HISTORY

本名:大島九(ひさし)
出身地:神奈川県川崎市
血液型:A型 射手座
趣味:テニス・ゴルフ・陶芸


エルビス・プレスリーに憧れて歌いはじめ、ジャズ喫茶でマナセプロダクションに見出され、昭和33年ダニー飯田とパラダイスキングのメンバーに参加デビュー。アメリカンポップス「ステキなタイミング」「悲しき六十才」等を歌って大ヒット。お茶の間のアイドルとしてTV、ラジオ、映画、ステージに大活躍。

NHKの歌番組「夢であいましょう」で「上を向いて歩こう」(昭和36年 作曲・故中村八大/作詞・永六輔)を歌い、同曲は海外でも「スキヤキ・ソング」と題し発売され、全米ナンバーワンヒット、ゴールデンレコードを始め、日本初の世界的ミリオンセラーとなる。その人気は現在もなお衰えず、これまでのセールスは全世界で1000万枚以上という驚異的な数に達している。

ミュージカル「見上げてごらん夜の星を」やブロードウェイミュージカル「努力しないで出世する方法」を始め、日本万国博覧会政府出展懇談会委員の若者代表として活躍。さらに「あゆみの箱チャリティショー」を始め、STV「サンデー九」、手話の歌「そして想い出」など福祉にも力を注ぎ、広く子どもから大人まで親しまれた。

その後もCMなどで楽曲は使われつづけ、「上を向いて歩こう」が日本を代表する曲として世界中で歌われるなど、いまもなお歌声は消えることがない。 特に、最後のレコードとなった「心の瞳」は中学校の教科書にも掲載され 合唱曲として知名度を高め、人々の心に坂本 九は生き続けている。

2024年、第66回レコード大賞で「上を向いて歩こう」が“日本作曲家協会名曲顕彰” を受賞。


 

【HISTORY OF KYU SAKAMOTO】

 

月日
1941 12月10日 太平洋戦争開戦の二日後、神奈川県川崎市南町の荷役請負業・坂本寛(ゆたか)、妻・いく(旧姓・大島)の九人兄弟の末っ子として生まれた。本名は大島九(ひさし)。戦時中は、母の実家である茨城県笠間市に疎開しながらも、幼い頃から歌と笑いが絶えない少年だった。
1958   エルヴィス・プレスリーに夢中だった16歳の坂本九は、空前のロカビリーブームの真只中、立川の米軍将校クラブで、エルヴィス・プレスリーの「ハウンド・ドッグ」リトル・リチャードの「Send me Some Lovin’」を歌って、ステージの楽しさを知った。日本大学横浜学園在学中のことである。「井上ひろしとザ・ドリフターズ」にバンドボーイをへて、ヴォーカル兼ギターを担当。
  8月26日 ロカビリー歌手として第3回日劇ウエスタンカーニバルに初出演、そこで新人賞を受賞し、一躍注目を集めた。
  11月 水原弘の抜けたダニー飯田とパラダイス・キングに加入プロデビューを果たす。
  12月 第4回日劇ウエスタンカーニバルで「ロカビリー五人男」に選ばれた。
1959 3月 フジテレビ「ザ・ヒットパレード」にロカビリー歌手として初めて出演。
  6月 シングル「題名のない唄だけど」リリース
  6月 ビクターから、ダニー飯田とパラダイスキングの一員として「何もいらない俺だけど」(作詞・作曲・ダニー飯田)でレコードデビューを果たし、坂本九はカップリングの「題名のない唄だけど」(同)のメイン・ヴォーカルを務めた。
  9月 25cmLP『ジューク・ボックスで逢いましょう』リリース
  8月4日 ミッキー・カーチス、山下敬二郎、守屋浩主演の東宝映画『檻の中の野郎たち』にジェリー藤尾とコンビで出演、劇中歌うシーンはなかったが、コミカルなギャングを演じた。
1960 3月 25cmLP『パラダイスキングは唄う(今夜は泣かないぜ)』リリース
  5月 ソノシート『九ちゃん大いに唄う!』リリース
  8月 シングル「悲しき六十才」リリース
  8月 東芝レコードよりシングル「悲しき六十才」(原曲・Ya Mustafa、作曲・アザム・バークレイ、訳詞:青島幸男)をリリース。すぐに大映で主演映画化。10万枚を売り上げ、東芝レコードの1960年売上5位を記録し、東芝ヒット賞を受賞。カップリングは九ちゃんのヴォーカル。コミカルな歌詞とポップで軽快なサウンドで、テレビやラジオに引っ張りだことなる。東芝レコードのヒット賞を受賞した。「九ちゃんのズンタタッタ」とヒット連発。
  10月 シングル「ビキニスタイルのお嬢さん/ステキなタイミング」リリース
  10月4日〜1962年9月30日(全104回) 坂本九 森山加代子のDJ番組「ザ・フレッシュカーニバル」東京ラジオ(TBS)
  12月 シングル「遥かなるアラモ/夢のナポリターナ」リリース
  1月16日 シングル「砂漠の恋の物語/GIブルース」リリース
1961 1月16日〜1962年8月31日(全593回) 文化放送連続ドラマ「九ちゃん!ハイお嬢さん」浜美枝
  2月 25cmLP『九ちゃんとパラキン』リリース
  3月1日 シングル「九ちゃんのズンタタッタ」リリース
  3月1日 「九ちゃんのズンタタッタ(聞いちゃいけないよ)」青島幸男の作詞・作曲によるコミックソングでありコメディアンとしての豊かな才能を感じさせる楽曲リリース。
  4月 大映映画『悲しき60才』に主演、ジェリー藤尾、森山加代子、パラダイスキングなどマナセプロのタレント総出演の賑やかなミュージカル・コメディは、九ちゃんのコメディアンとしての抜群の才能を開花させた。
  不明 大映映画「悲しき六十才」主題歌集 LP『悲しき六十才』リリース
  5月1日 シングル「カレンダーガール」リリース
  7月1日 シングル「月夜に歩けば/おんぼろ汽車ポッポ」リリース
  7月21日 東京大手町・産経ホールでの「第三回中村八大リサイタル」のステージで作曲の中村八大と作詞の永六輔(六・八コンビ)の「上を向いて歩こう」をはじめて歌ったのが19歳の坂本九だった。
  8月 25cmLP『九ちゃんとパラキン第2集』リリース
  9月1日 シングル「九ちゃん音頭/何処かでだれかが」リリース
  9月1日 松竹映画主題歌として「九ちゃん音頭」(作詞・青島幸男、作曲・ダニー飯田)
  9月20日 ソノシート『ヒットパレード ポップスNo,1』リリース
  10月1日 シングル「モデルガール」リリース
  10月7日 NHK「夢であいましょう」で「上を向いて歩こう」を歌う。「上を向いて歩こう」レコード発売(東芝レコードJP-5083)
  10月15日 シングル「上を向いて歩こう/あの娘の名前はなんてんかな」リリース。発売から三ヶ月で30万枚の売り上げを突破。ミュージックライフ誌の国内盤ランキングでは、1961年11月から1962年1月にわたり1位を独占した
  11月1日 シングル「九ちゃんのジングル・ベル/赤鼻のトナカイ」「いつもアイ・ラヴ・ユー」リリース
  12月 札幌市民ホールにてマナセプロユニットによるチャリティコンサートに出演。コンサートはこの後10年間続き、「サンデー九」などの福祉活動へと続く。
  12月31日 「第12回NHK紅白歌合戦」に「上を向いて歩こう」で初出場(以後連続11回出場)
1962 2月 ソノシート『ひとっりぽっちの九ちゃん』リリース
  2月1日 シングル「戦場に日は落ちて/花咲く街角」リリース
  3月 第34回春の選抜高校野球入場行進曲に「上を向いて歩こう」が、流行歌として初めて選ばれる。
  3月 25cmLP『九ちゃんとパラキン第3集』リリース
  3月4日 日活では石原裕次郎を見出した水の江滝子プロデュースで『上を向いて歩こう』を映画化この年の映画配給収入ランキングで7位を記録
  5月1日 シングル「もう一人のボク/初めてのラヴレター」リリース
  7月 ソノシート『九ちゃんの花咲く街角』リリース
  7月1日 シングル「ボクの星/ヒゲの唄」リリース
  不明 25cmLP『ボクの星 坂本九ヒットソング』リリース
  8月 フランスのパテ・マルコーニから「上を向いて歩こう」「あの娘の名前はなんてんかな」「九ちゃんのズンタタッタ」「それが悩みさ」の4曲入りレコードがリリースされ、その後ノルウェー、デンマーク、イタリア、スペインでもリリース
  8月19日~9月2日 初のヨーロッパ旅行で海外のショービジネスを体感、そこで「世界にも通用するエンタテイナー」を目指す決意をした。
  9月1日 シングル「レッツ・ゴー物語/カマ・カマ・ベイビー」リリース
  11月1日 シングル「一人ぼっちの二人/君なんか君なんか」リリース
  12月31日 民放共同制作「ゆく年くる年」で司会。
1963 1月17日 ソノシート『九ちゃん大いに歌う』リリース
  2月28日 シングル「九ちゃんのツンツン節/グッバイ・ジョー」リリース
  不明 30cmLP『九ちゃんの歌』リリース
  5月1日 シングル「見上げてごらん夜の星を/勉強のチャチャチャ」リリース
  5月3日 「上を向いて歩こう」は「SUKIYAKI」の題名で、全米でリリース。
  5月11日 「SUKIYAKI」は全米ビルボード・チャート79位で初登場
  6月 シングル「東京五輪音頭/前向きで行こう」リリース
  6月15日 「上を向いて歩こう」が米国で「SUKIYAKI」としてキャピトル・レコードから発売され、ビルボードHot 100とキャッシュボックスTop 100で1位を獲得。日本人初の全米No.1という快挙を成し遂げ、世界70カ国以上で1,000万枚以上のセールスを記録した。この成功は、日本のポップスを世界に知らしめる金字塔となった。
  6月18日~20日 サンケイホールで創作ミュージカル「見上げてごらん夜の星を」に主演した。
  6月23日 東京オリンピックのテーマ曲「東京五輪音頭」(作詞・宮田隆、作曲・古賀政男)が各社競作となり、東芝レコードでは坂本九、ダニー飯田とパラダイスキングのヴァージョンが6月23日のオリンピック・デーにリリースされた。
  8月13日~17日 アメリカのテレビ人気番組「Steve Allen Show スチーブ・アレン・ショー」出演のため渡米。8/15ハリウッドのスタジオで収録。
8/27OAで「上を向いて歩こう」を、収録2本目は「オールナイトで踊れたら/I Could Have Danced All Night」を歌う。
  8月29日 TBSテレビ「九ちゃんアメリカで歌う」で「スチーブ・アレン・ショー」の模様が紹介される
  7月 シングル「上を向いて歩こう「スキヤキ」/あの娘の名前はなんてんかな」リリース
  9月1日 シングル「帰りたい僕/刀を抜いて」リリース
  10月1日 シングル「九ちゃんの炭坑節/オールナイトで踊れたら」リリース
  12月1日 シングル「明日があるさ/夢を育てよう」「勝利の旗」リリース
  12月15日 シングル「困っちゃうよ/かもめのように」リリース
1964 5月15日 シングル「幸せなら手をたたこう/手のひらの唄」リリース
  5月15日 「上を向いて歩こう」ゴールデンレコード授賞式(ホテルオークラ)
  6月 17㎝LP『上を向いて歩こう コンパクト7』リリース
  7月 ブロードウェイミュージカル「努力しないで出世する方法」主演。
  7月15日 シングル「サヨナラ東京/君が好き」リリース
  8月 30cmLP『九ちゃんの唄 第2集』リリース
  10月 17㎝LP『サヨナラ東京 コンパクト7』リリース
  10月5日 シングル「夜明けの唄/もし好きになったら」リリース
  12月25日 30cmLP『ミュージカル 見上げてごらん夜の星を』リリース
1965 1月6日 浅草国際劇場で美空ひばりと共演し、「ひばり音頭」「九ちゃん音頭」で観客を沸かせた。
  2月6日 「あゆみの箱」チャリティショー参加。
  3月5日 シングル「ともだち/行ってみよう」リリース
  3月20日 東映動画『ガリバーの宇宙旅行』で声優に初挑戦。
  4月15日 シングル「九ちゃん音頭/九ちゃんのツンツン節」「上を向いて歩こう/あの娘の名前はなんてんかな」「明日があるさ/夢を育てよう」再発盤
  5月15日 シングル「涙くんさよなら/真ん中とはじっこ」リリース
  9月15日 シングル「ミーケとマライケ」リリース
  11月 17㎝LP『ミーケとマライケ コンパクト7』リリース
  11月4日~1968年10月26日 日本テレビよりバラエティのワンマンショー「九ちゃん!」スタート。
    「ともだち」(作詞・永六輔、作曲・いずみたく)で東芝ヒット賞を受賞。
  11月5日 シングル「幸せのうた/今日も元気で」リリース
  12月5日 シングル「僕が君なら/僕と今夜」リリース
1966 1月3日 大阪フェスティバルホール「大阪労音1月例会 坂本九」では13日間、22公演をこなした。
  2月5日 シングル「あした天気になーれ/おーい雲」リリース
  3月5日 シングル「口笛だけが/涙」リリース
  7月5日 シングル「結構だね音頭/下町の青春」リリース
  8月5日 シングル「哀しみのバイパス/あの人と?」リリース
  8月13日 加賀まりこさんをマドンナに、松竹映画「坊っちゃん」主演。
  9月 「九ちゃん!」で発表された「ジェンカ」は、フィンランド発のダンス曲のカバー。渋谷公会堂での公開放送でのパフォーマンスが話題となり、ダンスブームを巻き起こし、東芝ヒット賞を受賞。翌1967年5月、60万枚突破を記念した。
  9月5日 シングル「皆んなで笑いましょ/ジェンカ(JENKA)」リリース
  10月5日 30cmLP『坂本九リサイタル』リリース
  11月 シングル「レットキス(JENKA)/皆んなで笑いましょ」曲名変更で再発
  11月 シングル「まあるくなった/しあわせの色」リリース
  12月 17㎝LP『皆んなで笑いましょ コンパクト7』リリース
  12月9日 ファンクラブ「坂本九後援会」が発足。
1967 1月15日 シングル「夢はどこのある/街角の歌」リリース
  1月15日 30cmLP『九ちゃん明治を歌う』リリース
  3月1日 シングル「世界の国からこんにちは/これが青春」リリース
  5月15日 シングル「さよならさよなら/セッセで踊ろう」リリース
  6月16日 シングル「エンピツが一本/うちの大物」リリース
  7月5日 30cmLP『九ちゃんのベストヒット・パレード』リリース
  8月15日 日本万国博覧会政府出展懇談会委員に選ばれ、1970年度万博に若者代表として参加の栄誉を受ける。
  8月 吉永小百合と共に大阪万博の若者代表としてモントリオールで「SUKIYAKI」を歌い、万博のPRに貢献。
  9月 17㎝LP『世界の国からこんにちは コンパクト7』『上を向いて歩こう コンパクト7』リリース
  10月5日 シングル「少女/夕日のなかを」リリース
  11月5日 初のリサイタル「芸人その九年目」を渋谷公会堂にて上演 みんなで踊る「レット・キス」が大ヒット
  12月5日 シングル「ラブ・ラブ・ラブ/久し振りのあなた」リリース
  3月 17㎝LP『ラブ・ラブ・ラブ コンパクト7』リリース
1968 3月5日 シングル「窓を開けはなしてみよう/今日かぎりの恋」リリース
  5月1日 30cmLP『坂本九オン・ステージ』リリース
  5月5日 シングル「太陽はさんさん/恋のラベンダー」リリース
  6月21日 シングル「若者たち/想い出の砂浜」リリース
  9月10日 シングル「コングラチュレーションズ/恋の終り」リリース
  不明 30cmLP『ピーターと狼 PETER AND THE WOLF』リリース
  10月6日~1969年9月28日 TBSドラマ「フジ三太郎」で主演。朝日新聞夕刊連載、サトウサンペイの四コマ漫画のドラマ化で、妻役には宮本信子、初のマイホーム・パパ役をコミカルに演じて、新境地を開いた。
  10月 第3回ブラジルポピュラー音楽祭に出場、「さよならさよなら」で7位入賞、海外での知名度の高さを証明した。
  12月31日 「第19回NHK紅白歌合戦」で初の司会(宮田輝さん水前寺清子さんと)
1969 4月1日 シングル「おねがいです/大人だからサヨナラ」リリース
  6月1日 シングル「蝶々/自動車コ ブーブーブー」リリース
  7月1日 シングル「ともだち/涙くんさよなら」リリース
  7月10日 30cmLP『九ちゃんと歌おう』リリース
  7月~9月 民音公演全国縦断ステージで「坂本九リサイタル芸人その11年目」上演。
  9月10日 シングル「遠い昔の母の胸に/見上げてごらん夜の星を」リリース
  10月1日 シングル「自動車コブーブーブー/レットキス(ジェンカ)」再発盤
  11月3日~11月29日 NHK銀河ドラマ「わが歌声の高ければ」主演(全20回放送)
  12月20日 シングル「誰かと誰かが/白いラブレター」リリース
1970   日本万国博覧会開催 政府出展懇談会委員として活躍。
  5月5日 30cmLP『坂本九ひっと・ぱれーど』リリース
  7月 大阪梅田コマ劇場で1か月間ミュージカル「わが歌声の高ければ」に主演、トム・ジョーンズのカバーも披露した。
  7月5日 シングル「みんなでつくろう/マイ・マイ・マイ」リリース
  11月20日~22日 第1回ヤマハ世界歌謡祭の総合司会を務める~(1984年まで続く)
  12月21日 シングル「わかるだろう/だれも知らない」リリース
1971 5月5日 シングル「この世のある限り/マドンナ」リリース
  8月19日~21日 毎年日本全国の祭りを集めて紹介する「日本の祭り」に出演、総合司会を務める(1984年まで)
  8月23日 柏木由紀子との婚約を高輪プリンスホテルで発表。
  9月25日 シングル「銀座の夜/フライパンの歌」リリース
  10月8日〜1972年10月6日 NHK総合テレビ 連続ドラマ「天下御免」山口崇、林隆三、中野良子共演。杉田玄白役を演じ、放送批評家賞を受賞。
  12月8日 坂本九、柏木由紀子と結婚(笠間稲荷にて)
1972 2月5日 シングル「太陽と土と水を/ねんりん」リリース
  6月5日 シングル「ぼくにまかせておくれ/雨上がり」リリース
  7月1日~7月28日 大阪梅田コマ劇場で若手喜劇第2回公演「ごんたくれ太鼓」で柏木由紀子と共演。55回公演をこなし、夫婦の息の合ったステージが話題となった。
  7月5日 30cmLP『坂本九プレスリーを唄う』リリース
  12月1日 シングル「クラップ・ユア・ハンド/追憶」リリース
1973 1月7日〜6月29日 TBSテレビ「まんまる四角」レギュラー出演。
  4月2日~1975年3月28日 NHK人形劇「新・八犬伝」(全464回)での講談風の語りが子どもたちに大人気となる。
  5月5日 シングル「夜も昼も/季節の谷間で」リリース
  9月9日 渋谷ジャンジャンで「99円コンサート」を開催し、満員御礼の大盛況。
  10月7日 長女花子誕生。
  12月1日 シングル「夕やけの空/新八犬伝テーマ/仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」リリース
1974   NHK「連想ゲーム」に1年8ヶ月レギュラー出演。
  8月2日〜28日 新宿コマ劇場「ご存知喜劇王エノケン・ロッパ物語」財津一郎さんと主演。
  10月 フジテレビ「ジャンボクイズ100対100」でMCを務め、豪華ゲストと共に親子200人を盛り上げた。
  12月1日 30cmLP『坂本九全曲集』リリース
1975 3月15日 ATG系映画『吶喊』(岡本喜八監督)で老婆役の語り、NHK「新八犬伝」の黒子役とともに、声の演技で存在感を発揮。
  4月 妻・由紀子と日立のCM「ククレット」で夫婦共演。「レッツ・クック・ククレット」のリズムに乗った明るい姿が話題に。
  4月20日 シングル「泣きたくなったら空を見よう/若者は」リリース
  12月1日 シングル「WHY(若者たち)/ERIMO(襟裳岬)」リリース
  12月1日 30cmLP『ターニング・ポイント』リリース
  12月9日 CX-TV「ミュージックフェア`75」南こうせつ共演。
  12月20日 オフコースや吉田拓郎のカバーを収録したアルバム「ターニング・ポイント TURNING POINT」をリリース。アメリカとの共同企画で、レコーディングは西海岸のキャピトル・スタジオで行われた。アレンジはクリフ・ロバートソン。アルバムと、英語詞のシングル「WHY 若者たち/ELIMO襟裳岬」が日米同時リリースされた。
1976 1月20日 シングル「うちのお父さん/東京」リリース
  1月20日 松山善三監督 映画「泣きながら笑う日」広島先行公開。
  4月3日~1985年8月10日 TBS「キッチン・パトロール」放送開始(491回)
  10月 シングル「何かいいことありそうな/その方がいい」リリース
  10月3日~1985年9月23日 STV「ふれあい広場・サンデー九」放送開始(462回)亡くなる1985年まで続ける
  10月5日 シングル「レットキス(ジェンカ)/皆んなで笑いましょ」再発盤
  10月20日 シングル「上を向いて歩こう/幸せなら手をたたこう」再発盤
  11月10日 次女舞子誕生。
1977 4月9日〜1978年4月1日 NHK総合テレビ「こども面白館」レギュラー出演。
  5月2日〜17日(全20回) スヌーピーミュージカル「君はいい人チャーリーブラウン」主演。
  6月25日 新宿RUIDOにて「坂本九ルィードライブ」7・8・9月も開催。
  8月21日 NHK総合テレビ・FMラジオ「ビッグショー坂本九星空に歌を!」放送。
  11月〜 プロ野球オフシーズンの毎週水曜ニッポン放送「九ちゃんの必勝ホームランワイド」レギュラー。
1978 7月21日〜8月3日 日本フィルハーモニー交響楽団の「夏休みファミリーコンサート」に出演。
  9月5日 シングル「自由への旅たち/夜のしずく」リリース
  9月9日 坂本九芸能生活 20周年記念リサイタル「グラフィティ・オブ・キュー」が中野サンプラザホールで開催され、(後、大阪、名古屋、札幌、福岡開催)永六輔がスタッフトレーナーを着て、モギリを買って出た。客席には中村八大の姿もあった。ステージにも出演した森山加代子の店での打ち上げの場で、坂本九が永六輔と中村八大に「二十周年を機に本格的に六・八・九トリオでの活動をしたい」と提案する。こうして翌1979 年に向けて“689プロジェクト”が始動。
  11月15日 30cmLP『宵々山コンサート’78 街』リリース
1979 3月30日~1981年3月26日 フジテレビ「スター千一夜」レギュラー司会者に。
  5月 「六八九倶楽部」の発足式が原宿にて開かれる。
  6月20日 シングル「あの時の約束/そして想い出」リリース
  6月20日 坂本九としては初のコンテンポラリー楽曲で構成した「689」をリリース。坂本九が司会をするCX「スター千一夜」の生放送に、永六輔と中村八大がゲスト出演。中村八大のピアノ、永六輔と坂本九の手話を交えての「そして想い出」がオンエアされた。
  6月20日 30cmLP『689』リリース
1980 4月5日 シングル「結婚通知/夜明け夕焼け」リリース
  9月9日 「スター千一夜」生中継を挟んで「坂本九リサイタル・スター千九夜」が中野サンプラザで開催された。
  11月21日 シングル「マイタウン・マイハート/トライ・トライ・トライ」リリース
1981 3月22日~1982年3月22日 NTV「スター誕生!」三代目司会者として493回より登場。
    米のグループ、テイスト・オブ・ハニーが「上を向いて歩こう」を英語詞でカバーしてBillboard Hot 100で最高3位を獲得。それを記念して、彼らと坂本九は一緒にすき焼きを食べている。
1982 2月21日 シングル「親父/独身(ひとり)ぐらし」リリース
1983 4月14日~26日 札幌テレビ「サンデー九」米国ロケ。
  8月21日 シングル「馬のシッポ ぶたのシッポ」リリース
  10月7日~1985年8月23日 テレビ新広島「クイズ・クロス5」レギュラー出演。
  11月21日 シングル「ぶっちぎりNO文句/おとなの童話」リリース
    謎の覆面歌手XQS(エクスキューズ)が「ぶっちぎりNO文句」(作詞・阿久悠、作曲・井上大輔)をリリース。XQSの正体は坂本九だった。
    「上を向いて歩こう」はJASRAC賞(海外部門)を初受賞した。
1984 2月 名古屋名鉄ホールで。「雪だるまが笑った」「1.2.3.and九」を上演。新曲「21世紀の歌」(作詞・和田誠、作曲・坂本九)を披露した。
  7月8日 STV「サンデー九」400回記念生放送。
  8月 夏の神宮外苑での風物詩「日本の祭り」が14年目で最終回を迎え、九ちゃんの司会で盛大に締めくくられた。
1985 5月22日 シングル「懐かしきlove-song/心の瞳」リリース
  5月22日 東芝EMIから独立して発足したファンハウスに移籍後初のシングル「懐しきlove-song/心の瞳」(作詞・荒木とよひさ、作曲・三木たかし)をリリース。「心の瞳」は後に合唱曲として歌われ、現在でも歌い継がれる名曲となった。
  6月8日 NHK総合テレビ「古賀政男記念音楽大賞」に「懐しきLove-song」が入賞(NHKホール)
  8月12日 NHK-FM「歌謡スペシャル 秋一番!坂本九」でヒット曲を熱唱。このステージが、彼の最後のライブとなった。番組収録後、大阪に向かった坂本九は、日本航空123便墜落事故に巻き込まれ、43歳の若さでこの世を去った。
  9月28日 シングル「見上げてごらん夜の星を/明日があるさ」再発盤(モノラル録音をステレオ化)
  10月 ニッポン放送銀座音楽祭特別賞、東京放送日本作詞大賞音楽文化賞、第16回日本歌謡大賞放送音楽特別賞を受賞。
  10月19日 30cmLP『九・メモリアル』リリース
  不明 シングル「上を向いて歩こう/幸せなら手をたたこう」再発盤(ジャケット変更ステレオ)
1986   1986年と1987年、「上を向いて歩こう」がJASRAC賞(海外部門)を連続受賞。
  不明 シングル「上を向いて歩こう/見上げてごらん夜の星を」再発盤
1987   「上を向いて歩こう」がJASRAC賞(海外部門)を連続受賞。
1985 12月21日 CD『BEST NOW 坂本九 上を向いて歩こう』リリース
1988 11月6日 CDシングル「上を向いて歩こう/見上げてごらん夜の星を」「幸せなら手をたたこう/レット・キス(ジェンカ)」リリース
1989 7月12日 CD『BIG ARTIST best COLLECTION』リリース
1992 7月29日 CD『ミュージカル 見上げてごらん夜の星を』リリース
1994 9月7日 CD『VERY BEST OF KYU SAKAMOTO』『坂本九 メモリアル・ボックス』CDシングル「上を向いて歩こう/あの娘の名前はなんてんかな」リリース
1997 12月10日 CD『坂本九/トリビュートアルバム』リリース
1998 3月28日 CD『坂本九・シングルズ』リリース
1999 9月12日 CD『プロコフィエフ:ピーターと狼』リリース ナレーション:坂本九
2000 10月25日 CDシングル「SUKIYAKI2000 Kyu Sakamoto & Maiko」リリース
  12月20日 CDシングル「明日があるさ/幸せなら手をたたこう」リリース
2002 6月19日 CD『坂本九ゴールデン☆ベスト』リリース
2003 8月20日 CD『坂本九 ベスト30』リリース
  9月10日 CD『九ちゃんの歌』リリース(紙ジャケ仕様)
2004 7月22日 CD『坂本九シングル全集』リリース
  8月4日 CD『坂本九 メモリアル・ベスト』リリース
2005 5月30日 CD『九ちゃんとパラキン(第3集)』リリース
  10月26日 CD&DVD『上を向いて歩こう』リリース
2007 9月10日 CD『BEST99』リリース
2008 5月17日 CD『「映画監督舛田利雄の音楽」日活編上を向いて歩こう〜舛田利雄 meets 中村八大』リリース 歌:坂本九 水原弘
  9月26日 CD『九ちゃんの歌 第2集』リリース
2011 7月13日 CDシングル「上を向いて歩こう」リリース(坂本九生誕70年、そして「上を向いて歩こう」発売50年記念シングル)
  10月12日 CD『689コンプリート』リリース
2013 2月20日 CD『ゴールデン☆ベスト ダニー飯田とパラダイス・キング』リリース
  6月15日 CD『6×8 Song Book Vol.1~上を向いて歩こう~』リリース
2017 12月6日 CDシングル「心の瞳」CD『坂本九 ベスト~心の瞳』リリース
2023 6月15日 CD『THE BOX of 上を向いて歩こう SUKIYAKI』リリース
2024 11月 「上を向いて歩こう」が第66回日本レコード大賞「日本作曲家協会名曲顕彰」を受賞し、半世紀以上経ても色褪せない名曲として評価された。