BIOGRAPHY

VANGELIS


Vangelisヴァンゲリス・パパサナシュー Vangelis Papathanassiou

 「子供の頃から宇宙に憧れていた」と語るヴァンゲリス。
 シンセサイザーの巨匠が生涯憧れ続けた宇宙への想いは、歴史的イベントのためのユニークなサウンドトラック『ロゼッタ』で頂点に達した。
 制作に4年を費やした『ロゼッタ』は、映画のサウンドトラックではなく、12年以上続く旅のために作曲されたアルバムだ。その旅は、神童エヴァンゲリス・パパサナシューの両親が彼に与えたミドルネームと同じく、オデッセアス(オデッセイ)と呼ぶべきかもしれない。
 数々の受賞歴に輝くヴァンゲリスは、欧州宇宙機関(ESA)の歴史的な協力により、ロゼッタ探査ミッション最終章のためのサウンドトラックを作り上げた。
 2016年9月、ロゼッタ探査機は67Pチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星にゆっくりと下降し、2004年南アメリカ海岸からのロケット打ち上げで始まったミッション全体に終止符を打つ。着陸機フィラエが先に彗星が到着してから、すでに2年が経過。ミッションは無事完了するであろう(訳注:日本時間9月30日夜、ロゼッタ探査機は彗星着陸に成功した)。
 『ブレードランナー』やオスカー受賞作『炎のランナー』などの映画音楽で知られる巨匠ヴァンゲリスは、ロゼッタの複雑な旅――無人探査機が事故も起こさず無事に着陸できるか、誰にも予測がつかない危険な旅――の最終段階にふさわしいエレジーを作曲した。
 最終章の結果がどうあれ、ヴァンゲリスの音楽はロゼッタにふさわしいサウンドトラックとなるはずだ。「音楽ほど、感情にスイッチを入れる強力なボタンはない。私は生涯を通じ、音楽には癒やしと破滅のふたつの力があると、つねづね主張してきた」とヴァンゲリスは語る。
 ヴァンゲリスは、ロゼッタ・ミッションの映像素材から着想を得て作曲し、最初に書かれた《探査機到着》《フィラエの旅》《ロゼッタのワルツ》の3曲は、2014年8月、フィラエの彗星着陸当日にロッテルダムのESA本部で演奏された。「映像と音楽が結びついた時、彗星をクローズアップで見るような感覚を覚えました」とESAのカール・ウォーカーは語る。「映像と一緒に聴くと、戦慄が走る音楽です。ESAでヴァンゲリスの音楽が流れると、職員たちの目に涙があふれました」。
 ギリシャ生まれのヴァンゲリスは、幼い頃から自宅のピアノで作曲を続けてきた。彼が宇宙へ憧れ始めたのも、同じ時期である。「3歳か4歳の頃、家のピアノを弾いていると、『その曲はどこから来たんだ』と訊ねられた。私は天を指差し、『上から』と答えた。現在も、それは変わらない。私の音楽は、宇宙から降りてくるのだ」。
 霊感のおもむくまま作曲するヴァンゲリスは、これまでに正規の音楽教育を受けたことがない。自作曲の演奏を始めたのは、6歳の時である。現在に至るまで、ヴァンゲリスは音楽について、生まれつき備わった天賦の才と考えている。その才能は、世界中の偉大な歌手、ミュージシャン、アーティスト、劇作家、詩人、振付師、映画作家、環境保護主義者、アスリート、医師、科学者たちと、さまざまなコラボレーションを生み出してきた。
 電子音楽とシンフォニックな生音を融合させながら、これまでに40枚を超えるアルバム、15本のサントラ、5つのオーディオ・ヴィジュアル・ショー、4本の舞台音楽、2曲のバレエ、2曲の合唱交響曲を手がけてきたヴァンゲリスは、50年に及ぶキャリアにおいて無数の賞、栄誉、称号を手にしてきた。
 『炎のランナー』、『ブレードランナー』、『バウンティ/愛と反乱の航海』、『アレクサンダー』、『1492・コロンブス』など、彼の音楽はジャンルを問わず、また編成を問わず、力強いメロディと深いエモーションが常に流れている。ヴァンゲリスは語る。「私にとって、音楽と芸術は神聖な力であり、宇宙の根源の力である。その目的は、人類を高め、鼓舞し、癒やすことにある。ロゼッタほど、その目的にふさわしいミッションは他にない」。
訳・編:前島秀国