BIOGRAPHY

渡辺香津美


「天才ジャズ・ギタリスト出現!」と言われた驚異のデビューから着実に成長を続けてきた渡辺香津美は、いまや世界のトップ・ギタリストの一人として、その名をジャズの歴史に残すほどの円熟した活動を展開している。

その渡辺香津美がギター生活30周年にあたって取り組んだ書き下ろしの意欲的なギター組曲「BEYOND THE INFINIT」は、21世紀の幕を開 けるにふさわしい壮大な構図を持った大作だ。世界初演は、彼が強く影響を受けた作曲家、故・武満徹ゆかりのコンサート・ホール「東京オペラシティ」で 2001年の1月初頭に行われた。リズム・セクションとサックス、フルート、ヴォーカル、さらにストリング・カルテットが加わる大編成のステージだが、 ホールの美しい響きを計算した準アコースティックなサウンドで濃密なコミュニケーションが進行する素晴らしい演奏であった。

 香津美自身の語るところによると、「企画が決まって、音楽のアイデアが湧いてきた頃には一緒に演奏する人のイメージができあがってましたね。ぼくは曲に よって演奏者を選ぶといより、頭に一緒にやる人があって、曲をまとめていくほうなんです」ということだが、その作曲法はジャズという音楽に育てられた彼な らではの財産と言うことができるだろう。このギター組曲は、音楽のアイデアがきちんと譜面にまとめられてはいるものの、ジャズという音楽の核を成す「イン プロビゼーション」と「インタープレイ」がコミュニケーション軸となっているのだ。したがって、客席の聴衆は厳密さと曖昧さ、クールとホット、冷静と激情 というような相反する音楽要素の間で、思いがけない複雑な音楽空間に運ばれてしまうことになる。 それはジャズ、ロック、ラテン、クラシックという音楽の ジャンルを超えたクリエイティブな”マジカル・ミュージカル・モーメント”そのものとも言えるだろう。

 渡辺香津美がベンチャーズなどのポップスに触発されてギターを手にしたことは多くのファンの知るところだが、この天才がジャズを経由して何処に行こうと しているのかは、オペラシティのステージをスタジオで厳密にまとめ直したこのCDを聴くしかあるまい。ライブのステージを言葉による表出とするならば、ス タジオ・レコーディングは推敲を重ねた文章による表出のようなものだと言われることが多い。だがここには、譜面に描かれたイメージの原型、音楽家たちの人 間的なコミュニケーション、即興、時間の流れに沿った原型の進化といった、音楽に関わるあらゆる要素が豊かに息づき輝いている。

 渡辺香津美は一点に立ち止まることなく、ぼくらを予想もできない場所に運び続けてくれる。ぼくらはそのギフトに対し、どんなお礼をしたらよいのだだろうか。

 ギター組曲「BEYOND THE INFINIT」は全体で9つのチャプターから成り立っている。

各曲が独立して存在する通常のアルバムと違ってイメージの連続性を持っているので、曲いうよりはチャプター(章)というほうがふさわしいのではなかろう か。「ギターに関するすべての音がステージ上ではじけるようにしたい」という香津美自身の考えによって、曲の展開に応じて様々なギターが使用されているの も、ギター・ファンにとっては嬉しいことである。

「先にタイトルがあったわけじゃなくて、アイデアを具体的な音にしていく過程でムーンからサンまでという考えが生まれ、それが全体の流れを自然に作って いったんです」という渡辺香津美のコンポジションは、パートナーである谷川公子との共同作業で進められた。したがって、曲の解説は作・編曲のチームを組ん でいる2人にお願いすることにしよう。