“谷村新司、2018年に向けて” 音楽ライター 桑原シロー氏による特別寄稿

2018.03.20 TOPICS

2017年、アーティスト活動45周年というアニヴァーサリー・イヤーを颯爽と駆け抜けた谷村新司。その活動を振り返ってみれば、まばゆい出来事がいくつも浮かび上がってくる。桜が咲き誇る4月初旬には、国立劇場での恒例ライヴ「THE SINGER」があった。5月からは全国25か所を回るツアーがスタート。それに11月には8年ぶりに東京文化会館にて「TANIMURA CLASSIC」も行われた。なかでもハイライトといえるイヴェントは、6月1日に中国の上海大劇院で行われた10年ぶりとなる公演だ。北京・国家大劇院で予定されていた「中日国交正常化40周年記念コンサート」が予期せぬ事態で延期となってから5年、上海という特別な場所において実現した<45周年>のお祝いは、彼を待っていた観客たちの涙の歓声と絶叫の合唱に包まれる素晴らしいコンサートとなり、時や国境を越えて<心>を届けるためには<歌>の持つ役割は大きいという谷村の信念を美しく実証したのである。
そんな数々の名場面を引き立てるBGMとしてこのうえなく最適なのが“STANDARD”だった。すべての生きる者に<呼吸(いき)>をするように寄り添っている曲、という基準でセレクトされた45曲入りの45周年記念オールタイム・ベスト『STANDARD-呼吸-』唯一のニュー・ソングである。
100年後の晴れた朝に僕はほほ笑みながら戻ってくる……と語りかけるこの曲は、いつかフランク・シナトラのアルバムのなかで出会ったことがあるような、遠い昔にどこかですれ違ったことがあるような、ロマンティックなジャジー・ポップだ。そんな“STANDARD”に触れるたびにいつもイメージしていたのは、大きな舞台でスポットライトに照らされた谷村の姿。谷村新司が歌を口ずさんだら、その瞬間、その場所は劇場になる――そんな事実を、生まれながらにしてスタンダードの風格を備えたこの曲は改めて優しく教えてくれる。
ところでアーティスト活動45周年を記念した作品はもうひとつあった。10月にリリースされたシングル“嗚呼/Keep On!”だ。いま一度、中身がめっぽう濃かったこの1枚をじっくり振り返ってみたい。
この両A面シングルは、3人のクリエイターとのコラボから生まれた3つの曲で構成されている。ひとつめの“嗚呼”でガッチリ握手を交わしているのは、2009年に惜しまれつつこの世を去った作曲家、三木たかし。彼は生前、300近い未発表のメロディーを残していたおり、谷村はそれに歌詞を付けて歌うことが許された初のアーティストとなった。彼が何曲か聴いたなかからもっとも強いインスピレーションを得たのが、大陸的なメロディーを持ったこの曲。もう2度と会うことが叶わない三木へのレクイエムという形を取りながら、諸行無常という真理を受け入れながらも限界をさらに超えていかなければならない、と遮二無二ものを作り続ける人間の心の葛藤を描いている歌詞にじっくり耳を傾けてほしい。それにし
てもどうだろうか、感嘆のため息ひとつで、周りの色彩をガラリと変えてしまう歌声のパワーは。谷村新司の声のマジックが存分に味わえるバラードだと言えよう。
“Keep On!”というタイトルが付けられたふたつめの曲を作詞したのは、昭和44年に執筆を開始した大河小説“青春の門”の完結に向けて挑戦を始めるなど、85歳にしてなお活発な作家生活を送る五木寛之である。彼と谷村の出会いのきっかけは、数年前に五木がホストを務める番組に出演したことだ。そして親交を結んだふたりは、いつかいっしょに曲を書きましょうという約束を交わすことになる。これまで<旅>から数限りないものを学んできた谷村にとって、読み手に旅への期待と高揚感を誘う五木作品は若き日のバイブルであったようで、いつも彼の小説をうしろポケットに差して、まだ見ぬ遥か遠くの景色を思い浮かべていたという。そんな大先輩の五木から届いた歌詞に記されていたのが〈進み続けよ!〉という力強いメッセージだったことに、谷村もきっと驚きをおぼえたに違いない。自由という名の未来をその手につかむため、孤独を胸に抱きながら歩み続ける覚悟を持て。そんな激励を先輩から受け取ってしまったら、精一杯の情熱を込めてぶつかるしかないじゃないか。とにかく背筋をすっと伸ばして言葉を遠くへ飛ばそうとする歌唱からはそんな気概のようなものが感じられるのだ。歌の端々から、少年のような谷村の瞳が浮かんで見えてくるのはきっとそのせいだ。
さぁ、これから先、どこへ行こうか。いったい何をめざそうか。“嗚呼”と“Keep On!”の2曲を通じて谷村が問いかけていることはそういったものではないか。約束の地はまだまだ遠く遥か彼方にある。だからこのまま胸騒ぎに従うようにして彷徨い続けよう。そんな彼の旅紀行にもうひとつの曲が加えられる。JR西日本が行ったキャンペーン<三都物語>のイメージ・ソングとして使用され、92年に大ヒットした“三都物語”のニュー・ヴァージョンが3曲目に登場するのである。作詞の多夢星人は、言わずと知れた阿久悠のことだ。2017年は阿久悠にとって没後10年、作詞家50年というメモリアル・イヤーであり、著名シンガーが数多く参加したリスペクト・コンサートやメーカー7社連動のメモリアル・アルバムなど、いくつものプロジェクトが実現したことも話題となった。阿久悠との思い出について、谷村は<自分はニュー・ミュージック畑の人間だったために縁がないだろうと思っていたところ、突然「いっしょに歌を作ろう」と指名があった。少し緊張したけれども、オファーを受けることにした。印象的だったのは、予想に反して大変優しかったこと>と語っている。かつて自作自演歌手たちの登場に対して対抗心を抱いていた彼だったが、才能豊かなアーティストに対して最大のリスペクトを払っていたのも事実。そんなふたりの初コラボ曲“三都物語”の主人公もまた、ときめきを抱えながら訪ねるあてもなく彷徨う旅人であり、作られた時期は異なれど、この曲は“嗚呼”と“Keep On!”といとこ同士の関係にあるようにも思えたりする。
旅することによって魂が磨かれ、人生の隅々までが潤いで満たされていく。そのような定理が綴られた歌詞を艶やかに輝かせているのが、哀愁に満ちた魅惑のマイナー・メロディーだ。シングルではあるが大変トータリティーの高いアルバムを聴いたような感触を与えてくれる本作に収められたどの曲も、まばゆい谷村劇場の<舞台>において大きく映えるナンバーであり、ドラマティックな大団円を飾るにふさわしい趣がある。すべて聴き終える頃にはいつも、上海大劇院に集まった観客たちのように大勢のファンが総立ちでスタンディング・オベーションを送る映像が薄っすらと浮かんでくる。そのなかには、見覚えのある<3人>の姿も確かに見えるのだった……。
今回の“嗚呼/Keep On!”は、2種類のジャケットが制作されていて、ひとつは三角、ひとつは鞠のような丸、という2種類のイラストが描かれている。いったいこれは何を意味しているのか。まず<トライアングル>は、3者とのコラボを表していることは間違いないだろう。“嗚呼”が三拍子の曲であること、あるいは<三都>を結びつけることも可能だ。<サークル>についてはどうだろう。円とは<縁>であり、正しい答え=真理とも読める。丸は宇宙と永遠の象徴であり、三角形は英知のシンボルでもある。つまり表現者にとって旅を続けることは、人間の本質を鋭く観察し真理を追究する作業であると同時に、物事の本質を見極めながら道理を学ぶ行為だと、この2枚のイラストはそういったことを伝えたいのではないか。というのは少し深読みしすぎだろうか。
そうだ、<三角形>といえば<アリス>についても触れないわけにはいかない。2017年末にオンエアされた「2017 FNS歌謡祭」はご覧になられただろうか。谷村と堀内孝雄、そして関ジャニ∞の錦戸亮と安田章大の4人が“冬の稲妻”と“今はもう誰も”を披露、放送後にネットでもさまざまな反響を呼んでいる。谷村と堀内は、昨年2月にオンエアされたBS日テレ「地球劇場~100年後の君に聴かせたい歌~」にてふたりにしか生みえない絶妙なハーモニーを聴かせたことも忘れてはいけない。もはや大勢の人たちが<彼ら>の再集結を待っているという事実について気づいている。谷村の旅はいつもずっと続いていて、終わったと思えばすでにいつも始まっている。そしていつでも新しいテーマでポケットは膨らんだまんまだ。谷村の古希祝いはもうすぐそこまできている。なんだか面白くなりそうな予感しかしない。

2018年1月10日 桑原シロー

<追記>
脱稿してから間もなく、3月23日から開幕する第90回記念選抜高等学校野球大会の入場行進曲に“今ありて”が決定したという知らせが届いた。これは1993年の第65回大会から選抜高校野球大会の3代目大会歌となっているもので、行進曲としては25年ぶりの使用となる。この出来事もまた、<円>がまだまだ大きくなっていることを伝えている気がする。