, Lori McKenna, Liz Roseの3人は年間最優秀楽曲と最優秀カントリー・ソングでのノミネートを果たしている。

12.

ウィズ・カリファ「シー・ユー・アゲイン feat. チャーリー・プース」

Wiz Khalifa「See You Again (From “Furious 7”) feat.Charlie Puth」

世界中で大ヒットを記録した映画「ワイルド・スピード スカイミッション」のサウンドトラック・アルバムから人気ヒップホップ・アーティスト、ウィズ・カリファと注目の新人シンガー、チャーリー・プースによる全米No,1ソング。全米では15年7月までに通算12週シングル・チャートの1位を記録し、3,500万以上を売り上げ、全米レコード協会のトリプル・プラチナ・ディスクに認定された。両者ともにこの曲で年間最優秀楽曲ほか計3部門の候補となった。

13.

メーガン・トレイナー「リップス・アー・ムーヴィン」

Meghan Trainor「Lips Are Movin」

ここから続く5組のアーティストは全て最優秀新人賞の候補だが、まずは14年に一躍注目を浴びた女性シンガー・ソングライター、メーガン・トレイナー、現在22歳。15年にはメガ・ヒットを記録した「オール・アバウト・ザット・ベース」で年間最優秀レコードと年間最優秀楽曲の主要部門でのグラミー初ノミネートを果たしたが、その後も1stアルバム『タイトル』が全米1位を記録するなど、さらなる活躍が評価されてのノミネートとなった。曲は『タイトル』からの2ndシングル。

14.

トリー・ケリー「シュドヴ・ビーン・アス」

Tori Kelly「Should’ve Been Us」

音楽一家に育ち10歳からタレント・ショーに出演するなど、早くからその才能を発揮してきたカリフォルニア出身の23歳。YouTubeに投稿したパフォーマンス映像が注目を集めたことや、地道なライヴ活動がきっかけとなりキャピトル・レコードと契約、13年にEP『Foreword』でメジャー・デビューを飾った。そして15年6月にリリースした1stアルバム『アンブレイカブル・スマイル』が全米初登場2位を記録、15年を代表するニューフェイスの仲間入りを果たした。曲は『アンブレイカブル・スマイル』からの2ndシングル。

15.

サム・ハント「テイク・ユア・タイム」

Sam Hunt「Take Your Time」

現在31歳、学生時代にはプロのフットボール選手を目指していたというジョージア州出身のカントリー系シンガー・ソングライター。大学卒業後はナッシュビルへと移り音楽キャリアをスタート、ソングライターとしての才能が認められケニー・チャズニーやキース・アーバンなどへの楽曲提供が話題を呼び、MCA ナッシュビルと契約。2014年のメジャー・デビューEP『X2C』がカントリー界で注目されるなか、10月には1stアルバム『Montevallo』をリリース。するとアルバムは全米カントリー・チャート1位、全米アルバム・チャート3位となる大ヒットを記録。最優秀新人賞のほか最優秀カントリー・アルバムの候補でもある。

16.

ジェイムス・ベイ「ホールド・バック・ザ・リヴァー」

James Bay「Hold Back The River」

イギリス出身、BBC Sound Of 2015で2位となり、ブリット・アワード批評家賞も獲得した25歳の若き実力派シンガー・ソングライター。海外では15年3月にリリースしたデビュー・アルバム『カオス&ザ・カーム』が本国UKで初登場1位となり、その評判はアメリカにも飛火。エド・シーランやアデルなど、近年アメリカで成功を収めるUK勢の次世代アーティストとしても注目の存在だ。全米のロック系ラジオ局でも人気を博した、この曲で最優秀ロック・ソング、そしてアルバムで最優秀ロック・アルバムと計3部門でのグラミー初ノミネートとなった。

17.

コートニー・バーネット「ペデストリアン・アット・ベスト」

Courtney Barnett「Pedestrian At Best」

このコンピレーション・アルバムに収録された最後の最優秀新人賞の候補が、コートニー・バーネト。現在28歳、オーストラリア出身の女性シンガー・ソングライターだ。13年に自身のレーベルからリリースしたEPが英米のメディアで絶賛されたことがきっかけとなり、一躍注目を集めたインディー界のニュー・スター。15年3月には待望のデビュー・アルバム『サムタイムス・アイ・シット・アンド・シンク、サムタイムス・アイ・ジャスト・シット』をリリース。独特な詩の世界観を新感覚のギター・サウンドで表現したデビュー作の評価とともに、グラミー・ノミネートに名を連ねた。

18.

キャリー・アンダーウッド「リトル・トイ・ガンズ」

Carrie Underwood「Little Toy Guns」

05年のデビューから5枚のオリジナル・アルバム全てが全米カントリー・チャートで1位を記録、これまでにグラミー7冠を誇るスーパー歌姫。キャリア10年を祝して14年末にリリースされた初のベスト・アルバム『グレイテスト・ヒッツ』に収録された新曲で今回は最優秀カントリー・パフォーマンス(ソロ)の候補に。

19.

キャム「バーニング・ハウス」

Cam「Burning House」

15年の米カントリー界で一際注目を浴びた女性アーティスト。ソングライターとしてマイリー・サイラスなどへの楽曲提供をしながらも、10年には自身のアルバムをインディー・レーベルからリリースするなど、アーティスト・デビューのチャンスを探していたが、そこに手を差し伸べたのがアメリカのソニー・ミュージック。15年にEP『Welcome to Cam Country』を全米リリース、するとこの曲が全米のカントリー系ラジオ局で軒並みヘヴィ・オンエアを記録。追い風の吹くなかフル・アルバムの『Untamed』も大ヒットとなった。記念すべき初のグラミー・ノミネートは最優秀カントリー・パフォーマンス(ソロ)。

20.

リー・アン・ウーマック「チャンシズ・アー」

Lee Ann Womack「Chances Are」

米国テキサス、ジャクソンビル出身の女性ヴォーカリスト。学生時代にカントリー/ブルーグラスを勉強し、“カントリー・キャラバン”というバンドの一員としてアメリカ南部やカリフォルニアを中心に活動。在学中に才能が認められ97年にセルフ・タイトル・アルバムでデビュー。アルバムは高い評価を受け、一躍、カントリー界のスターの仲間入りを果たした。14年のグラミーでは最新作『The Way I’m Livin’』が最優秀カントリー・アルバムにノミネートされたが、今回はそのアルバムからのシングルで最優秀カントリー・パフォーマンス(ソロ)の候補に。

21.

キース・アーバン「ジョン・クーガー、ジョン・ディア、ヨハネ3:16」

Keith Urban「John Cougar, John Deere, John 3:16」

99年全米デビュー、近年は人気オーディション番組「アメリカン・アイドル」の審査員としてもアメリカのお茶の間で人気を博したニュージーランド出身の人気カントリー・シンガー。これまでにグラミー賞16ノミネート、内4受賞の栄冠に。今回は15年6月にリリースされた、この曲で最優秀カントリー・パフォーマンス(ソロ)へノミネート。意味深なタイトルだが、曲の内容は“アメリカのカントリー文化の中に深く織り込まれているもの”をテーマにしている。

2016年1月 増子 仁/Jin Mashiko
OFFICE PLUS 9 inc