『THE MATSURI SESSION』ライナーノーツ

 
時系列上で重なり合うはずのなかったふたつのバンドによる、初の「対バン」が実現したこと。
幾多の「止むを得ない」状況すらも稀代の怪演の舞台装置として、至上のライブを映像に焼き付けたこと。
そして、音楽のスタイルが多様化した中で、バンドという表現の強度と凄味を改めて証明してみせたこと。
NUMBER GIRLとZAZEN BOYS。ともに向井秀徳が楽曲を作りオーガナイズする音楽集団でありながら、まるで異なる思想と哲学によって突き動かされているふたつのバンド――その足跡を語る上でも、混迷の2020年代を語る上でも決して欠かすことのできない、あまりにも異様で痛快な「事件」と呼ぶべき1日の記録がここにある。

「2018年初夏のある日、俺は酔っぱらっていた。そして、思った。またヤツらとナンバーガールをライジングでヤりてえ、と。あと、稼ぎてえ、とも考えた。俺は酔っぱらっていた」……向井秀徳の突然の再結成コメント発表によって、それまで長らく「伝説」だったNUMBER GIRLが再び「現実」のバンドとなったのは、2019年2月15日のことだった。

1995年の結成から7年、メジャーデビューからはわずか3年半。新たなオルタナティブ・ロックの潮流が音楽シーンを席巻した90年代後半〜00年代の日本において、ひときわオルタナティブな楽曲とサウンドでリスナー/オーディエンスを驚愕と歓喜の渦に叩き込んでみせたNUMBER GIRL。
ステージで意気揚々と缶ビールを掲げつつ、都市への憧れと違和感と焦燥感を熾烈なセンチメントとして噴き上げる、向井秀徳の歌詞の世界観。向井秀徳/田渕ひさ子/中尾憲太郎/アヒト・イナザワという4人の個性が無限増幅し合いせめぎ合うような、スリリングでエクストリームな轟音世界。ソニック・ユースやピクシーズなど洋楽オルタナの流れも、eastern youth/bloodthirsty butchers/fOULといった日本のオルタナ〜ハードコアの系譜も全身で呼吸しながら、酩酊と覚醒が渾然一体となったキレキレでキワキワの楽曲を紡ぎ出していく創造性……。己の身をも焦がすほどの日々極限進化状態ゆえに、まさにこれから!という上昇気流真っ只中の時期に突然解散を迎えるに至った経緯も、中尾憲太郎の脱退表明を受けての「『中尾、田渕、イナザワ、向井』の四人で『ナンバーガール』という共通の意思が強いため『ナンバーガール解散』という決断に至りました」という潔さも含め、解散までの4人の道程はどこまでも刹那的な「バンドの美学」の結晶そのものだった。
「売れる売れない二の次で、恰好のよろしい歌ば作り、聴いてもらえりゃ万々歳。そんな私は傾奇者。人呼んでNUMBER GIRLと発します」……ライブで向井が発していた口上は伊達でも何でもない。メガセールスやアリーナ〜スタジアムライブといった従来型のスターシステムとは無縁の獣道を進みながらも、いやまさにその独立独歩なバンドの生き様によって、NUMBER GIRLは唯一無二のロックを時代に刻み込み、解散以降も誰にも上書きできない「伝説」として15年以上もの間にわたって語られ愛され続けてきた。

一方、NUMBER GIRL解散後に向井が立ち上げたZAZEN BOYS。向井秀徳/吉兼聡/松下敦/MIYAという現在のラインナップに至るまでに幾度もメンバーチェンジを経てきたバンドの在り方においても、ニューウェーブとプログレとポストロックの残像が極彩色の巨大なとぐろを巻くような奇想天外なサウンドスケープにおいても、NUMBER GIRLとはまったくベクトルを異にしたバンドであることはご存知の通りだ。そして、同時にその根底に、NUMBER GIRLから脈々と続く冷徹でファニーな狂気が息づいていることもまた、その音から誰もが感じている通りだ。
ボーカル/ギター/キーボード/ベース/ドラムというバンドアンサンブルの固定観念を、緊迫感/切迫感を軸に解体・再構築するかの如き、リズムとフレーズの異形の幾何学模様。あたかも冷凍都市のアンニュイもデカダンも暗黒の彼方へ引きずり込むように、狂騒の指揮者としてメンバーを強烈に統率する向井と、その無茶振りの数々に渾身の爆演で応える吉兼/松下/MIYA。特定の音楽ジャンルに囚われることなく、独創的という言葉すら置き去りにするような音と楽曲を繰り広げてきたZAZEN BOYSの活動もまた、向井秀徳というアイデンティティの厳然たる証である。
「自我の王国」――向井がかつて、自分自身のNUMBER GIRL後期の獰猛な創作衝動を評して語った言葉だ。結果的にNUMBER GIRLを解散へと至らしめた自らの「自我の王国」を、新たなバンドの原動力としてフルブーストさせることで、ZAZEN BOYSは解析不能な「ポップの謎」への道を邁進してきた、ということだ。
そんなZAZEN BOYSが行ってきた自主企画「MATSURI SESSION」。過去2回、日比谷野外音楽堂で行われてきた「THE MATSURI SESSION」の第3回ゲストアクトとして、再結成NUMBER GIRLが出演する――。時空が歪むレベルの衝撃と感激を覚えたのは、決して僕だけではなかったと思う。

「お客さんはいなかったけども……結局ね、妄想のお客さんに向けて演奏しました、今日は。私は妄想得意なんでね。ファンシーおじさんですからね」(本作の特典映像、向井秀徳コメントより)

当初は2020年の5月4日に日比谷野外音楽堂にて開催が予定されていた「THE MATSURI SESSION」は、2020年初頭から世界的に猛威を振るった新型コロナウイルス感染拡大の影響により開催延期が決定。それからちょうど1年後=2021年5月4日の「THE MATSURI SESSION」は、政府からの三度目の緊急事態宣言によって、同じく日比谷野外音楽堂を舞台とした無観客配信ライブとして開催されることとなった。
満場の観客が詰めかけるはずだった客席の随所にセッティングされたカメラが、貴重な「共演」の一部始終をつぶさに捉え、スペースシャワーTVのライブ配信サービス「LIVEWIRE」を通して全国に生配信、再編集を施したディレクターズカット版をアーカイブ配信。さらに後日、オフショット映像を加えて90分の特別番組としても放送された。そして今回、前述のディレクターズカット版に、特番時のオフショット、向井のインタビュー映像も加え、NUMBER GIRL再結成後初の映像作品としてDVD/Blu-rayでリリースされる運びとなったのである。

「THE MATSURI SESSION」の先攻を務めたのは、この日の「ゲストバンド」であるNUMBER GIRL。
「異常空間Z!」……都心の青空に向井が叫び上げた言葉に対して、無観客の会場には当然、歓声も拍手も巻き起こることはない。それでも不思議と、舞台上の4人には不安感や悲壮感は感じられない。むしろ、この逆境をも謳歌し尽くそうとするかのような、どこか威風堂々とした挑戦精神すら漂わせているのが印象的だ。

思い返せば、NUMBER GIRL再結成後の歩みは決して順風満帆なものではなかった。再始動の大々的な祝祭の場となるはずだった2019年「RISING SUN ROCK FESTIVAL」の初日は、台風の影響により開催中止に。同年末から行われた「NUMBER GIRL TOUR 2019-2020『逆噴射バンド』」最終追加公演は、折しも直面したコロナ禍のため無観客開催に変更となった。それでも、今や歴戦の猛者としての力強さを備えた4人は、「RISING SUN ROCK FESTIVAL」出演中止の2日後には日比谷野音で「TOUR『NUMBER GIRL』」初日公演として最高のワンマンライブを展開していたし、『逆噴射バンド』ツアー追加公演では当時ほぼ前人未到状態だった「無観客ライブ」を、サプライズゲスト=森山未來の華麗な舞踏も含め圧巻のロック・ドキュメントとして成立させた日のことは、今なお鮮烈に記憶に残っている方も多いと思う。

「日常に生きる少女」から、「福岡市博多区からやってまいりました、NUMBER GIRLです」の名台詞を挟んで「鉄風 鋭くなって」へ。一瞬一瞬ギラギラと妖しく斬り結ぶ、向井のテレキャスター×田渕のジャズマスターの鋭利な音色。中尾憲太郎の極太ベースラインとアヒト・イナザワの爆裂ドラミングが織り成すビートの破格の推進力。「タッチ」「ZEGEN vs UNDERCOVER」「透明少女」「YOUNG GIRL SEVENTEEN SEXUALLY KNOWING」……筆者自身、デビュー当初から2002年の札幌ラストライブまでNUMBER GIRLをリアルタイムで追い続けていた「あの頃」の感覚が、1曲また1曲と鮮烈に蘇ってくる。もちろん、バンドが性急な革新と疾走感の真っ只中にあったあの当時の、それこそ止まることを恐れているかのようなフラジャイルな空気感とは、今の4人の佇まいはまるで異なる。しかし、そこに鳴っている楽曲と演奏は、僕らの愛するNUMBER GIRLそのものだった。いや、4人それぞれが音楽的に/人間的に鍛え抜かれたことで、その演奏は格段に剛性と強度を増し、それによってバンドのアンサンブルはよりいっそうの切れ味と訴求力をもって胸に響いてくる。そう、「あの頃」とは経験値も状況も異にする4人が、向井の「自我の王国」すらも包容するタフネスをもって、「あの頃」の音楽を2021年に鳴らしているのである。再結成後の新曲「排水管」も初収録された今作の映像は、彼ら4人が今この瞬間を生きているという「現実」をまざまざと伝えている。

そして、陽暮れとともに後攻の「ホストバンド」ZAZEN BOYSが登場。1stアルバムから披露した冒頭の「自問自答」の、ダブとファンクを色濃く滲ませるサウンドには、NUMBER GIRL後期の向井のテイストも薫る。が、そこから「Honnoji」「HIMITSU GIRL’S TOP SECRET」「COLD BEAT」(「泥沼」セッションも含む)へと流れ込んでいくにつれて、日比谷野音は先ほどまでのセンチメンタルでエモーショナルなライブ空間とは一線を画したポップ異空間へと塗り替わっていく。同じ向井秀徳が、同じくテレキャスターを奏でながら、ついさっきとはまったく違うマッドな表情を見せる図に、改めて戦慄が走る。

この日の「THE MATSURI SESSION」は「NUMBER GIRLとZAZEN BOYSの対バン」のみならず、「向井秀徳のキャリア惑星直列」という側面も持っている。ZAZEN BOYSの本編を「Asobi」で締め括った後、アンコール冒頭、サングラス姿の向井がひとりで舞台に登場して「フィッシュ&チップスってバンドのですね、『やっぱくさ、忘れられんっちゃんね』という曲をやります」という前置きとともにサカナクション「忘れられないの」のカバーをテレキャスで弾き語る場面は、ソロ弾き語りの「向井秀徳アコースティック&エレクトリック」だったし、この日のラストを飾ったZAZEN BOYS「Kimochi」でゲストアーティスト=LEO今井を呼び込んでのWボーカル共演は、2010年に向井&LEO今井が結成したユニット・KIMONOSの再来だった。そう、向井はこの日の「対バン」に、自分の音楽人生のすべてを凝縮してみせたのである。

「同じ人間がやってるバンドなんだけども、バンド違うからね。全然違うわけだ、モードが。これを切り替えるのが、結構大変で。そしてまた、立て続けにやったら、どっしりと……シビレましたよね。心地好い疲労感ではあるんだけどね、もう二度とやらんかな、これね。キツかあ! キツかばい!って」

今作の特典映像として収められたインタビューコメントの中で、向井はそんなふうにこの日を振り返っていた。ロックという表現が広く市民権を得る一方で、その核心部分がゲシュタルト崩壊した2021年にあって、NUMBER GIRLの音楽は今なお、いや今こそロックそのものの不穏な迫力と熱量に満ちていること。そして、「ZAZEN BOYSの向井秀徳」と「NUMBER GIRLの向井秀徳」が同じ座標に並存可能であること――。この至上の「共演」の記録たる今作はまさに、向井秀徳という表現者が今この時代に、この時代ならではの形で刻みつけた存在証明そのものである。

 

2021.12.14 高橋智樹