AK-69『THE ANTHEM』リリース直前!!! オフィシャル・ライナー・ノーツを3回にわたってお届けいたします。 第3回はライター吉橋和宏さんによるライナー・ノートです。

2019.02.25 TOPICS

前作「DAWN」から、およそ2年3か月の歳月を経て我々のもとへ届けられた、AK-69の最新アルバム「THE ANTHEM(ジ・アンセム)」。本来は教会音楽における“賛美歌”や“頌歌”として訳されるこの“ANTHEM”という言葉だが、ことヒップホップの文脈では“あるシンボリックな事象を称える楽曲”という意味で捉えられることが少なくない。その“賛美”の対象は、わかりやすい富の象徴であるクルマや宝石、貴金属であり、またもっと直接的に“現金そのもの”の場合もある。一方で、お気に入りのバンダナやTシャツといった身近なもの、さらには愛する女性や自分自身も、ヒップホップでは賛美の対象となり得る。

そういう意味では、日本のヒップホップで独走態勢とも言うべき状況にあるAKが、「THE ANTHEM」なるタイトルのアルバムを出すこと自体に一切の疑念はなかった。ただ、実際にアルバムを聴いた時に、わずかな違和感を筆者が覚えたのも事実だ。果たして、それはなぜか――。いわゆる“セルフボースティング”と呼ばれるヒップホップ的な自画自賛は、これまでもAKが作品の中で数多見せてきたものであるし、今作でも「THE RED MAGIC BEYOND」や「One More Time」といった楽曲にその“らしさ”を見ることができる。しかし、アルバム表題曲“The Anthem”の冒頭がその象徴であるように、今作にはある種の“ネガティブ”が散りばめられているのだ。言い換えれば、これまでの楽曲ではあまり聴くことのできなかったワードチョイスをしているのである。無論、その前提として伝えようとしているメッセージに関しては過去作品と比べてもブレは一切ないのだが……。

陳腐な例えで恐縮だが、これまでAKが採ってきたメッセージの伝え方が「嫌なことがあっても、とにかく前を向いて頑張ろうぜ」という切り口だったとするならば、今作で採ったのは「しっかり自分と向き合って、自分なりの答えを出せよ。もうわかってるだろ?」といった具合のもので、その切り口はより現実的なものに変化しているのだ。

とある機会に、筆者はその理由を本人に聞いてみた。「“ANTHEM”が必要とされるのは、自分の苦悩や葛藤がある状態の時。だから、人生が順風満帆な人には“ANTHEM”なんて必要ないと思う。たとえば今までライブを続けてきて思うのは、みんながなぜ自分のライブに来てくれるのかということ。もちろん楽しみたいという目的もあるだろうけど、一番の理由は『AKの音楽を聴いてオレも戦おう』とか『自分自身も強くなれる』と感じられることかなって。やっぱりみんなそれぞれが何かをネガティブを抱えているし、そういう人たちに響く音楽が作れる理由も自分自身がネガティブを抱えているからだと思う」。

そんな回答を聞いて、今回の収録曲でもある「Stronger」の歌詞に綴られた感情に通底する部分があると感じた。“人間の本当の強さ”は上辺でなく内面にあるもの――最期の時にAKが気付いた亡き父上の強さは、今作でリスナーへと投げかけたメッセージの表現方法にも宿っているのではないだろうか。そう考えると、作中に散りばめられているネガティブなワードや感情こそが、今作を語るうえで欠かすことのできない重要なエレメントなのだ。今回のアルバムは、ある種これまで“超人的”な部分だけを全面に押し出していたAKが、より人間らしさを垣間見せた作品でもあると言えるのかもしれない。

「歳を重ねると、『とにかく頑張ろうぜ』とか『誰にもオレを止められない』とか、そういう勢いだけでは済まないことがいっぱいあって(笑)。自分の活動を見ても、勢いでのし上がってきた時期と今とでは全然違う。勢いだけの時期は何も怖くなかったけど、現実にはそれが衰退していったり、周囲の状況の変化に自分も飲み込まれたり、いろいろなことが起こる。それで消えていってしまった人もいるし。実際、『DAWN』を作る前に『オレもここまでかな…』と思う瞬間があって。うまく進んでいたものが音を立てて崩れだす瞬間が見えた、みたいな…。あの恐怖を味わったからこそ、今回の姿勢になったのかな」。

さらにAKはこう続けた。「自分の音楽を必要としている人たちも、希望に満ちた若い人ばかりではないと思う。志半ばで何かを諦めてしまった人もたくさんいるはずで。やっぱり“ANTHEM”が必要な人って、ネガティブがあるからこそ、這い上がりたいと思っている。そんな部分が今作には色濃く出たのかもしれない」。

冒頭で触れた“違和感”は、リスナーとして画一化させてしまっていたAKのイメージから来るものだった。なるほど、AK-69はこの「THE ANTHEM」で再び進化を見せてくれたのだ。そして、それはアーティストが放つ言葉の深みとして正当な進化であるとも言えるだろう。少なくとも筆者は、本稿を書き上げながらそう感じている。なぜなら、“貧困・差別・体制からの抑圧”――そういった“ネガティブ”な背景=逆境をはねのけるパワーを込めたエナジェティックなメッセージこそが、レベルミュージックとして爆発的な広がりを見せてきたヒップホップという音楽の本質なのだから。

 

2019年2月10日

吉橋 和宏