BIOGRAPHY

Kenny “Babyface” Edmonds / ベイビーフェイス 


Bio「どれも思い出深い曲だよ。今の自分があるのはこれらの曲のおかげだし、これからの自分も形づくってくれるよ。僕の過去と未来があるのはこれらの曲のおかげなんだ」と、ベイビーフェイスはこの美しく、エモーショナルに仕上がったニュー・アルバム『プレイリスト』について語った。

過去30年間、その時代のポップ・ラジオを彩ったスター達の数々の名曲をベイビーフェイスが歌い上げている。「初期の’ウィップ・アピール’から今回のこの8曲を歌うことによって自分をストレッチさせたんだ。自然にそうしていこうと感じたことなんだよ」。オリジナル曲に忠実にながらも、ベイビーフェイスはメロディーとリズムにフレイヴァーを足し、昔なつかしい思い出が再び甦るアコースティック・ソウル・ミュージックへと仕上がった。

多くの人がそうであるように、このような曲はベイビーフェイスが音楽を愛するようになったきっかけであり、『プレイリスト』は彼にとってかけがえのない一枚となった。「13,14歳の頃、毎週日曜に教会に行っていたんだけど、そこには音楽を聴きに行っていたようなものなんだ。牧師さんが説教を始めると、僕は外にでて車の中でラジオを聴いていたんだよ。だいたい、R&Bを聴いていたんだけど、教会の音楽がかかると、すぐにAMのポップ・ステーションにスイッチしたんだ。そこで初めてジェイムス・テイラー、ブレッド、ボブ・ディラン、エリック・クラプトンなんかを覚えたんだよ。それからギターを習い始めたんだけど、アコースティック・ミュージックはまるで僕に話しかけているような気がして、夢中になってしまったんだよ」とインディアナポリスでの幼少時代を語った。

しかし、このような名曲を演奏するのはかなりチャレンジなことである。すでにスタンダードを確立したアーティストの曲をどのように従順に演奏するのか。ベイビーフェイスも同じような困難に直面した。「ジェイムス・テイラーの曲をただ演奏することはできるさ。彼の素晴らしいところは自分の声にものすごい愛情を注いでいることなんだ。彼の声にはとてもリラックスさせられるし、クールだよ。最初に「愛の恵みを」を歌った時、自分の声は彼がいつも与えてくれるようなフィーリングにはこれっぽちも近くないって思ったんだ。だから彼のことをよく研究し、どうやって彼が心地よい歌に仕上げているかを理解し、最終的に自分でもそのスペースを埋めることができるようになったんだよ」

息子の名前ディランの由来ともなったボブ・ディランの「天国への扉」もまた彼を悩ます種となった。「あの歌を歌うのは勇気がいったんだ。僕の声は彼のものとはこれっぽっちも似てないからね。彼の声はとても自由で力強く、そしてあの歌はずっと昔から名曲だ。そんな名曲を歌うことに僕は試されたんだよ。名曲はずっと名曲でい続けなければならないからね」

もちろんこれまで、ベイビーフェイスはエリック・クラプトンと一緒に仕事をしてきた。特に記憶に残っているのはグラミー賞受賞曲でもある「チェンジ・ザ・ワールド」であろう。よって、「ワンダフル・トゥナイト」は自然な選択であった。「彼の曲の中でもずっと大好きな一曲なんだ。彼はあまりロマンティックな曲はやらないからね」笑いながらこう語った。「あの曲はうまく歌い上げられたよ」。一方、苦しく、悲しいミステリアスな愛の形を歌うブレッドの「ダイアリー」はベイビーフェイスが後に自分自身の音楽に影響を受けることになる最初に出くわした音楽であった。「これはAMラジオで聴いて初めて衝撃を受けた曲なんだよ。これは自分が、ほろ苦い恋愛、恋、失恋なんかの曲を書く上でトレーニングとなり、今の僕の音楽を形作った一曲だったんだ」

アルバム『プレイリスト』制作の上で最大のチャレンジとなったのは、これらの名曲の独自のムードに似合う、オリジナルの曲を数曲足すことであった。「簡単なことではなかったよ。こんな名曲ばかりに匹敵する曲が書けるのかって。でも、ラッキーなことにアルバムにフィットするような2曲を書き上げることができて、無事収録できたんだ。その中の「ノット・ゴーイング・エニィホエア」という曲は、両親の離婚というものが親と子供を引き離すわけではないということを子供たちに言い聞かせた経験がある人の心に残る一曲となっている。ベイビーフェイス自身もトレイシーと離婚をし、全国的ニュースとなったことがある。現実に起こったことをストレートに書いた歌になっている。「ある日、コードを演奏していたら自然とまるで会話をしているかのようにフローが浮かんできたんだよ。これはトレイシーと僕が実際子供たちと会話したことなんだ。僕たちはこれからもずっとベスト・フレンドでい続けるし、何も変わることはないって子供たちに言い聞かせたんだよ。とにかく子供たちには安心してもらいたかったからね」

「ソルジャー・ソング」もまた親と子供の関係から生まれた曲である。これは彼自身が、イラクへ戦争に行っている息子がいる友人を訪ねた時に、親と子のコネクションを感じ、曲を書くことにした。「政治上の思想がどうであれ、戦争に行くとき、彼らは僕たちみんなのために戦っていると信じているんだ。そして僕たちのために彼らは死んでゆく。戦争が正しいものであろうが間違っていようが、彼らは心から、僕たちを守ろうと戦っている。だから僕たちは彼らのことをいつまでも忘れずに、またリスペクトしなければならない」

最後にベイビーフェイスはこう言った。『プレイリスト』は今までの作品の中でもお気に入りの一枚となったよ。このアルバムの素晴らしいところは、もうすでに聴き覚えのある曲ばかりで、それでいて、フレッシュであるところなんだ。みんなにはこれらの曲をまるで初めて聴くかのような感覚で楽しんでもらいたい。そして大好きな一枚となってもらいたいね。だって、まだまだ思い出深い曲を、これからもどんどん歌い上げていきたいからね。」