1959年 11月5日カナダ、オンタリオ州キングストンで誕生。
1976年 16歳のときにポップ・バンド、スウィーニー・トッドに参加しクラブをまわり始める。
1977年 後のブライアンの共同ソングライターとなるジム・ヴァランスと出会い曲作りが始まる。
1979年 カナダのA&Mとソングライターとして契約を結び、プリズム、イアン・ロイド等に作品を提供するが、シンガーとしてのブライアンを気に入ったA&Mはその後アーティスト契約もする。デビュー・シングル「Let Me Take You Dancing」がカナダのシングル・チャートで1位を獲得。
1980年 2月、1stアルバム『Give Me Your Love』を発表するが、カナダのみのスマッシュ・ヒットで終わる。
1981年 6月、2ndアルバム『You Want It You Got It』(日本ではJealousy)を発表。全米118位となる。
1982年 世界歌謡祭参加のため、初来日。
1983年 1月、3rdアルバム『Cuts Like A Knife』を発表。 3月、ジャーニーの全米ツアーに前座として同行 5月、上記アルバムからの1stシングル、「Straight
From The Heart」が全米10位を記録。 7月、上記アルバムが2週連続で全米8位を記録。全米だけで250万枚以上のセールスを記録。 8月、上記アルバムからの2ndシングル「Cuts
Like A Knife」が全米15位を記録。11ヶ国、6週間にわたるヨーロッパ・ツアーを開始。 10月、上記アルバムからの3rdシングル「This Time」が全米24位を記録。初のジャパン・ツアーを行う(東京2回、大阪1回公演)
12月、カナダのジュノー賞(カナダ版グラミー賞)で最優秀男性ヴォーカリストを受賞。
1984年 11月、4thアルバム『Reckless』を発表。翌年、初の全1位を獲得。
12月、ジュノー賞で男性ヴォーカリスト、アルバム・プロデューサー、コンポーザーの最優秀賞を受賞。約1年間に及ぶワールド・ツアーをシカゴから開始。
1985年 1月、1stシングル「Run To You」が全米6位を記録。
2月、ロサンゼルス市長により2月1日を“Bryan Adams Day”と認定。カナダのトップ・アーティストによるアフリカ飢餓救済プロジェクト、“ノーザン・ライツ”に初参加。
4月、3rdシングル「Heaven」が初の全米No.1に輝く。
7月、ライヴ・エイドに出演。
8月、アルバム『Reckless』が全米No.1に輝く。全米だけで400万枚、全世界で1000万枚のセールスを記録。4thシングル「Summer Of ‘69」が全米5位を記録。
10月、トロントでハロルド・ムーン大賞作曲賞受賞。2度目のジャパン・ツアーを行う(東京3回、大阪2回公演)
11月、5thシングル「One Night Love Affair」が全米13位を記録。ジュノー賞で男性ヴォーカリスト、アルバム、ソングライターの最優秀賞を受賞。
ダイヤモンド・ディスク(カナダ)に輝く。‘85年度のビルボード誌で、男性シングル・アーティスト部門第1位に選ばれる。
1986年 1月、6thシングル「It’s Only Love」が全米15位を記録。 2月、グラミー賞で2部門ノミネートされる。 9月、「It’s Only
Love」がMTV 大賞のベスト・ライヴ・パフォーマンス賞に輝く。 11月、ジュノー賞で最優秀男性ヴォーカリスト賞に輝く。
1987年 3月、5thアルバム『Into The Fire』を発表。 5月、同アルバムが全米で7位を記録。全米のみで150万枚のセールスをする。1stシングル「Heart
Of The Night」全米6位を記録。約1年間にわたるワールド・ツアーを開始する。 8月、2ndシングル「Hearts On Fire」が全米26位を記録。
10月、3rdシングル「Victim Of Love」が全米32位を記録。 11月、ジュノー賞で男性ヴォーカリスト、エンターテイナーの最優秀賞を受賞。
1988年 1月、日本のみで『Hits On Fire』発売。3度目のジャパン・ツアー(東京5回、大阪2回、横浜、名古屋、静岡各1公演)
3月、オーストラリア・ツアー
6月、ヨーロッパ・ツアー
10月、クリント・イーストウッド主演映画「ピンク・キャデラック」にガソリン・スタンド・マン役で出演。
1989年 12月、初のライヴ・アルバム『LIVE! LIVE! LIVE!』を日本のみでリリース。大晦日、翌年元旦に東京ドームで行われたイベントに出演。
1991年 7月、ケビン・コスナー出演映画「ロビン・フッド」の主題歌「(Everything I Do) I Do It For You」が全米で7週連続、全英で前代未聞の16週連続No.1に輝きギネス・ブックに載る。その後カナダ、オーストラリア、イタリア等各国でも爆発的なヒットを記録し、全世界で1300万枚以上のセールスを記録。
9月、6thアルバム『Waking Up The Neighbors』を発表。翌月、全米6位を記録。 10月、ワールド・ツアーを開始。2ndシングル「Can’t
Stop This Thing We Started」が全米2位を記録。 12月、‘91年度のビルボード誌で「(Everything I Do) I Do
It For You」が年間ホット100シングル、ワールド・シングル、アダルト・コンテンポラリー・シングル部門及び、男性シングル・アーティスト部門の第1位に選ばれる。
1992年 1月、アメリカン・ミュージック・アワードで「(Everything I Do) I Do It For You」が、年間最優秀シングル賞を受賞。
2月、グラミー賞で6部門にノミネート、ベスト映画主題歌賞を受賞。4度目のジャパン・ツアー(東京4回、大阪2回、仙台、横浜、名古屋各1回公演)
3rdシングル「There Will Never Be Another Tonight」が全米31位を記録。
5月、4thシングル「Gone To Heaven」が全米13位を記録。
10月、5thシングル「Do I Have To Say The Words?」が全米11位を記録。
12月、Video「Waking Up The Neighbors」を発表。
1993年 11月、初のベスト・アルバム『So Far So Good』をリリース。
1994年 3月、Video「So Far So Good」を発表。テノール歌手“ルチアーノ・パヴァロッティ”と共演。「All For Love」が3週連続全米1位になる。
1995年 「Have You Ever Really Loved A Woman?」が5週連続全米1位になる。
1996年 6月、8thアルバム『18 Til I Die』を発表。
1997年 3月、「18 til I Die Japan Tour」を行う。
12月、アルバム『MTV Unplugged』を発表。
1998年 10月、10thアルバム『On A Day Like Today』を発表。
1999年 11月、2枚目のベスト・アルバム『The Best Of Me』を発表。
2000年 6月、「The Best Of Me Japan Tour」(東京2回、大阪2回、名古屋、福岡各1回公演)を行う。
2002年 5月、オリジナル・サウンドトラック『Sprit : Stallion Of The Cimarron』
2004年 10月、11作目のアルバム『Room Service』を発表。
2005年 4月、来日公演。 7月ライヴ8参加、12月、3枚目のベスト・アルバム『Anthlogy』を発表。
2010年 2月 母国であるカナダのバンクーバーで行われた冬季オリンピックの開会式にてネリー・ファータドとデュエットを披露 |