
ダフィーのデビュー・アルバムは、年の初めに最も期待されるニュー・アルバムとしてリリースされたが、それでも彼女がもたらした市場への影響の大きさは殆どの人が予想していなかった。店頭でアルバムが発売になる前にシングル
「マーシー」は一瞬にして
チャートのトップを飾ることとなり、イギリス人女性ソロ・アーチストとして
初の偉業となった。
彼女のソウルのこもった歌声はイギリス音楽シーンの流行を先導する人々を魅了し、去年の11月にBBC Radio Oneのジョー・ワイリーがダフィーのタイトル・トラック「ロックフェリー」を今週のシングルとして紹介したことにより、その声の美しさと力のある曲についての噂はあっという間に広まった。それからというもの、たったの
6週間でアルバムは
100万枚を上回る売り上げを果たし、アルバム・リリースからは
世界14カ国でナンバー・ワン(エアプレイ、シングルなどを含む)を獲得した。
ダフィーはウェールズの海沿いにあるねネヴィン(Nefyn)という村で生まれ育った。その人里離れた村では、音楽という文化は決して身近なものではなかった。一番近いレコード店は、バスに揺られないと行けないような距離で、しかもトップ40の流行りものしか置いていないような店だった。彼女は自分の育った環境について、我慢をすることを学び、偏見を持たずに相手を受け入れ、みんなと仲良く暮らすようにしつけられたと言う。
自分のCDコレクションなど持っていなかったダフィーが、初めて音楽とちゃんと触れ合った瞬間は、母親と義父がロッド・スチュワートに合わせてキッチンで踊っていた時だった。彼女のアイデンティティーを定義する第一歩は、60年代の音楽テレビ番組『Ready, Steady, Go!』を録画したビデオテープを父親から借りることだった。「そのビデオテープには、ザ・ビートルズ、ザ・ローリング・ストーンズ、ザ・ウォーカーブラザーズ、サンディー・ショウ、そして「My Boy Lollipop」を歌うミリー・スモールが映っていたの。とってもセクシーでエキサイティングだった!テープが壊れるまで何度も何度も繰り返し夢中になって見ていたわ。」
スウェードの元ギタリストで今作のプロデュースを手掛けたバーナード・バトラーはそんな彼女の飾り気の無さについて語る。「ダフィーは何がクールで何が流行っているとか、どういうものを好きになれば良いとか、どうやって振る舞うべき、どんな風に歌えばいい、という概念を植え付けられずに育つことができた。彼女にとってロンドンへ来ることさえもおとぎ話の中のような出来事だったんだ。」
「そしてロンドンに着いたら僕みたいな奴と曲を一緒に書いたらいいって言われてしまった。彼女は一日かけてここまでバスを2台、そして電車を1回乗り換えてやってくる。そして帰りの道のりでは、書いた曲を電車やバスの中で知り合う年配の女性たちに聞かせていたらしい。僕たちの知る世界と彼女の世界が、地理的にだけではなく、色んな意味でどれだけかけ離れていたのかを、ひねくれた音楽業界人には非常に理解するのが難しいことなんだ。でもその結果として生まれたのが、気取らずに心から歌うことのできるシンガーのダフィー。彼女は本当にまれな存在で、まるで魔法のように思える。」
バトラーは、
Rough Tradeレーベルの創設者ジャネット・リーにダフィーを紹介された。リーは、2004年の8月に彼女のデモを聴いてから、ダフィーの指導者、そしてマネージャーとなった。ダフィーにとっても、友人だけではなく、見知らぬ世界で安心して頼れる相手ができたことにより、ミュージシャンとしての成長、そして自我の発展にとってリーは不可欠な存在となった。
「みんなに、素晴らしいアルバムを作ったね、って言われるんだけど、その言葉を素直に受け入れることができないの。だって私が一人でやったことではないから。
『ロックフェリー』はジャネットと一緒に作ったアルバムで、彼女がずっと最初から私を支えてきてくれた。私の視野を広げ、信頼できる様々な人に紹介してくれたの。」その中の一人がバトラーだった。初めの頃にダフィーと共に、夢見心地なコーラスフリーの「ロックフェリー」を書き上げ、それから10曲収録されている内の3曲を共作している。既にこのアルバムは
2008年の最も重要なデビューアルバムとして評判になっている。バトラーの他には、ジミー・ホガースとスティーヴ・ブッカーとのコラボレーション楽曲も収録されている。
さて、どんなアルバムを期待すれば良いのだろう?アルバムの最初に収録されているタイトル・トラックは、雰囲気のある、ゆっくりと盛り上がっていく特有の曲で、人によってはレトロと呼ぶ様々なオリジナリティーある要素が加えられている。ダフィーは
レトロよりも、クラシックと呼んで欲しいと願っているようだが。しかしただの模倣とはほど遠いものであるのは間違いない。
それよりむしろ新しい重要な才能が現れた、という反論の余地のない証拠だとも言えるだろう。それは業界の力が産み出したものでもなく、業界のプロが考えだしたものでもなく、見事なまでに孤立した環境の中で育った才能。ダフィーは正に損なわれていないオリジナルの存在なのだ。
2008年の最も輝かしいスターの一人、ダフィーは言う。「その声はどこから出るの?ってよく人に訊かれるんだけど、自分でもわからない。どうしてきみの瞳はその色なの?って訊かれるのと同じで、答えはわからないけど、私にはそれしかないだけ。」