ポール・マッカートニー ジャパン・ツアー日記

2013年11月「アウト・ゼアー ジャパン・ツアー」のため来日したポール・マッカートニー。日本滞在時の様子をレポート掲載!(2013.12.27最終更新)

テキスト by ポール・マッカートニー パブリシスト:スチュアート・ベル

 11月22日(金)(2013.12.27UP)

今日は帰路につくため早起き。ロンドンに戻る長い飛行機の旅で、しばし休息を取るチャンス。

12時間後ロンドンに降り立つと、2週間の日本滞在中に僕らの日本語通訳と総合アドバイザーを務めてくれたサイモンからメールが届いていた。これでこのブログを締めたいと思う。


 11月21日(木)『最終公演 - 東京3日目』(2013.12.27UP)

あっという間に過ぎ去ってしまった2週間。どのツアーでも、最終日はいつも複雑な気分になる。家路につくのが楽しみな一方、僕らは皆、日本での公演や故郷を離れた地で第2の家族となった人々に別れを告げねばならないことに、寂しさを覚えるだろう。誰もが皆、信じられないほど素晴らしい時間を過ごしてきたと言って間違いない。会場では、ツアー・スタッフ全員が意気揚々として、さらなる素晴らしい一夜を楽しみに待っている。

ポールが最後のサウンドチェックに現れたのは午後4時半。これまでのどの公演日より数多くのファンが外で入り待ちしている。会場入りした際、ポールは満面の笑みを浮かべ、親しみのこもったハグでスタッフ達と挨拶。前夜のパーティについて冗談を言い合っている。

一方、遠く福岡では、ポールが関わった“史上初”の出来事がまた1つ起きようとしていた。この日、大相撲九州場所の結びの一番に『NEW』の懸賞旗が登場するのだ。勝った力士が受け取る懸賞金は各取組にかけられた懸賞旗のスポンサーから支払われており、スポンサーの出した懸賞旗が取組前に土俵の周りを一周するのだ。世界的ロック・スターが相撲のスポンサーになったのは、今回が史上初! この件自体も、翌日の新聞1面を飾っている。

こちら東京では、新しい駐日大使として着任したばかりのキャロライン・ケネディ米大使が今夜の公演を観に来るのでは、との噂が地元日本のメディアの間で駆け巡っていた。マサの話によれば、ポールの来日は絶えずメディアにネタを供給し続けており、実現の可能性を帯びたポールとケネディ大使の面会に絡んだ情報であれば、どんなことでも記事にしたくてウズウズしているとのこと。

案の定、彼女は確かに来場し、日本ツアー最終公演のステージにポールが上がる直前、面会を果たしている。

最終日もまた、記念すべき歴史的な公演となったが、ハイライトが訪れたのは、ポールが2度目のアンコールでステージに現れた時だ。彼が「イエスタデイ(原題:Yesterday)」を歌い始めると、会場全体の観客1人1人が、赤いペンライトを振りながらそれに応えたのである。ポールにとっては完全なサプライズで、身ぶりから明らかに感動に震えているのが分かった。締めの曲に合わせて揺れる5万本のペンライトは、実に壮観。日本での体験の全てを魔法のように素晴らしいものしてくれた、ポール・ファンの皆さんからの美しいお別れの表現だ。

それから僕らは軽く飲むためホテルに戻り、翌朝にはそれぞれ別々の道を行く。ポール、バンド、そしてチーム全体の総意は、今回の日本の旅はこれまでで最高の旅だったということ、そしてこの2週間、行く先々でポールが受けた人々の態度に、皆、心底驚き感動したということだ。

夜、ポールは引き上げる前にスタッフの間を回り、おやすみと別れの挨拶を交わして、僕らの仕事に対する感謝の言葉を伝えてくれた。スタッフを代表して僕はこう言えると思うのだけれど、想像を絶するほど素晴らしいこのような体験の一部となれたこと、そしてこのようにスペシャルなチームの一員にしてもらったことに対して感謝したいのは(あるいは「ドウモアリガトウ」と伝えたいのは)僕らのほうだ。


 11月20日(水)(2013.12.26UP)

今日は公演はお休み。だが皆で最高に素晴らしい夜を過ごした。というのも、宿泊中のホテルの24階で、ポールがナンシーの誕生日を祝うサプライズ・パーティを開いたからだ。プライベートなイベントなので詳細を全て書き記すことは控えるが、スペシャル・サプライズには、グイーンというクイーンのトリビュート・バンドや、ビートルズのトリビュート・バンドであるパロッツの生演奏もあった。僕らはグイーンに腹がよじれるほど笑い転げ、パロッツのライヴでは皆が立ち上がり、思う存分歌って踊った。ポールの目の前で演奏するなんて彼らは頭がどうにかなりそうなんじゃないかとか、ポールの脳裏にはどんな思い出が蘇っているのだろうかとか、僕らは考えずにはいられなかった。ポールも加わっちゃいなよ!と僕らが口々に叫び、それが実際に実現した時、パロッツのメンバーは一生に一度の興奮を味わったはず!パロッツをバックに「アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア(原題:I Saw Her Standing There)」を歌ったポール。ここにいる全員にとって最高のおもてなしだ!ナンシーの誕生日は、この先ずっと語り継がれるだろう一夜となった。


 11月19日(火)『東京公演2日目』(2013.12.26UP)

目が覚めてTVをつけると、ポールが東日本大震災の被災者と対面したことと昨夜の公演の模様が、日本のニュースで流れている。
今日もまずは、日刊スポーツ1面の昨夜の公演レポートから:

ポール、ジョンとジョージ追悼歌唱で満場大喝采:歓声と涙の東京ドーム!

ビートルズとして初来日した思い出の日本武道館からわずか1マイル(約1.6km)の会場で、ポールは亡き盟友達への思いを吐露した。
16曲目の前に日本語で、ポールは「ツギノウタハ、ジョンノタメデス。ジョンニ、ハクシュヲ」と言った。言わずと知れた盟友への追悼歌だ。
歌い終えると、ジョンのトレードマークであるピースサインを頭上に掲げたポール。目頭を拭っていた。5万人の大観衆もこの時ばかりは掛け声ひとつ上げることなく、温かい拍手で見守った。
さらにその後、ジョージに曲を捧げたポール。ジョージから譲り受けたウクレレで弾き、満場のファンの胸を打った。
ポールとジョージのツーショット写真に混じって大画面に映し出されたのは、涙ぐむ観客の姿。これもまた感動的な瞬間であった。
ジョンやジョージへの思いを語るのを日本のファンが待っていたことを、ポールは熟知していた。彼の最後のメッセージは「アイシテマス。トーキョー」。ビートルズ初来日の際にも言ったであろうこの言葉には、より深い意味が込められるようになっていた。
今回のツアーの何もかもが、日本の観客向けにあつらえたようにすら思える。大画面に日本語字幕が映し出されるなど、数々の細かい心配りは、間違いなく最高の経験として人々の心に永遠に刻まれた。


日刊スポーツの芸能面には、ポールと被災者との対面についての記事も:

ポール東京公演、ヤァ!ヤァ!ヤァ!
東日本大震災被災者10人を公演に招待

ポールは公演前、バックステージで彼らと面会。1人1人と握手を交わし、現状に耳を傾けた。「この2年半、日本国内で起きていることをずっと気に掛けていました。僕達の音楽には人々の心を癒す力があると信じています」と、彼は語った。
避難区域の中心にある浪江町出身の30代男性は次のように語った。「あれほどの大スターなのにポールはとても気さくで、1人1人の目を見て話しかけてくれました。ライヴをしに来たというだけではなく、私達の置かれている状況に心から関心を寄せてくれていました。ポールが私達のことをどれだけ気に掛けてくれているのかが分かって、本当に嬉しかったです」。


今夜の公演には何のプレッシャーもない! またしてもポールは自らに大変高いハードルを設定しているが、思いを込めた東京ドーム第2夜に向け、己に課した挑戦を受けて立つ。
公演後はホテルに戻り、軽く酒を酌み交わす。ポールは饒舌モードで、僕が前述の「サイコー!」を試しに何度か言ってみたところ、発音やイントネーションの間違いを正してくれた。
時計の針が零時を指すと、ポールが部屋にあったピアノに駆け寄り、マッカートニー夫人のために「ハッピー・バースデー」を弾き始め、僕らは全員で合唱。とても心温まった。


 11月18日(月)『東京公演1日目』(2013.12.25UP)

今朝の日刊スポーツ1面に、日本の国旗を手にしたポールの巨大な写真が掲載されている。訳してもらったところによると、見出しは「ポール『ツアー終わる頃には日本人』?」。日本は心から温かくポールを歓迎してくれている。日本語で語りかける努力をしたり、相撲に関わったりしていることで、彼は日本の人々の心を動かしているのだ。

マサは頬がゆるみっぱなしだ。「これがどれほどの一大事か、分かりませんよね」と、彼はしきりに僕に言うけれど、間違いなく、僕も理解してますよ! 彼の言おうとしているのは、つまり、エンターテインメント界の出来事が日本でニュースの見出しになるのは極めて稀だということ。また彼の説明によると、今週は米国の某大物アーティストが東京に滞在していて、今夜ライヴが行われる予定だが、東京のメディアは東京ドームに全員集合しているため、記事にはならないだろうという話だ。

東京ドームもまた信じられないほど巨大な会場で、午前中に僕が会場入りすると、既にファンの人々が整然と列を作り、開場を待ちわびている。

ここのところ殆どずっとそうだったように、今日も忙しい1日で、時間があっという間に過ぎていく。ポールが会場に着いたのは、午後4時20分を少し過ぎた頃。そのままサウンドチェックへと向かう。

ポールはサウンドチェックの後、彼の申し出により今夜の公演に特別招待された、東日本大震災の被災者の方々と対面した。

彼が対面した10人は皆、故郷を離れることを余儀なくされ、未だ帰宅が叶わずにいる。10人の内訳は、まず50代のご夫婦、そして浪江町出身の30歳の男性と20歳の姪ごさん。浪江町は原発事故の影響を受けて避難区域に指定されている町だ。それから、いわき市立中学の女子生徒2人と先生。この中学では、高濃度の放射性物質に汚染されている居住地から避難しなくてはならなくなった生徒達を受け入れている。この女子生徒2人は同校の報道委員会に所属しており、避難中の人々から寄せられたメッセージを現在も発信し続けているそうだ。また、自身も被災者であるにも関わらず、他の被災者の人々を元気づけるため、ビートルズの曲を演奏するコンサートをボランティアで行っている40歳の男性も。そして最後の2人は30代のご夫婦で、店と自宅が津波で流されてしまったが、今は暮らしを立て直そうとしているところだという。夫妻のうち夫の方は父親を亡くされたそうだけれども、この日は1歳になるとても可愛い娘さんをポールに会わせるため連れて来ていた。

被災者の方達と語り合い、彼らの話に聞き入ったポール。ポールとの対面後、集まった被災者の方は僕にこう話してくれた。「私達はずっと恐ろしい暗闇の中にいました。ポールと直接対面する機会を持てたなんて、今も信じられません。私達は皆、ポールと会ってすごく励まされました。彼はとても思いやりのある人のようで、被災地のことを心から気に掛けていてくれました」

公演本編は、今夜も極上のロックンロールの夕べ。ポールはさらに日本語の語彙を増やしており、ファンの皆さんもお気づきの通り、その中で彼が多用しているのは「最高!」(“サイコー!”と発音[*英語では“psycho=頭がイッちゃってる”という意味]という一言。日本語では“この上なく素晴らしい”という意味だ)。

公演後その話題になると、ポールは英国に帰ってからもその言葉(“サイコー!”)を日常で使うつもりだ、と笑いながら語っていた。


 11月17日(日)『東京で丸一日オフ』(2013.12.25UP)


 11月16日(土)『東京へ移動』(2013.12.25UP)

今日はあまりご報告することがない。東京に移動するため、僕らは朝早くから行動。空港のあちこちにマッカートニー・Tシャツを着た旅客がおり、僕らが現れたことに興奮気味の様子で、昨夜観たあの人の姿が見られるかもしれないと期待を寄せている。空港ラウンジで、僕はサイモン(通訳担当の日本語エキスパート)と一緒に新聞をチェック。素晴らしいコンサート評が並び、その多くがポールが博多弁で言ったフレーズを取り上げていた。

この夜、またも僕はある初体験をした。スタッフの何人かで東京の街に夕食に出かけたのだが、8時半を回った頃、地震が発生! 日本の人達は全く心配していない様子で、何もなかったようにそのまま過ごしていたが、僕らは皆すっかり取り乱していた!


 11月15日(金)『福岡公演』(2013.12.25UP)

公演3日目がやって来た。ここもまた、途方もないほど巨大なドーム会場。福岡ヤフオクドームは、プロ野球チームであるソフトバンク・ホークスの本拠地だ。会場のキャパは4万人だが、もっと大きく見える。ポールは1993年にもここでライヴを行った。その晩のオープニング曲は「ドライヴ・マイ・カー(原題:Drive My Car)」で、全32曲を披露。今夜は「エイト・デイズ・ア・ウィーク(原題:Eight Days A Week)」で幕を開け、全37曲を熱演。前回と共通していたのは、そのうち11曲のみだ。

公演前、再び日本語のレッスンを受けるポール。地元の言葉を覚えたいと思っている彼は、正しいアクセントで話せているかどうか確認をする。その努力は報われた。彼がステージに上がり、(博多弁で)オーディエンスに挨拶すると、大阪に負けず劣らずの熱烈な反応が返ってくる。


 11月14日(木)『福岡に移動 - 新幹線』(2013.12.20UP)

木曜の夜、こうして日記をアップデートするに当たり、今日は僕にとって生涯忘れられない1日になるだろうと記しておきたい。いつもこれを読んでくれている皆さんなら、このようなことはここ何年かの間にほんの数回程しかなかったとお分かりのはず! 始まりから終わりまで、丸ごと引っくるめて貴重な体験だった。今日はツアー生活のバリアの中から本当の意味で抜け出して、真の日本を体験している気がする。

1日の始まりは、まず大阪の駅から。ポール&ナンシーと僕らがここにいるのは、福岡行きの新幹線に乗り込むためだ。僕の息子は新幹線が大好きで、家ではその話ばかりしているから、僕は殊の外、この列車の旅に胸を躍らせている。期待に違わない経験だった。美しい緑の景色、現代的なビル群が描くスカイライン、古都の街並、そしてジョージ・オーウェルの小説に出て来そうな巨大工業地帯を車窓から眺めながら、日本の田園地帯を轟音と共に走り抜けて行くのは最高だった。

新幹線の中でポールは、彼と同じ電車に居合わせたことが信じられずにいる乗客達と、楽しく言葉を交わしたりサインをしたり。

午後3時20分頃、列車は僕らの目的地である福岡に到着。ポールが現れるかもしれないという噂が広まっていた。駅はファンと報道陣で大混雑。ポールは、 あらゆる方向から彼に近づこうとしてくる人々をかき分けながら、3分間歩く羽目に。凄まじい状況だった。マーク、エイディ、マイクの3人(警備担当チーム)には大変な仕事が待ち構えていたが、ポールとナンシーは無事に迎えの車に辿り着いた。

次の目的地は、大相撲九州場所が開催されている福岡国際センター。横綱白鳳の取組を観戦しに行く。今回はポールにとって2度目の大相撲観戦で、前回は1993年、同じく福岡だった。前取組が終わり、白鳳の勝利を見届けた後、立ち上がって退場しようとしたポール。それまでずっと観客達は敬意のこもった控えめな態度を示していたが、この時ばかりは彼らも立ち上がり、「ポール、ポール」というコールが場内に響き渡った。ポールは帰りがけに何人かのファンのためにポーズを取り、握手をしながら会場を後にした。

会場の外も大混乱状態だった。お忍びだったはずなのだが、期待を胸にサイン用のアルバムを握り締めたファンの人々が待ち構えていた様子からすると、ポールの来場情報がどこかから漏れていたようだ。

午後のひとときの過ごし方としては最高だったし、実際、これは病み付きになりそうだ。幾つか分からないことがあったのだが、後でポールと話した際に、彼が僕の疑問に答えてくれた —— 彼は本当に相撲のことをよく知っている! 何年か前、ポールはテレビで相撲観戦する機会があり、それ以来すっかりハマっているとのこと。

翌朝、西日本新聞に掲載されていた記事によれば、「来場時には、館内から拍手と歓声を受け、変わらない人気ぶりを示した。帰る際には『ポール!』の大歓声が沸き起こり、笑顔で手を振って応えた」


 11月13日(水)(2013.12.19UP)

今日は休演日。細々した仕事の遅れを取り戻すチャンスだ。皆さんは今頃もう、グリーンピース活動家の釈放に関し、ポールがウラジミール・プーチン大統領宛てに10月前半に書き送った書簡について、ご存知のことだろう。その書簡の公開を、グリーンピースは強く望んでいた。ロンドンの駐英ロシア大使からは返事を受け取ったものの、プーチン大統領からの返答がなかったのだ。その翌日、僕らは書簡を公開する計画を立てた —— なので今頃はきっと、この件に関する幅広い報道を皆さんは目にしていることだろう。

陽が高くなるにつれ、ポールの福岡滞在中の予定について、電話が何本も入ってくる。明日ポールが大相撲観戦に出かけるかもしれないとの噂が出回っている模様。聞くところによれば、力士達は皆、相撲協会理事長同様、ポールに会いたがっているらしい。

僕は新鮮な空気を吸いに、ホテルの部屋を出て周辺を散歩。まずホテルの外でうっかりぶつかりそうになったのは、『ビッグ・イシュー』の販売者だ。表紙は誰かって? そう、ご推察の通り —— ファイル用に数冊購入。

夕刻、ポールは優しい心配りで、僕らを素敵な中華ディナーに招待してくれた。素晴らしい夜のひとときを過ごす僕ら。パリッとしたスーツを着こなしているポールはとてもキリっとして見え、絶好のコンディションの様子。そしてびっくりするような話を色々としてくれる。ポールの曲のカヴァー・ヴァージョンに関する話題になり、ジョー・コッカーやマーヴィン・ゲイから、ガンズ・アンド・ローゼズまでを、彼は大変高く評価していた。ポールに教えてもらったところによると、ガンズ・アンド・ローゼズが「007 死ぬのは奴らだ(原題:Live and Let Die)」(*ガンズ版の邦題は「リヴ・アンド・レット・ダイ」)をカヴァーした際、ポールの子供達が学校で友達に「この曲を書いたのは、うちのお父さんだよ」と言っても、誰も信じてくれなかったとのこと! また彼は、僕らに驚くべきことを明かしてくれた。全詳細はここでは話せないが、彼はつい先日、ビートルズのアルバムの内の1作のコンセプトとして彼が描いた、1枚のスケッチを自宅で発見 —— そのスケッチを基に、そのアルバムのアートワークが生まれたという。
(貴重な話をたくさん聴いて)まさか夢じゃないのか、自分の頬っぺたをつねって確かめないと、とチャーリー(ポールのビデオ撮影担当)が僕に言う。全くその通りだ。僕らは皆、とても幸せな気分で床についた。


 11月12日(火)『大阪公演2日目』(2013.12.18UP)

今日は昨夜のコンサート評が出て(=“アウト・ゼアー”)いる! 僕は早起きして、仲良くなった店員さん達に会いに、新聞を売ってるコンビニへ。間違いなく、彼らは僕のことを熱狂的なファンだと思っているに違いない! きちんと読むため、再び部屋へ。日本の新聞は物理的な意味で巨大で、かつての英国の高級紙並みの大判サイズだ。色使いが鮮やかで、まるでマンガのよう。実に見栄えがする。僕は新聞の束をバッグに詰め込み、記事を訳してくれる人がいるのではないかと会場へ向かう。

会場に着くと、日本のPR担当のマサが新聞を握り締めながら、興奮気味に僕のもとに駆け寄ってくる。メディア・オフィスのテーブル2台を使い一緒に新聞を広げてみると、壮観な眺めだ。マサの説明によれば、これほどの規模で報道されるのは前代未聞だそうで、通訳担当のサイモンも同じ意見だ。

記事の内容は事実重視の傾向で、ポールが何時にステージに登場したか、公演中の何時にどういった出来事があったか等が中心だが、全体的に絶賛の論調だ。

日刊スポーツ
タダイマ、ポール!
3万6,000人のファンがスーパースターに熱狂したスペシャルな夜。

ポールは茶目っ気たっぷりに、大阪弁で観客にあいさつ。キャリア全体に及ぶ見事なほど幅広い選曲はファンを喜ばせ、新作からも「クイーニー・アイ」などを披露。日本公演にスペシャル感を持たせた。

公演中、ポールは何度も日本語で観客に語りかけ、ファンから熱い拍手が起きた。観客はオープニングからアンコールまで総立ち状態だった。

デイリースポーツ
ポール、熱唱2時間30分ノンストップ! 途中、日本語MCでジョークを飛ばし、観客を笑わせる場面も。大型ビジョンに日本語字幕を表示するなど、サービス満点。

サンケイスポーツ
マイド、オオキニ、タダイマ!
パワフルなポールが、3万6,000人のファンを笑いと喜びの涙の渦に。

スポーツニッポン
オオキニ!
ポールが11年ぶりの日本ツアーを大阪でスタートさせた。彼は期待に応え、会場を埋めた満員の観客は、のっけから早くも総立ちに。日本語トークもさえ、「タダイマ」と関西弁であいさつ。「エイゴノホウガ、トクイデス」と、日本語でジョークも放った。

朝日新聞
ヘイ、ポール! 「オオキニ」
ポールの熱演に3万6,000人のファンが酔いしれた。曲の合間には日本語で観客に呼びかける一方、「デモ、エイゴノホウガ、トクイデス」とも語りかけ、会場から笑いが起きた。

これで大体お分かりだろう。

昨日同様、午後4時ちょっと過ぎにポールが会場に到着 —— だが今回は、昨日より大勢のファンが外で入り待ちしている。昨日の状況から、彼の到着場所を人々が正確に把握していたためだ。彼はファンの皆さんに挨拶をして、真っ直ぐサウンドチェックへ。

数時間後、ポールは2日目のステージに登場。京セラドームは今夜も満員で、全ての人にとって最高の夜だった。


 11月11日(月)『大阪公演初日』(2013.12.17UP)

満を持して、11年ぶりとなる日本公演初日が遂にやってきた。ポールにとって大阪での公演は、2002年以来の3度目。僕は午前中をメディア認可の対応に費やしている —— 撮影パスや、TVスタッフ、警備担当との連絡等々 —— 駆け込みのリクエストで、いつまでたってもリストにきりはないが、こういった日々は実に刺激的だ。会場は午前中から既に熱気が漂っており、法外なほど巨大なドームの中で、ツアーの各部署が本番直前のチェックに忙しく働いている。会場を囲む道路にはファンが列を作っており、ショータイムへのカウントダウンが始まる。

その間、ここにいる全ての人が観に来ているその張本人は、ホテルに戻り、彼独自のやり方で支度中。ジムに行ったり、マッサージを受けたりしながら、待ち受ける1日に備えているのだ。ホテルを出る際、ポールは日本のラジオ局、FM COCOLOに電話出演。この日の午前中、同局の通勤時間帯の番組プレゼンターであるDJメメと話をしたら、ポールと話せると思うと興奮し過ぎて昨夜は眠れなかった、実際に実現するまではまだ信じられない、と彼女は僕に語っていた。それは確かに実現したよ。

午後4時を少し回った頃、黒塗りの超大型SUVが2台、エントランスに近づいてくる。状況を察して、ポールの乗った車が入ってくるのをゲート脇で出迎えるファンの人々。彼らは一日中待っていたのだが、その苦労は報われた。車がエントランスに止まり、飛び出すように中から出てきたポールは、喜ぶ入り待ちの人達に上機嫌で手を振りながら、「ハロー」と挨拶。それからサウンドチェックのため、真っ直ぐにステージへ。

今夜はポールにとって11年ぶりの日本公演、しかも今日は11月11日。それに掛けて、抽選で11人のラッキーなファンを招待し、サウンドチェックの後にポールと対面して一緒に記念写真を撮るという、スペシャル企画にポールは合意していた。当選者達はステージ脇に集合し、僕らは彼らをステージ裏へと案内。間もなくそこには、ポールが彼らに会いにやって来る。当選者の年齢層は、正にマッカートニー・ファン層の反映だ。最年少は11歳(偶然にも、今回の『11』というテーマにぴったり!)で、ポールの曲を聴きながら英語を学んでいるとのこと。他の10人は、ティーンエイジャーから、20代、30代、ビートルズの来日時には観に行けなかったという男性まで、幅広い。

ポールが挨拶に来て、一人一人と握手を交わし、当選者達の真ん中に入って記念写真を撮影。ポールは皆にポーズを取るよう提案する。突然泣き出したのは、20代前半の男子学生だ。通訳の説明によると、彼はとにかく感無量で、人生最高の一日だと話しているとのこと。何枚か写真を撮った後、ポールは「来てくれてありがとう」と彼らに伝え、警備担当者に促されながら楽屋に続く廊下へ。部屋を出る際、振り返って手を振るポール。当選者達は一斉にユニゾンで歓声を上げ、ハグし合ったり、興奮して飛び跳ねたりしている。

時間は間もなく5時半。ポールがステージに上がるまで、あと90分を切った。リラックス・タイム? ポールにとってはそうじゃない。ポールは現在、短期集中コースで日本語の特訓中だ。これまでのツアーをずっとリングサイド席で見守りながら、僕が学んだ一つのこと。それは、ポールは人々とコミュニケーションするのが大好きだということ、そして可能な限り最高の形でそうしたいと望んでいるということだ。観客とは地元の言葉で話せるようになりたいと考え、自分を観に来てくれた人達のために努力したいと思っている。また彼は、ライヴ中に英語でMCをしている際は、同時通訳の字幕をスクリーンに映し出してほしいと求めていた。ロックスターの要求と言えばワガママなものも珍しくないが、これは彼を観に来てくれた観客への気配りゆえだ!

授業の後は、仕事の時間。ポールは準備のため楽屋にこもる。10分後、アンティーク着物を裏地に使った華やかなワインレッドのフロック・コートを着て、廊下に姿を現わすポール。この着物の柄は、幸運と幸福を表わす吉祥文様だ。雰囲気を高めるため、彼はバンドに会いに行き、そしてステージへと向かう。

午後7時10分、彼がステージに登場すると、立ち上がる観客。僕にとっては当たり前の反応のように思えても、実際のところ日本では、スタンディング・オベーションというのはよくある出来事ではない。さらに興味深かったのは、ライヴの間中ずっと、オーディエンスが立ちっぱなしでいること。地元のプロモーターや大勢の通訳達から聞いた信頼できる情報によれば、これもまた稀なことで、観客のリスペクトと、そして彼らがいかにこの経験全体を楽しんでいるかの表われだそうだ。

日本ツアーのひとつ前に当たる8月のカナダ・ツアーで披露されたセットリストに、新たに加わった曲がある。最新アルバム『NEW』から、ポールは「セイヴ・アス(原題:Save Us)」「NEW(原題:New)」「クイーニー・アイ(原題:Queenie Eye)」「エヴリバディ・アウト・ゼアー(Everybody Out There)」を追加。これらの曲は、セットの中に完璧に溶け込んでいる。当地では今もチャート上位にある『NEW』は、プレスのレビューでも、ライヴで演奏するために作られたアルバムだと評されている。

午後9時45分、ライヴ終了。普段のポール基準では、まだまだ宵の口の感がある。南米なら通常ポールがステージに上がる時間だから、妙な気分だ! 恒例の“逃走”をする僕ら。つまり、オーディエンスが席を立つ前に、ホテルへ戻るバスに乗り込むということ。ホテルに帰り、ライヴ後の食事と酒の席をポールと囲むために集まった僕らは、素晴らしいスタートを切ったということで全員の意見が一致した。


 11月10日(日)『リハーサル』(2013.12.16UP)

本日、僕の初外出先は、新聞を売っているコンビニ。案の定、期待通りだ。日本語の文字に丸っきりなじみのない僕でも、この夫婦の写真の見分けはつく。ポールとナンシーの来日は、こちらで確実に注目の的となっており、そのニュースが様々な主要日刊紙・スポーツ紙の一面を飾っている。大阪ではマッカートニー旋風が巻き起こり中。毎正時のTVニュースではポール来日の話題が取り上げられ、ホテルに戻るタクシーの中では「NEW」がかかっている。世界各国の報道ぶりを調べようと、スマホに届いたGoogleアラートをくまなくチェックしていると、英国のザ・サン紙の記事に[ヘイ・柔道]という見出しを発見。ウマいこと言うね。

この日の午後、ポールはホテルから車で1時間ほどの所にあるホールでリハーサルする予定になっている。僕は、チャーリー(ツアー・ビデオ撮影者)とMJ(ツアー・カメラマン)と一緒に車に乗り、ソーシャル・メディア・サイトに上がっている写真を見ながら、昨日の到着時のことについて興奮気味に雑談。ホールへと向かう車は、夕陽に映える重工業地帯を通り抜けていく。素晴らしい眺めだ。僕らはポールより先に到着し、日本のPR担当者と合流。今朝の新聞記事の内容を読み合わせしながら、ポールの来日は全国的な一大ニュースとして報道されていると、彼が説明してくれる。日本語が話せない僕にも、それはある程度把握できていたよ! さらに彼は、日本の月刊音楽誌を何冊か持参してくれていた。今回の日本ツアーと、日本のアルバム・チャートで1位に輝いた最新作『NEW』のリリースに伴い、ポールがその表紙を飾っているのだ。

ポールはリハーサルの後、日本で高視聴率を誇る朝のテレビ情報番組、フジテレビの『とくダネ!』用のインタビューを収録予定。日本の有名キャスター小倉智昭氏が、ポールにインタビューすることになっている。日本で小倉氏の名前を知らない人はなく、彼がリハーサル会場入りすると、現場の誰もが丁重に応対。小倉氏はリハーサルの見学を求め、ポールがバンドとジャムっている曲や使用楽器について、意気込んだ様子で尋ねてくる。僕らはこのリハーサルで、ポールがまだ公の場では一度もライヴ演奏していない『NEW』の収録曲を幾つか聴けるという恩恵にあずかった。「西暦1985年(原題:1985)」や「恋することのもどかしさ(原題:Maybe I'm Amazed)」といった珠玉のナンバーに混じって彼がジャムっているのは、「オン・マイ・ウェイ・トゥ・ワーク(原題:On My Way To Work)」や「アリゲイター(原題;Alligator)」といった新作の曲。既に揺るぎない地位を確立している他の楽曲に、これらは上手くなじんでいる。

リハが終わり次第すぐにポールをインタビューに連れて行けるよう、僕は現場で待機。そして終了するやいなや、その通りにする。まずは、TVスタッフがポールのために用意してくれたメイク室へ。メイク担当の日本人女性スタッフが、片言の英語で自己紹介する。それに対し、「やあ、僕はポールだよ」と返すポール。メイク担当の女性は頬を赤らめ、クスクス笑いながら、日本語で何か言う。通訳さんが笑いながら言うには、「ええ、あなたがどなたか、彼女は知ってますよ」。

数分後、ポールはインタビューの席に着き、日本語での質問に辛抱強く耳を傾ける。一問毎に通訳が訳し、それに答えていくという流れだ。その様子を見ていると、映画『ロスト・イン・トランスレーション』の一場面を思い出す。小倉氏はビートルズの来日公演に始まり、ソロでの来日も含め、今までのポールの日本公演を全て観ている大ファンであることが判明。ポールへのプレゼントとして、彼はハンドメイドのミニチュアのヘフナー・ベース・ギターを持参していた。インタビューの最後にポールはスタッフ全員と写真を撮り、一人一人と握手をして部屋を後にする。これほど礼儀正しい海外アーティストはめったにいないと、プロデューサーが教えてくれた。

数分後、ポールは車でホテルへ。2日目は以上だ。


 11月9日(土)『到着』(2013.12.13UP)

大阪・関西国際空港、午後4時。僕がここに到着したのは昨日のことだ。時差ぼけ、母国から遥か遠く離れた地にいるという事実、そして興奮感が入り交じり、どうにも落ち着かない。あと2時間以内には、僕らのボスが到着する予定だ。空港の到着ロビーには文字通り何千人もの人々が、我らが御大を一目見ようと集まっている。ここで繰り広げられているのは、秩序ある混沌だ。笑い声を上げているファンや涙を流しているファンもいれば、歌っている一団もいて —— 様々な感情がここに溢れているが、共通の理由で皆が1つに結ばれている。到着出口の脇に置かれたテレビから流れているのは、夕方のニュースの生放送。日本語が全く話せない僕にも、実にポジティヴな雰囲気が画面から伝わってきて、ファンの皆さん同様、ニュースキャスター達も興奮を隠せない様子だ。良い位置を確保しようと競い合っているカメラマン達の押し合いすら、僕にはとても礼儀正しく思える。英国のメディアで働いている僕の友人達に、日本の取材陣のようなお互いへの気遣いできるかどうかは自信がない。到着出口のドアが開き、事情を把握していない旅行者がそこから出てくる度に、集まった大勢の人々の間から失望感が湧き上がり、気の毒なその旅行者はすっかり戸惑った様子で、何千人ものファンや、TVスタッフとカメラマンで溢れかえった取材エリアの前へと歩み出て行く。

午後6時を回った直後、ポールの乗った飛行機が先程着陸し、彼は入国審査を通過するところだと、空港職員が教えてくれた。つまり、彼は間もなくあのドアから現れるということ。ここ到着ロビーの興奮は、手に取って触れそうなほどだ! ファンの中には、あまりに興奮しすぎて、友人や周りの他のファンに落ち着くようなだめられている人もいる。そして遂に —— ジャジャーン! —— 到着出口のドアが開き、そこに現れたのは、ポール・マッカートニーと妻ナンシー。空港のテンションは大爆発だ。

歓声を上げるファン、叫ぶ取材陣、誰もが熱狂状態で —— 空港職員の人達ですら、記念写真を撮ろうと携帯やスマホを手に駆けつけるほど。法被姿のポールとナンシーは上機嫌な様子で、カメラマン達に笑顔で応えており、ポールはファンの列に歩み寄って、しばし立ち止まってサインをしたり、挨拶を交わしたり、ボードに書かれたメッセージを読んだり、プレゼントを受け取ったり。同じように興奮に沸いている、ほんの3、4歳くらいの子供達もいる。そのうち1人の男の子が目に留まり、その子と握手しようと真っ直ぐ駆け寄るポール。僕自身、3歳の子の父親として、ポールの行動はとんでもなく素敵だと思った;あの男の子は恐らく生涯ずっと、この経験を語り継ぎ、大切に心に刻んでいくことだろう。その子の両親は、喜びに満ちた笑顔で輝いていた!

出迎えのファンとメディア陣の波を泳ぎ切った後は、警備員の素早い対応で、ポールはエレベーターへ。別の階で待機している車まで、安全に案内してもらうためだ。エレベーターの中(凄まじい状況の後、ポールに初めて静けさが訪れたひと時)で一息ついた彼は、明らかに、たった今経験したばかりのことに深い感銘を受けている。「いやはや、」と僕らに言うポール。「すごくないかい? とにかく本当に、信じられないくらい素晴らしいね」。建物内をエレベーターが上がって行く際には、更にまた、通過するどの階にも垂れ幕を手に歓声を上げるファンがいる。最上階にエレベーターが着き、車に乗り込んで、ホテルへと向かうポール。何という歓迎ぶりだろう! 
日本よ、あなた達は間違いなく、物事のやり方ってものを心得ている。


次回12/16更新予定

 
 
 

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