エッセイ『ザ・ボーイ・ネームド・イフ(アライヴ・アット・メンフィス・マグネティック)』by エルヴィス・コステロ 日本語訳

2022.11.25 TOPICS

THE BOY NAMED IF (ALIVE AT MEMPHIS MAGNETIC) by Elvis Costello
『ザ・ボーイ・ネームド・イフ(アライヴ・アット・メンフィス・マグネティック)』 by エルヴィス・コステロ

2021年10月、ジ・インポスターズと僕はスタジオ、メンフィス・マグネティックに入った。皆が隣に並び、互いの顔を見ながら演奏するのは『ザ・ボーイ・ネームド・イフ』からのナンバー。だが、そうするのは、その時が初めてだった。

というのも、あのアルバムは2020年暮れ、それぞれの隠れ家や階段下の戸棚から“電気配線”を通じて録音されたからだ。しかし僕らは今、2020年3月に世界が一旦終わって以来、初となるフル・ツアーのリハーサルを名目にメンフィスにいる。サウンドステージ・アット・グレイスランドでのツアー初日まであと3日。大好きな名曲を、僕らの新曲が持つトリッキーな企みとの折り合いをつけながら演奏する。これに勝る準備方法はないではないか。

2021年の夏、フランスがスティーヴ・ナイーヴの渡航文書を発行してくれなかったため、僕らはチャーリー・セクストンをギターに迎え、何度かライヴを行った。その結果に大満足だった僕らは、そのままクインテットとして続けることにした。

スタジオにセッティングされたのはステージ用モニターだ。ピート・トーマスとスティーヴ・ナイーヴには『ブラッド&チョコレート』のセッションを思い出させたかもしれない。ただしあの時のような険悪な言葉の応酬抜きでだ。

ちなみに、かつてピート・トーマスは、取り壊されるスタックス・スタジオからレンガを1個回収するために、解体現場のフェンスを乗り越えたことがある。そして自宅の地下スタジオ、ボナパルト・ルームス・イーストにやって来る、グルーヴがおぼつかないミュージシャン相手にいつもこう言っていた。「いいか、あのレンガは〈ドック・オブ・ベイ〉を聴いたんだぞ」

久しぶりの街への帰還を祝うのは、このツアー用にアレンジし直したレパートリーの1曲で、ピートとデイヴィ・ファラガーがメンフィスらしい壮麗さを奏で、スティーヴのハモンドが僕らを引っ張り、ヴォーカルのまわりをチャーリーのギターが満たす〈エヴリデイ・アイ・ライト・ザ・ブック〉だ。

『ザ・ボーイ・ネームド・イフ』は、僕らが隔離させられていたことへの解毒剤になるべくして作られたアルバムだった。そして今、メンフィス・マグネティックのブースに共同プロデューサーのセバスチャン・クリスとアシスタントのダニエル・ガリンドが陣取り、スタジオ狭しと、外の廊下まで僕らのロードクルーで埋め尽くされる中、録音の赤ランプは点灯された。全員が一堂に介し、手探りで新曲を試しながら、ニック・ロウの1976年オランダ盤の〈トゥルース・ドラッグ〉のような曲で、積もっていた埃を振り払う。

2022年最初の公演をニューオーリンズのジャズフェストで迎えた僕らは、その後はタルサにオープンしたボブ・ディラン・センターの柿落としで演奏したり、楽屋で準備したアンコール曲〈ライク・ア・ローリング・ストーン〉をカインズ・ボールルームで披露したのち、再びメンフィス・マグネティックに戻ると、来るべきUK/ヨーロッパ公演のリハーサルに取りかかり始めた。僕がヘルシンキで一人で録音した『ヘイ・クロックフェイス』からの曲はジ・インポスターズとチャーリーに委ねられ、来るべき公演では彼らの居場所が確保されることになる。これまでとは違うマッチで火が灯された〈インドア・ファイヤーワークス〉や、マイナーなムードの〈ブリリアント・ミステイク〉などは、将来のアルバム『King Of America & Other Realms』のために取っておかれることになった。

〈アウト・オブ・タイム〉のレコーディング中も、僕らは実に自由気ままだった。このジャガー&リチャーズ曲を僕が初めて知ったのは、イミディエイト・レコードから出たクリス・ファーロウのヴァージョンでだ。そこに僕はタンバリン、マラカス、2台目のピアノなど、いくつかのトリックや遊びを加えさせてもらった。なんてったって、ここはレコーディング・スタジオなのだ。

また、〈ホワット・イフ・アイ・キャント・ギヴ・ユー・エニシング・バット・ラヴ 〉のような曲がこれから夜毎どこへ向かうことになるのか、チャーリーのギターソロが始まった瞬間、僕らには手にとるように想像できた。

夕方、ピーボディ・ホテルの部屋に戻った僕は、それからの3晩、7曲の新曲が壁中に鳴り響くのを聴いたのだが、その話はまた別の機会にすることにしよう…。

2021年10月のセッションでは、〈ペネロピー・ヘイプニー〉からザ・バーズの〈ロックン・ロール・スター〉へとなだれ込んだが、今回も同様に、タイトル曲〈ザ・ボーイ・ネームド・イフ〉からポール・マッカートニーの〈レット・ミー・ロール・イット〉が姿を現す。最後のセッションの終盤、僕らはモニターを完全にオフにすると、バースデーカード代わりの〈ヒア・ゼア・アンド・エヴリホエア〉を静かに歌い上げた。

一方、地球の裏側では、chelmicoが〈マグニフィセント・ハート〉の完全なる改造と再装備に取り組んでいた。ここ数年、僕らはアルバム『Spanish Model』やフランス語EP『La Face de Pendule à Coucou』など、他の言語でも曲を発表してきた。しかし、今回はそれとも全く異なるものだ。

ツアーに明け暮れていた生活から、一時的に空いた合間が授けてくれたことの一つは、ジュークボックスやレコードの山、映像エンターテインメントになったコミック本の世界を家族で囲み、楽しむ時間だった。

双子の兄と母親が何か別のことに取りかかっていた頃、僕と息子のフランクはTVアニメ『映像研には手を出すな!』を全話観ることに成功した。絵コンテから最終カットまで、アニメーション制作のあらゆる側面が、3人の若い日本人女子高生の目を通して描かれる独創的な作品だ。各話は、ビートボックスとスライドギターに乗ったヴァースと韻を踏むフローがクールなchelmicoの〈Easy Breezy〉で幕を開ける。

何本かの電話の後、僕は東京にいるMamikoとRachelとのビデオ会議に参加していた。二人は喜んで〈マグニフィセント・ハート〉を自分達のヴァージョンにすることに合意してくれた。僕からの唯一の指示は、「何をやってくれてもいい。切り刻んでも、ひっくり返しても、消してもいい。やりたいようにやってくれ。君たちが間違うってことはありえないから」だった。

聴けばおわかりの通り、今やそれは歌詞音楽共にまるで別の物語を持つ曲であり、僕も彼女たちのヴァースの間に不意に挟まれ、再調和している。そしてこの新しい日本モデルの曲を持ち、『ザ・ボーイ・ネームド・イフ(アライヴ・アット・メンフィス・マグネティック)』の物語本もエンディングを迎えるのだ。

翻訳:丸山京子