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JAMIE CULLUM
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BIOGRAPHY
JAMIE CULLUM
JAMIE CULLUM

2004年12月、ようやく数ヶ月におよぶツアーを終えたジェイミー・カラムは、家に帰り、ほっと一息つくと、すぐピアノの前に座り創作活動に入った。あっという間にいつものペースを取り戻せたのも、新しい音楽を作りたいという強い欲求があったからこそ。ここ2年間の体験、愛、音楽を、自分が唯一知っている方法で表現したくてウズウズしていたのだ。

「すぐにでも取りかかりたかった。世界中を旅するにも、一生懸命働くにも、すべてのエネルギー源は、自分の音楽を愛する気持ちだと思う。確かにここ2年ほどはクレイジーだったけど、最終的には、音楽のことだけを考えていられる場所が最も居心地のいい場所なんだ。それにしても、怒濤の2年間だったね。めちゃくちゃ楽しかったよ。この2年がなかったら、僕の人生はどうなってたんだろう。想像もつかないな。それほど僕の人生は変わってしまった。さて、次は何が待ってるんだろうね」

ジェイミーにとって、ここ数年の展開は想像の域をはるかに超えていた。エセックス州に生まれ、ウィルトシャーに育った彼は、幼い頃から様々な音楽に夢中になり、10代でジャズと出会った。きっかけはマイルス・デイヴィスだ。その後大学に進み、英文学を専攻する頃になると、彼はパブやホテル、客船などでピアノの弾き語りを始めた。雇ってくれるところならどこでもよかった。

「卒業試験の前の晩にライヴがあったり、ツアーに出てから船に乗るため卒業式を欠席したり、当時から、音楽を中心に僕の世界は回っていた!」

しかも彼は、ライヴに誘われるチャンスを増やすのが目的で、学生ローンを組み、ファースト・アルバムをレコーディングした。

「有名になりたいとかポップ・スターになりたいとか、そういう夢じゃなかったんだ。正直、自分には才能も自信も可能性も大してないと思ってた。だからこそ、その後の展開にはいろいろと驚かされたよ。ファースト・アルバムを作った時も、レコード会社に売り込みに行くわけでもなく、ただ、ライヴ会場で即売する程度で、それ以上のことはあまり考えてなかった」

しかし、噂は口コミで着実に広まっていた。ロンドンに引っ越したジェイミーは、ジャズ専門レーベルCandidと契約。セカンド・アルバム『POINTLESS NOSTALGIC』がリリースされるが、ジャズ界での注目度は今ひとつで、相変わらず結婚式やピザのチェーン店に出向いては、演奏活動を続けていた。

2003年4月、大きな転換期が訪れる。ユニバーサル クラシックス&ジャズが噂の男をチェックしにやってきて、そのまま100万ポンド(約2億円)のレコード契約を結んだのだ。とはいえ、2003年10月に、メジャー・レーベル移籍第一弾としてリリースされた『ジェイミー・カラム(TWENTYSOMETHING)』の大成功を予言した者は誰もいなかったろう。ポップとジャズの垣根を見事に取り外したこのアルバムでは、スタンダード・ジャズをジェイミーらしさでアレンジし直したユニークな楽曲から、本人の手によるオリジナル曲、ジミ・ヘンドリックスやジェフ・バックリーの楽曲をピアノ・アレンジで歌うなど、実に面白い選曲がなされていた。ジャンルを問わず、音楽そのものを愛し続けるジェイミーだからこそ出来たこと。きっと“やれば出来ないことはない”という信念を証明したかったに違いない。

アルバムはあっという間にミリオン・セラーとなり、数ヶ月で250万枚を突破。『ジェイミー・カラム』はUKジャズ史上、最速で売れたアルバムとなり、ジェイミー自身も、UKで最も売れたジャズ・アーティストとなった。

「本当にびっくりだったよ。何一つ予想してなかったからね。でもこういうことって往々にして、自分が思い描いているようには行かないもんだよね。とにかく僕は音楽を演じることに夢中だったから、それ以外の部分がどういう風に動くかなんて、正直、忘れてたんだよ」

どういう風に動いたか・・・まず彼はアメリカへ向かった。ニューヨークのアルゴンキン・ホテル内にある、格式高いジャズ・クラブ“オーク・ルーム”で、3週間のレギュラー出演を果たし、その後6週間にわたってアメリカを横断。どこに行っても、彼の熱を帯びたライヴは、熱烈歓迎を受けることになる。

「全部ツアー・バスで回ったんだけど、すっごく楽しくてさ。大学で演奏したり、ちっちゃなクラブ、ロック・クラブといろんな会場があったよ。ナッシュヴィルからカナダまで。夢のようだったね。最高!」

やがて母国に戻ったジェイミーは、3回のツアーをソールド・アウト状態にして、全国ネットのテレビ番組“ザ・サウス・バンク・ショー”でフィーチャーされ、念願のグラストンベリー・フェスティヴァルにも出演した。

「グラストンは最高だった。これまでで一番印象深いライヴかも。ビデオも撮ってたんだけど、なんか、酔っぱらいが演奏してるみたいに見えるんだ。ちっともエレガントじゃなくて、最後なんか、自分でビールかけやってるよ! でも本当に最高だったな。それはステージに関してだけじゃなくて、週末ずっとテント生活したこともいい思い出だよ」

ジェイミーにとっては理想的なオーディエンスだった。これまで一度もジャズを聴いたことがない人々にも、ジャズに注目し、その良さを知ってもらいたかったからだ。

「正直、あそこまで受け入れられるとは思ってなかったよ。でも、僕は僕なりに、聴きやすいように努力したつもり。ジャズは決して妥協知らずじゃないんだ。時には冒険的だし、ミクスチャーも可能。いわゆるハードコアなジャズのように、不協和音満載で、曲も長いっていうのとは違うんだよ。僕は、どちらかというと、人々に馴染みのある音楽をブレンドするのが好きなんだ。ポップ・ミュージックが大好きだから、例えばジャズとポップの融合といった風にね。わざと聴きやすくするというんじゃなくて、ただ自分が大好きなものを組み合わせたらこうなった。ありがたいことに、人々はそういう僕のやり方を面白いと思ってくれるんだ」

この頃になると、マスコミはジェイミー・カラムという男自身にもそそられ始めていた。一見ボーイ・バンド風のルックスも、ステージ上のカリスマ性も、その興味を煽るのにはもってこいだった。ただ、ジェイミー本人はそういう風潮をおもしろがりながらも、ほとんど影響は受けなかったという。

「たまに町で声かけられたりするけど、全然どうってことないよ。これまでと同じように飲んだり食ったり排泄したり(笑)、それで十分満足! そういうことに左右されるタイプじゃないんだ。どうも、パフォーマーって誰もが目立ちたがり屋みたいな印象を持たれてるようだけど、僕はそういう自分を望んだことがない。だってすべての中心は音楽を作る喜びにあって、その他はただのボーナスだと思ってるからさ」

そのボーナスの中で、特にジェイミーを喜ばせたのは、ヒーローたちとの出会いだった。ジャズ界の重鎮デイヴ・ブルーベックは「僕を強く抱きしめてくれた!」し、レディオヘッドのトム・ヨークとは「握手できただけでも幸せ!」だったそうだ。また、ブリット・アワードの会場でスーパー・プロデューサー、ファレル・ウィリアムスに会った時はかなり興奮したらしい。

「ファレルとは一度会ってみたかったんだ。でも、あそこまで意気投合するとは思わなかったよ。けっこう一緒にいる時間を持てたからね。仕事はもちろん、プライベートでもつるんだりして。一緒にパーティーしたよ」

そして、いよいよリリースされるニュー・アルバム『キャッチング・テイルズ』。ジェイミー・カラムという25歳の充実した生活ぶりを如実に反映させた、実に素晴らしい内容だ。旅の途中で経験したことや、出会った新しい音楽にはち切れそうになった彼は、たった4ヶ月でアルバム約2枚分の楽曲を書いた。もちろん、やっと故郷に戻れた喜びを、友達や家族とパブで分かち合う時間も忘れてはいなかったが・・・『キャッチング・テイルズ』は息をのむほど美しく完成された作品であり、その斬新さにも親密さにも自信が満ちあふれている。

「これまで以上に、僕という人間を表し、ミュージシャンとして何をやりたいかが表現できたと思う。今回は、音楽について僕から説明するんじゃなくて、音楽の方から語ってほしかった。ジャズとポップの融合と進化を、よりプログレッシヴに追求した結果かな。自分自身をこれまでよりもっと上手に表現できたし、その術を見つけられたと思う。昔よく、アコースティック・ギターで女々しい歌を歌っていたけど、今は、そういった要素を上手に取り入れることができるんだ」

「最初、僕がやろうとしてる“ジャズ”には合わない曲もあると思ってた。でも、しばらくすると、実はすべて合うんだってことに気づいた。つまり、“ジャズは何でもやらせてくれる最高の基盤だ”という僕の信念を改めて裏付けたことになる。よく人に“なぜジャズなんだい?”と訊かれるけど、それは、ジャズこそ僕を様々な場所へ誘ってくれるからさ。ダンス・ミュージック、ロック、ポップ、クラシック、ファンク・・・何でもアリだ! このアルバムでは、そのすべての場所を訪ねてみたんだ」

ジェイミーがお気に入りのUKバンドのひとつ、ダヴズの「キャッチ・ザ・サン」の美しいカヴァー曲はもちろん、ジャズ・スタンダードの数々、そして、ジェイミー書き下ろしのオリジナル曲も、このアルバムではたっぷり聴くことができる。

「今回は時間に余裕があったから、前よりたくさん書いたよ。僕の曲を聴きたいと思ってくれる人もいるし、僕も書きたかったし。スタンダードはもちろん歌い続けるけど、『ジェイミー・カラム』の頃はまだ、そういう人が少なかった。ところがここ2年ほどで数が増えてきて、それにともない、僕の中でスタンダードへの興味が減りつつある。理由は定かじゃないけどね。別に反動ってわけじゃないよ。ただ、他にアイディアがいっぱいあるってことと、すごくいいアイディアがあれば、どうしても使ってみたい。ただ、曲を書くのと同じぐらい、アレンジにはこだわっているよ。曲を書きたい願望がものすごく強い一方で、それと同じぐらい強い気持ちで他人の曲をアレンジできなければ、それは成功とは呼べないと思った」

そして今回、ジェイミーはコラボレーションにも挑戦した。「ゲット・ユア・ウェイ」では、人気ヒップホップDJでゴリラズのメンバーでもあるダン・ジ・オートメーターとコラボ。そして、ほとんどの曲でジェイミーの兄のベンがベースを弾いている。このベンこそ、アルバムを通して、実に貴重な“理性の声”になってくれたという。

「ベンは実に素晴らしいご意見番だったよ。毎日のパターンとしては、朝起きるとまず、着の身着のままでスタジオのちっちゃなコンピュータに向かい、午後までずっと作業をする。そして午後になるとベンがやってきて、まず僕を着替えさせて、紅茶をいれてくれたあと、床に寝ころんで、僕が作ったものを聴き、率直な意見を聞かせてくれる。ベンなしでは、このアルバムはあり得なかったよ」

また、ジェイミーが特に気に入ってるナンバー「バック・トゥ・ザ・グラウンド」では、シンガー・ソングライターのエド・ハーコートをフィーチャー。

「これはツアー生活を歌った曲。家に帰ってきて、元の生活を取り戻す様を歌っている。2人でワインを飲みながらジャムったブルース・ナンバーで、エドがピアノで僕がウーリツァー。たしか1時間ぐらいで書けてしまった。エドにはものすごいインパクトを受けたよ。それはこの1曲に限らない。この先も彼とはいい関係を保っていきたいな」

そして、ファレル・ウィリアムスとも、約一年の“遊び仲間期間”を経て、ようやくコラボレーションが実現。それが「ワイフィ」だ。(注:この曲は残念ながらアルバムには未収録となった)

「この曲のコピーをくれて、もしよかったら一緒にやらない?と訊かれたんだ。彼はありとあらゆるアーティストとコラボしているけど、僕とは違うことをやりたいと言った。つまり、ただ僕をプロデュースするんじゃなくて、一緒に何か書いて、お互いを影響し合いたいと。彼がすでに気に入ってる楽曲に、僕のスタンプを押すみたいな感じかな。それって嬉しいことだよね。曲そのものはかなり風変わりで、それが僕にとって魅力だった。こんなことやった人は、これまでいないんじゃないかな」

とはいえ、もともと何の規制もないアルバムだからこそ、この曲が浮くこともない。逆にジャズやダンスやヒップホップやポップに対するチャレンジ精神は増し、すべてが新鮮に聴こえる。これはジェイミーが望んだとおりの再出発であり、『キャッチング・テイルズ』は2年間のクレイジーな生活に終止符を打つと同時に、ジェイミー・カラムというアーティストの非凡な人生の新たな一章の始まりといえよう。

「いろんな意味で、このアルバムは大きなステップアップ、そして大きな進化だと思う。僕の成長の証。過去との繋がりを保ちながら、新しい僕もかいま見られる。様々な要素を足し算して出た答えは、前よりずっとわかりやすい。計算といっても、前より売れてやろうとか、数字に関することは考えていない。そうじゃなくて、なるべく多くの人にこのアルバムを聴いてほしい。だって、こんなに誇りに思えるんだから、それだけで十分さ」