BIOGRAPHY

ベフゾド・アブドゥライモフ | Behzod Abduraimov


Abduraimov1990年にウズベキスタン共和国の首都、タシュケントに生まれたベフゾド・アブドゥライモフは5歳の時にピアノを弾き始め、8歳の時にウズベキスタン国立交響楽団と共演してデビューした。その後ロシア、イタリア、アメリカでコンサートを開いた。タシュケントのウスペンスキー国立中央学院でタマーラ・ポポヴィチのもとでピアノを学び、現在は同じウズベキスタン人のスタニスラフ・ユデニチ(2001年のヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクールの優勝者)とともにアメリカ、カンザスシティのパーク大学・国際音楽センターで勉強を続けている。

2008年、アメリカのレノックス・ヤング・アーティスト・コンクール、コーパス・クリスティ国際コンクールで優勝したあと、2009年にロンドン国際ピアノ・コンクールで優勝した。この優勝でロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団(チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番)、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団(サン=サーンスのピアノ協奏曲第2番)にソロイストとして招かれた。2009/10年のシーズンに中国、マレーシアのクアラルンプールにヴラディーミル・アシュケナージ指揮シドニー交響楽団とともに演奏旅行し、批評家たちから賞讃され、2010年のドイツ、ブレーメンでのムジークフェストでも共演した。2010/11年のシーズンにドイツ、北アメリカでの演奏に加えて、ベルギー、ブリュッセルのパレ・デ・ボザールでのデビュー・リサイタルを行った。2011/12年のシーズンにはオーストラリア各地でコンサート、リサイタルを行うばかりでなく、アトランタ交響楽団、東京交響楽団、カンザスシティ交響楽団、オタワのナショナル・アーツ・センター管弦楽団、ローザンヌ室内管弦楽団、モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団、イギリス室内管弦楽団と初めて共演することになっている。

2011年2月、ベフゾド・アブドゥライモフはイギリス・デッカ社と専属録音契約を結んだ。2011年の夏に録音され、2012年にリリースされるデビュー・アルバムにはリスト、プロコフィエフ、サン=サーンスのソロ作品が収められている。2010年にロンドンのウィグモア・ホールで行われた、これらの作品のいくつかによるデビュー・コンサートに対する批評のうち、『デイリー・テレグラフ』紙はこう書いている。「サン=サーンス/リストの《死の舞踏》(ホロヴィッツによってより難しくされた版)でのものすごいテクニック上のチャレンジは目も眩むほどに見事に克服された。そしてプロコフィエフの第6番のソナタの興奮はたいへんなものだった」。また『インデペンデント』紙の批評家もこのウィグモア・リサイタルを熱狂的にこう書いた。「このホールの聴衆が ―― しきたりに反して ―― 立ち上がった。ベフゾド・アブドゥライモフ ・・・ は典型的なショーマンだが、最高に洗練されている。彼が新しいホロヴィッツになる可能性は十分にある」。

訳:長谷川勝英