BIOGRAPHY

マシュー’マット’タック(Vo/G)
ジェイソン・ボウルド(Dr)
マイケル’パッジ’パジェット(G)
ジェイミー・マティアス (B/Vo)

英国ウェールズ出身。これまでに5枚のアルバムをリリース、音楽史上最大の英国メタル・アクトの1つ。1998年に結成、メジャー・レーベルとアルバム5枚の契約を確保し、デビュー・アルバム『ザ・ポイズン』(2005)、2ndアルバム『スクリーム・エイム・ファイア』(2008)で当時のヘヴィ・ミュージックに大きく欠けていたものを注入し、世界へその存在を知らしめた。続く3rdアルバム『フィーヴァー』(2010)(英米TOP 5入り)、4thアルバム『テンパー・テンパー』(2013)、5thアルバム『ヴェノム』(2015)(英米TOP 10入り)は全世界で数百万枚を売り上げてKERRANG!アワードのベスト・ブリティッシュ・バンドに3年連続で輝くなど、現代を代表するメタル・バンドという立ち位置を揺るぎないものにした。KERRANG!アワードにおいては、ベスト・シングル、ベスト・ライヴ・バンド、ベスト・ブリティッシュ・ニューカマーも受賞するなど、メディアそしてファンからの信頼は厚い。また、彼らに影響を与えたヒーロー達であるアイアン・メイデンやメタリカ、そしてガンズ・アンド・ローゼズなどが進んでBFMVをツアーに同行させ、共演している。
2016年11月に新しいパートナーとなったスパインファーム・レコードからシングル「ドント・ニード・ユー」リリース。2018年6月移籍第一弾アルバムとなる『グラヴィティ』をリリースする。

<バイオグラフィ2016>
新たな時代が今、始まろうとしている。
2016年11月4日、英国の4人組メタルバンド、ブレット・フォー・マイ・ヴァレンタインが、2015年の名盤『ヴェノム』以来となる新作「Don’t Need You」をリリースする。新たな所属先レーベル、スパインファーム・レコードとのクリエイティブな協力関係のもとで生まれた第一弾となるこの楽曲について、フロントマンのマット・タックは「俺たちがこれまでに作った中でも、最もヘヴィで壮大なナンバーかもしれない」とコメント。ウェールズから世界へと飛び出し、大いなる成功をもって歴史にその名を刻んだ彼ら。このたびシングルとしてリリースされるこの曲は、そのキャリア第二章の輝かしい幕開けを高らかに宣言している。

「このバンドを始めた当時、俺たちはすべてのティーンエイジャーがロックンロールに対して抱く夢を現実にしたいと思っていた」とタックは言う。「仲間とともにメタルを演奏しながら世界中をツアーで回ったり、憧れの存在と同じステージに立ったり、チャートのトップ10に入ったり、自分のバンドがいろんな雑誌の表紙を飾ったり。そういったことに誰しもが憧れるものさ。俺たちは、そんなデカい目標をひとつずつ達成してきたんだ。そうはいっても、俺たちは今でも初期と変わらぬハングリー精神を持っているし、この先に何が待ち構えているのか、楽しみで仕方ないね」

バンドの結成は1998年にさかのぼるが、世界のメタルシーンが再燃する中で、彼らがその新しくも成熟した才能の到来を真の意味で知らしめたのは、2005年発売のデビュー・アルバム『ザ・ポイズン』だった。(アイアン・メイデンやジューダス・プリーストといった)王道のブリティッシュ・メタルと、(メタリカやメガデス、スレイヤーに代表される)荒々しく、感情がほとばしる80年代のカリフォルニア発スラッシュ・メタル。その両者からの影響を感じさせる同作によって、彼らがそれまで数々のEPで培ってきた口コミレベルの評判は、耳をつんざくような熱狂へと一気に増幅された。そして、タックをはじめ、ギタリストのマイケル“パッジ”パジェット、ベーシストのジェイソン“ジェイ”ジェイムス、ドラマーのマイケル“ムース”トーマスといった、幼なじみの4人が、世界最高峰にも負けず劣らずの能力を持つメタルバンドがこの時代の英国にもいることを初めて世に知らしめたのだった。

2005年春に、コリン・リチャードソンをプロデューサーに迎えてレコーディングされた13曲入りの『ザ・ポイズン』。タックは同作を「製作途中の段階で、俺たちはこのアルバムに特別な何かがあると自覚していた」と振り返る。「俺たちがこのバンドに注ぎ込んできたすべての血と汗と涙が、ようやく実を結び始めたんだ。俺たちの自信も、雪だるま式に大きくなっていった。あの頃は本当にエキサイティングな時期だった。世間がこのアルバムを耳にした途端、すべてがブッ飛んだんだ」

壮大で挑戦的なリードシングル「4ワーズ(トゥ・チョーク・アポン)」を皮切りに、『ザ・ポイズン』はアイアン・メイデンの1982年の名盤『魔力の刻印』以来といってもいいほどの反響を呼び、世界中に衝撃を与えた。バンドは2005年の“Kerrang!アワード”で「最優秀英国新人賞」に輝いたほか、『メタル・ハマー』誌主催の2006年度“ゴールデン・ゴッド”授賞式で「最優秀英国バンド」に選出。さらにメタリカやガンズ・アンド・ローゼズのツアーの前座に指名されたり、『Kerrang!』誌25周年記念ツアーではヘッドライナーを担当、そしてロンドンの名門ブリクストン・アカデミーでのライヴをソールドアウトさせるといった成功を収めた。『ザ・ポイズン』の熱狂が一段落した時点で、アルバムの売り上げは世界中で100万枚以上、アメリカだけで50万枚のセールスを記録した。

「本当にクレイジーな体験だった」と振り返るのは、ギタリストのパッジだ。「2004年にダウンロード・フェスティバルのバーフリー・ステージで演奏したときは、とてつもないことをやってのけたと思ったもんだよ。ところが、それから1年半後には、今度はブリクストンでヘッドライナーを務めていたんだ。あの2、3年は異常ともいえる日々だった。何だって願えば叶うような状態だったんだ」

一方で、タックは一言、「あの頃の俺たちは、不可能なことをやってのけた、って感じだった」と語った。

とはいえ、厳しい現実がウェールズ出身の若者たちにのしかかるのも時間の問題だった。タックは、ツアーの過密スケジュールの中で悪化していった喉の炎症にたびたび悩まされ、2007年夏に急きょ扁桃腺を摘出せざるを得ない状況となった。この時、彼は声帯が回復不能なほどのダメージを受けるかもしれないと警告されていた。さらに、大評判を呼んだデビュー・アルバムを超える続編をリリースしなければならないというプレッシャーにすでに悩まされていたというタック。できることなら忘れてしまいたいと漏らすほど、彼にとってはつらい時期だったようだ。

「『ザ・ポイズン』リリース後の数年間は、本当に目まぐるしかった」と、タックは振り返る。「毎週水曜日にウェールズの教会でリハーサルをしていた“いちバンド”だった俺たちが、メタリカやガンズらとツアーで世界を回る存在となったんだ。その頃には、俺たちにかかる期待も、かなりのものになっていた。うまく歌えない時は、確実に自信が揺らいだし、精神的にもヤバい状態になっていた。自分がどこへ向かおうとしているのか、何を言いたいのかもわからず、頭の中はメチャクチャだった。そんなのは初めての経験だった。バンドの歴史を振り返る中で、俺が思わず厳しい表情になってしまうのが、その時期なんだ」

しかし、そんな内面の傷が、すぐに表面化することはなかった。2008年1月、『ザ・ポイズン』に続く2ndアルバム『スクリーム・エイム・ファイア』がリリースされると、英米、ドイツ、オーストラリアのチャートでトップ5にランクインし、日本のオリコン・チャートでは1位(洋楽)を記録。同アルバムはブレット・フォー・マイ・ヴァレンタインを、現代のメタルシーンにおける最高峰のバンドの1つという、確固たる地位に押し上げた。さらに2010年発表の3rd『フィーヴァー』は、全米アルバム・チャートで初登場3位をマーク。その地位をさらに不動のものとした。『Kerrang!』誌は「卓越したソングライティングに、非の打ち所がないミュージシャンとしての技量、そしてありあまるほどの自信が、かつては目指すだけで精一杯だったレヴェルへとブレットを押し上げている」と評し、今がまさに彼らの“最盛期”と称えた。

「『フィーヴァー』の曲作りに取りかかる頃には、俺たちはすでに大変な時期を乗り越え、自信を深めていたんだ」とタックは言う。「いまだに自分たちの最高傑作じゃないかと思えるようなアルバムを、俺たちは作り上げたんだ。ソングライティングの完成度という点においてね。俺たちはこのアルバムに心血を注いだ。(プロデューサーの)ドン・ギルモアとスタジオで顔を突き合わせては、しょっちゅうケンカをしたものさ。だがそのおかげで、自分たちのアイデンティティを前面に押し出した作品を作ることができたんだ。『フィーヴァー』は、メンバー全員が心から誇りに思えるようなアルバムさ」

バンドがこのまま躍進を続けることは、もはや避けられないように思われた。『フィーヴァー』は彼らのアリーナツアーに勢いをもたらし、英『ガーディアン』紙はその“快進撃”を称えた。ところが2010年代に入ると、バンドに内輪もめが発生。彼らの固い絆を揺るがしかねない事態となった。それは4thアルバム『テンパー・テンパー』のレコーディングをこれからタイで行なおうという時のことだった。リーダーのタックが、パジェットとジェイムスに対し、ウェールズの自宅に留まり、自分たちが抱える個人的な問題に向き合うよう命じたのだ。それから4年が経過してもなお、そのことがしこりとして残っていると、パジェットは正直に打ち明ける。「とにかくムカついたし、いまだに理解できない。だけどそれはもっと大きな全体像の中の、些細な一部分にすぎない」とも。一方のタックは、自分の指示は正しかったと今も譲らないし、その結果にも後悔はしていないという。

「当時は裏で、アルバムの製作過程に支障をきたすほどの問題が起きていたんだ」と、淡々と振り返るタック。「間違いなく不快な状況だったが、俺はその負の要素をセッションに持ち込みたくなかった。あの二人にはそれがわからなかっただろうし、おそらく今も理解できていないだろう。だが、そうすることで結局バンドは救われたんだ」

ドン・ギルモアが再びプロデューサーを務め、2013年2月にリリースされた『テンパー・テンパー』。同作では、バンドの持ち味でもあるメタリックなサウンドに対し、ロックンロールの切れ味をより際立たせることによって、バレットの支持層を拡大することに成功。それは、バンドがその夏のダウンロード・フェスティバルでスリップノットのメインサポートを務めたことにも顕著に表れていた。バンドはその年を、アスキング・アレクサンドリアやヤング・ガンズといったイギリスの新興ロックバンドたちを従えた大盛況のアリーナツアー“ルール・ブリタニア”で締めくくった。こうして彼らは、デビュー作でその復興に一役買ったUKのロックシーンが、今や新たに勢いを増し、力強さと奥深さを持ち合わせたことを誇示してみせたのだ。その後、ソニーとの5枚のアルバム契約がこれにて満了というタイミングで、脱退したジェイムスの後任としてベーシストのジェイミー・マティアスを迎え入れたブレットが、デビュー・アルバムで見せた破壊的でパワフルなメタルコアに原点回帰したのは、ごく自然の流れだったといえよう。5thアルバム『ヴェノム』は、とことん激しいリフに、振り幅のあるコーラス、灼熱のメロディ、そして疾走感あふれるギターのハーモニーといった、デビュー・アルバム『ザ・ポイズン』の鍵となる要素を持ち合わせていただけでなく、攻撃性やドラマ性、そして抑揚を増すことで、壮大な印象をもたらした。同アルバムは英米や日本、ドイツ、オーストラリア(同国のARIAチャートでは1位を獲得)で再びチャートのトップ10入りを果たし、1年半におよんだワールドツアーも大いに成功を収めた。アルバム『ヴェノム』で、ブレットは英国における同世代のメタルバンドの中でも、最も成功した重要な存在であることを、再び証明してみせたのだ。

「自分たちのことを“ベテラン”バンドだとは思わないが、UKのヘヴィロックシーンにもたらした影響は、このところ確かに現れてきているように思う」とタック。「ここ1年かそこらで、バンドをやっている奴らから、『ブレットは僕が初めて夢中になったメタルバンドだ』とか『“ザ・ポイズン”は自分が初めて買ったアルバムなんだ』と、面と向かって言われるようになったんだ。そういうのも、なかなかいいもんだよ。浮き沈みを経てここまでやってきた今、そういった称賛を得るのも、悪くはないね」

「俺たちは一度だって、誇大広告やラジオ、メディアに頼るようなことはしてこなかった。あくまでも自分たちのやり方で成し遂げてきたんだ。だからこそ、気分もいいってものさ。もし俺が16歳の頃に、自分たちの物語を書いていたなら、今のこの状態はまさに、当時の自分が望んだ展開そのものといえるだろう。俺たちには世界中のチャートでトップ5入りしたアルバムが何枚かあるし、アワードだっていくつか手にした。ウェンブリー・アリーナでも何度かヘッドライナーを務めたし、メンバーとは今でも互いに親友同士で、自分たちが何者かってことも見失っていない。こんなベタなやり方でずっとやってきたことで、今がいっそう特別に感じられるんだ。今の俺たちには、この先15年のキャリアを新たに始める準備ができているような、そんな気がしてる」

その新たなキャリアの口火を切るのが、「Don’t Need You」のリリースだ。4分54秒に及ぶこの曲には、ダウンチューニングしたリフに、心を揺さぶるような演奏、ゆがんだヴォーカル、そしてタックによる「何度 判断をミスったことか/お前が マジメに考えなかったからさ/だから 言ってるだろ/俺には お前など必要ないと」という雄叫びにも表れた“ふざけんな”といわんばかりの反抗的なアティチュードが詰め込まれている。

「この曲はヘヴィで、ダークで、ものすごく壮大で、なおかつ俺たちブレットの真骨頂でもある。聴いたらきっと圧倒されるだろうよ」とタックは笑う。「俺たちも気に入ってるし、バンドが次に向かおうとしている場所のヒントでもあると思う。やり遂げなければならないことが、俺たちにはまだたくさんあるような気がするんだ。ソニーとは素晴らしい関係を築けた。俺たちのやりたいようにさせてくれたし、自由も信頼もあったからこそ、一緒に多くのことをやってのけた。とはいえ、環境を一新するのも大事だ。俺たちが次のステージに進むには、スパインファームがパートナーとして最適だと思っている。今はレガシー、つまり自分たちの憧れの存在が作り出したあらゆる傑作に引けをとらない作品を数多く作ることが、バンドの最優先事項だ。これまでも驚きだらけの道のりだったけど、いろんな意味で、この旅はまだ始まったばかりなのさ…」