『オン・サンセット』 全曲解説

2020.07.13 TOPICS

ニュー・アルバム『オン・サンセット』ポール・ウェラー本人による全曲解説
Paul Weller “On Sunset” Track by Track

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1. ミラーボール (Mirror Ball)
自分で思っていた以上に、良いものに出来上がった曲だ。思っていたのとは違うものになったわけだけどね。もともと頭の中でストラクチャーを考えてあった。中間あたりのちょっとマッドな部分、あのアヴァンギャルドに展開する部分も、実は最初から、あのスペースの中で何かをしたいな、と考えていた。そんなわけで、だいぶいろんな考えが織り込まれている曲だと言える。
でもあらかじめ何を考えたとしても、そういったものはレコーディングをいったん開始したなら全部消えて無くなってしまう。他の人間も加わって全員で演奏することで、曲自体が別の命を宿し始めるからさ。
つまり、そうやって曲は変わるものなんだという事実に、こちらがオープンでいなければならない。変わることは良いことであって、自分では想像もしてなかったものに曲が変わることもあるってことにね。
この曲のエンディングはその例だよ。まるでディスコみたいなグルーヴも、あれは、みんなでスタジオで演奏している時、たまたまああなったんだ。あらかじめ考えてたわけじゃない。
最初は、自分でもなぜかわからないけど、前作の『トゥルー・ミーニングス』用のボーナス・トラックにでもしようと思って作り始めた曲だった。でもあまりに良かったんで見合わせたんだ。ボーナス曲として出すには、あまりに良い曲すぎる、ってね。
で、それが礎になったというのが、本当のところさ。「ミラーボール」を礎として、アルバムはその上に作り上げられていったんだよ。
 
2. バプティスト (Baptiste)
どのくらい成功したかはわからないんだけど、”バプティスト・ビート”とも言えるビートを試してたんだよ。「バップバップ・・・」こんな感じのビート。実際、そういうビートになってるかわからないけど。ともかく、それがこの曲の基本なんだ。
ここでも目指したのは、俺もバンドもプロデューサーも全員が大好きな音楽のルーツ、その多くはブラック・チャーチ(=ゴスペル)に根ざしている。
音楽の面白さという点でいつも感じることがあって… それは、たとえカルチャー的には自分の育ったカルチャーとまるで違っていたとしても、そこから生まれる音楽に大きな影響を受けることもあるということだ。つまり、そこには基本的に俺が、そして多くの人が、強いコネクションを感じられる何かがあるんだ。無意識のどこかに横たわっているものなのかもしれない。もしくはその音楽との歴史的なつながり、というか。俺はブラックミュージックのすべてとコネクションを感じずにはいられなくて…自分がどこにいるのかによるのかもしれないが…
ともかく、その面白さというか、この曲は音楽とのコネクションということを曲にしているんだ。

 
3. オールド・ファーザー・タイム (Old Father Tyme)
振り返るというよりは、「諦め、受け容れる」ということじゃないかな。「そういうものなんだ」として。Time will become you, you’ll become time(時はやがて人となり、人はやがて時となる)という歌詞の通りさ。いずれ人は、時の中に消えて行く。時の一部でしかないと気づくんだ。別にそれは悪いことばかりじゃないし、怖がることでもない。俺は喜んで受け容れるよ。時を作り上げている構造の一部であることにね。今はこうしてこの時を生きている。その後はどうなるのか、それは誰にもわからないさ。

 
4. ヴィレッジ (Village)
この曲の主人公は、それが誰であれ、とても満足しているんだ。自分が暮らしているその場所に満足し、幸せだと感じている。そんな人間のことを想像して書いてみるのもいいなと思って書いた曲さ。別に「バビロンの空中庭園」(*世界の七大不思議の一つ。実在するかわからない、幻の都市)をわざわざ見に行かなくても、「最も〜〜〜な15の街」みたいな街じゃなくても、自分たちの住んでいる近所で十分に満足している。彼らに見えないものは何もなく、見たいものはすべて自分の中にあるから、ないものねだりをしない。そういうことを歌ってるのさ。

 
5. モア (More)
ジュリー(・グロ)が歌う第2ヴァースは、最初からフランス語のイメージだった。特定のシンガーが頭にあったわけじゃないけれど、フランス語で歌ってもらったらいいな、と。なぜそう思ったのか自分でもわからないが、そう思ったんだ。もともと、ル・シュペールオマールの音楽はすごく大好きだったので、ジュリーに頼むのは、ごく自然のことだと思ったのさ。
俺が考えていたのは、ロイ・エイアーズのこと。そして彼の「We Live In Brooklyn Baby」という曲のことだ。それがかなり基点になっている部分はあるよ。
曲自体の内容は、読んで字の通りだよ。The more we get, the more we lose(得るものが増えるほど、失うものも多くなる)…社会における一般的なステートメント、と言ってもいいのかな。
でも書いた時、実は俺自身の家族のことを考えていたんだ。なんて俺たち家族は幸運なのだろう、恵まれているのだろう、と。もちろん、どんな家族にも起こりうる数々のドラマはあるわけだけど。ただ思ったんだ。これだけ恵まれていて、これ以上、俺たちは幸せになれるんだろうかと。いや実際、これ以上の幸せはもちろんあるわけで。そういうことを言ってるわけじゃない。要は物質主義によって、人がどれほど、本当の意味で幸せになれるのだろうかという、そういうことさ。

 
6. オン・サンセット (On Sunset)
この曲で考えていたのは、アメリカ西海岸の様々な音楽だ。ラロ・シフリンもその1人さ。映画的でドラマティックなオーケストレーション…。
ザ・ステイヴスがこの曲を含め2〜3曲のバックヴォーカルで歌ってくれている。彼女たちにはまだ一度も会ったことがないんだ。もちろん彼女たちのことは知ってるよ。YouTubeで彼女たちの曲を聴いて、俺がこのアルバムでイメージしていたハーモニーそのものだと思ったんだ。これまでの俺たちにはないサウンドだ。ああいう女性ハーモニーって、使ったことがなかったからね。彼女たちがユニークなのは、彼女たち自身がグループだから、という理由もあると思う。すごくうまく行ったと思うよ。今までと違う、という意味も含めて。

 
7. イークワニミティ (Equanimity)
音楽的には、ジョークや生意気さや皮肉、といろんな要素を含んだナンバーなんだ。1920年代、30年代のベルリンのキャバレー的なヴァイブもあるし、そこにちょっぴりザ・ビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』的とあえて言わせていただくなら、そういう要素もある。俺自身は20年代、30年代な雰囲気を考えていたかもしれない。
歌詞は… セルフ・コントロール(=自制心)ということだ。困難な状況の中でもequanimity(心の平静)を持つ、ということ。でも実のところ、一種の皮肉というかジョークっていう部分もある。
 
8. ウォーキン (Walkin’)
これは「公民権(Civil rights)」に関する曲。何かに抗議し、歩く(walking)人々…そういうようなことを俺は感じていたんだと思う。

 
9. アース・ビート (Earth Beat)
この曲のベースになったのは、ジム・ジャップがベルベリー・ポリー名義で、彼のゴースト・ボックス・レコードから出した曲なんだ。大好きなレーベルで、そこのはよく聴いてるよ。ベルベリー・ポリーの確か「The Willows」という曲だ。
とにかく、それがなぜか突然頭に浮かび、曲に乗せて歌い出したんだ。そしてジムのオリジナル・トラックの上にベース・リフ、ギター・リフ…と加えていった。それでジムに連絡を取り「君の曲を発展させて曲にしたいんだけどいいかな」と許可をとって、曲にしたのさ。
だからある部分はジムのオリジナル・トラックを使用し、その上にオーバーダブで重ねてできた曲だ。
コールトレーンは娘の知り合いで、スタジオに来てたんだよ。1日だけだ。で「ぜひ歌いたい」っていうから…だってシンガーだからね、笑…じゃあ、歌ってくれるか?って話になったのさ。とても良い声の持ち主だ。好きだよ、彼の音楽も。すごくスムーズに行ったと思う。
何を参照にしたか、と言われたら…実際、似ても似つかないんだけど、ファレルかな? 彼の曲はとても好きだよ。ファレルがやりそうな曲をイメージしてたのかもしれない。実際には全然違うと思うけど。ファレルの大ファンなんだ、特に「クレイヴ (Crave)」。ああいう感じを考えていた。R&Bを新しくフォーカスし直す彼のやり方はすごくクレバーだね。

 
10. ロケッツ (Rockets)
アルバムでは一番古い曲。一番昔に書いていた曲だ。デモはもう大分前、4〜5年前に録っていたんだが、なぜかそのままにして忘れていたんだ。それを偶然見つけて久しぶりに聴いたら、なかなか良いじゃないかってことになって、そこから曲にしていった。
内容は、歌詞を読んでくれればわかることだけど、制度にフィットしない人間のことさ。社会の片隅に追いやられたり、反逆児だと決めつけられたり。でも制度に属せなかったとしてしても、それは悪いことじゃない、それで良いんだ…そういうことを書いた曲だよ。