SLIPWAY FIRES
『スリップウェイ・ファイヤーズ』
SLIPWAY FIRES
2009/01/14 on sale 輸入盤発売中
【通常盤CD】
UICR-1080 \2,200(税込) / \2,095(税抜)
ボーナス・トラック4曲&「ワイヤー・トゥ・ワイヤー」のビデオ収録

【デラックス・エディションCD+DVD】 初回生産限定!
UICR-9034 \3,000(税込)/ \2,857(税抜)
ボーナス・トラック5曲&「ワイヤー・トゥ・ワイヤー」のビデオを収録した
CD+スタジオ・ライヴ映像(5曲)を収録したDVD 豪華ブックレットも封入!

静寂と喧騒。目を閉じれば浮かんでくる情景。
UKを代表するロック・バンドが辿り着いた新境地が、ここにある。

アルバム毎に評価を上げていくイギリスの国民的ロック・バンドによる
約2年半振りとなるサード・アルバム!
【通常盤】 収録曲
01)
ワイヤー・トゥ・ワイヤー / Wire To Wire <1st Single> 
02)
ホステッジ・オブ・ラヴ / Hostage Of Love
03)
ユー・アンド・ザ・レスト / You And The Rest
04)
タブロイド・ラヴァー / Tabloid Lover
05)
ノース・ロンドン・トラッシュ / North London Trash
06)
60トンプソン / 60 Thompson
07)
スティンガー / Stinger
08)
バーバリー・ブルー・アイズ / Burberry Blue Eyes
09)
ブラッド・フォー・ワイルド・ブラッド / Blood For Wild Blood
10)
モンスター・ブーツ / Monster Boots
11)
ザ・ハウス / The House
12)
キリング・カサノヴァ / Killing Casanova ★
13)
モスクワ・ホテル / Moscow Hotel ★
14)
ジ・アザー・ガール / The other girl ★
15)
ホエア・ザ・フリクエンシーズ・ラン・ディープ・アンド・ワイルド / Where The Frequencies Run Deep And Wild ★
エンハンスト・ビデオ
●ワイヤー・トゥ・ワイヤー / Wire to wire (video) ★
★ボーナス・トラック+ポストカード封入

 

【デラックス・エディションCD+DVD】 収録曲 初回生産限定!
01)
ワイヤー・トゥ・ワイヤー / Wire To Wire <1st Single>
02)
ホステッジ・オブ・ラヴ / Hostage Of Love
03)
ユー・アンド・ザ・レスト / You And The Rest
04)
タブロイド・ラヴァー / Tabloid Lover
05)
ノース・ロンドン・トラッシュ / North London Trash
06)
60トンプソン / 60 Thompson
07)
スティンガー / Stinger
08)
バーバリー・ブルー・アイズ / Burberry Blue Eyes
09)
ブラッド・フォー・ワイルド・ブラッド / Blood For Wild Blood
10)
モンスター・ブーツ / Monster Boots
11)
ザ・ハウス / The House
12)
キリング・カサノヴァ / Killing Casanova ★
13)
モスクワ・ホテル / Moscow Hotel ★
14)
ジ・アザー・ガール / The other girl ★
15)
ホエア・ザ・フリクエンシーズ・ラン・ディープ・アンド・ワイルド / Where The Frequencies Run Deep And Wild ★
16)
サムウェア・エルス(ライヴ・ラウンジ) / Somewhere Else (live Lounge) ★
エンハンスト・ビデオ
●ワイヤー・トゥ・ワイヤー / Wire to wire (video) ★
★ボーナス・トラック+豪華ブックレット、ポストカード封入 
DVD -フィッシュ・ターキー・スタジオでのライヴ映像(5曲)!-
●ノース・ロンドン・トラッシュ / North London Trash
●ユー・アンド・ザ・レスト / You And The Rest
●ワイヤー・トゥ・ワイヤー / Wire To Wire
●タブロイド・ラヴァー / Tabloid Lover
●ホステッジ・オブ・ラヴ / Hostage Of Love

プロデュース&ミックス:マイク・クロッシー
(アークティック・モンキーズ、ブラッド・レッド・シューズ、ザ・クークス他)

− バンドとしてより成熟したレイザーライト、 『スリップウェイズ・ファイヤーズ』完成の道程 −

2007年12月上旬、レイザーライトはヨハネスブルグ(南アフリカ)のエリス・パーク・スタジアムで短めのセット・リストのパフォーマンスを行った。イベントはネルソン・マンデラ主宰の46664エイズ・オーガニゼイションによるもので、バンドは長年関わってきた大義の更なる支援のために参加したのだ。しかし、チャリティをより多くの人々に伝えるための手助けだったが、その日他の何かが起きていた。

  2006年7月にセカンド・アルバムをリリースしてからの2年間、レイザーライトはファンと名声を手に入れ、ヨーロッパとアメリカで嵐のような成功の中心にいた。優れた楽曲を提供し、バンドが非の打ち所の無い記録を打ち立てる中、彼らのあらゆる見解が歪曲し伝えられていた。レイザーライト旋風の渦の中心で正々堂々と描かれたポップスター、謎めいた存在のジョニー・ボーレルはトレードマークの白いジーンズと白いTシャツに身を包んだ自信が漲った象徴のようだった。

南アフリカのイベント開催日でのレイザーライト −
ジョニー、アンディ・バロウズ(Ds)、カール・ダレイモ(B)&ビヨルン・アグレン(G)−はセカンド・アルバムが300万枚のセールスを記録したことを祝うような、もしくはバックステージでその記録を威張り散らすムードでもなかった。シンガーの象徴的な白いステージ用の服は黒に交換されていた。そして、バンドは彼らの全てをパフォーマンスに注ぎ込んだのだが、スタジアムが静寂する瞬間は新しい楽曲、「ホステッジ・オブ・ラヴ」で訪れた。オーラ、豊かさ、深み、魔法、失われたものは何もなく、レイザーライトはあたかも新しい周波数を見つけたかのようだった。エリス・パーク・スタジアムの観衆は全くそれに気付くことはなく、しかし彼らはただレイザーライト物語の新しい章の幕開けを目の当たりにしたのだった。

初めは暗闇だった。文字通り真っ暗だった。2002年から翌年に掛けて、レイザーライトとして活動を始めた場所で自由な空気が漂うイースト・ロンドンのリハーサル・スペースは、照明薄暗く、厳しい寒さだった。当時、イギリスのギター・バンド、レイザーライトのアイディアは結実し、国の路上に溢れる若者たちは精神的に不安定だった。2年間でレイザーライトはバンドを再活性化し、何が可能なのか?明確にしたのだった。

レイザーライトは問題なさそうだった。彼らは非凡な楽曲を揃えていたし、寄せられた称賛で危ない存在となっていた。音楽誌のNMEとQは彼らを最優秀新人バンドに選出した。短い時間の中、彼らはバー、地下室、いかがわしい酒場、クラブ、屋上、学校で演奏し、そしてホール、フェスティヴァル、パレス(宮殿)と会場の格を上げて行き、一気にその他のバンドを押し分け上り詰め、シーンから抜け出した存在となった。デビュー・アルバム、『アップ・オール・ナイト』は“インディ・ロック”の要素を取り込み、極限までそれを拡大した。「ゴールデン・タッチ」のヒットはゴールデン・タイムのTV出演を速め、ゴスペル聖歌隊を後ろに従え演奏を披露。アルバムも大ヒットとなり、100万枚を超えるセールスを記録した。

アルバム1枚のプロジェクト時間内にレイザーライトはロックンロールでの成功がもたらすもの全てを手に入れた。女の子たちは悲鳴を上げ、ドラマーは失踪、アメリカでのツアーは崩壊、物議は再燃し保守派はガタガタとうるさくなってきた。ライヴ8でジョニーは過激な帽子を被り、国際舞台が相応しいバンドであることを証明するパフォーマンスを披露。U2とのツアーではジョニーとアンディはボノとショーン・ペンと酒宴の歌を歌った。レイザーライトがイギリスの敬意との戦いに屈するような兆候は殆ど無かった。

2006年4月上旬、レイザーライトは史上最高のイギリス人プロデューサーの1人、クリス・トーマス(ビートルズ、ロキシー・ミュージック、ザ・プリテンダーズ、セックス・ピストルズ)とセカンド・アルバムのレコーディングを始めた。バンドは初期の頃にリリースしたアルバムに入っていない曲、「サムウェア・エルス」に手を着けた。本作ではアンディ・バロウズも数曲共作している。ウェスト・ロンドンにあるブリティッシュ・グローヴでのセッションは、崇高で世界で通用するポップ・レコードを創り出すために彼らが自らのロックンロールのルーツに磨きをかける様子が見て取れた。

Qマガジンは、「オアシスの『デフィニトリー・メイビー』以来のベスト・ギター・アルバム」と絶賛。シングル「イン・ザ・モーニング」はチャートの2位、セルフ・タイトルのアルバムはリリースされるや否やアルバム・チャートの1位に輝いた。どのジャンルにも属さない曲でセカンド・シングルの「アメリカ」は、2006年と翌年の2007年全世界的なラジオヒットを記録し、ゆっくりと1位にへと上り詰めた。

セルフ・タイトルのセカンド・アルバムは、バンドを次のレベルへと引き上げた。イギリスではバンドは国民の関心事となり、タブロイド誌のフォトグラファーたちはジョニーとアンディを路上で追い掛け回した。ゴッシプ系のメディアはバンドのメンバー不和、ハリウッド女優のガール・フレンド、解散や喧嘩の噂、半分の真実に基づく判断、4分の1の洞察、願望というよりもユーモアのセンスに欠ける憶測で記事を書いた。

アリーナ・ツアーを通して観客動員数は増加し、アールズ・コートで連日行われたショウは売り切れ、レディング&リーズ・フェスティヴァルではヘッドライナーを務めるなど、バンドはミュージシャンとして毎晩成長し、団結を増した。しかし、スターダムへと上り詰めたことによる副作用は検証されていたわけではなかった。

レイザーライトのメンバーたちが、これがどのような助けとなるのか、その全てが何を意味しているのか、価値がどの方向に上昇するのか、疑問に思うようになるのは自然なことだった。2007年後半になると成功の霧を通リ抜けて松明の炎は現れ始めた。

「僕らは何度も何度も自分自身に何故音楽を作っているか問いかけたので、スタジオに入った時にその全てが爆発したんだよ」
ジョニーは言う。彼らは初めて時間を手に入れ、だから各メンバーは何をすべきかという答えを導き出すために各々の観点を手掛かりとした。アンディは温かく受け入れられたソロ・アルバム、“Color Of My Dreams”の曲を自宅の窓から外を眺めながら書き上げた。ビヨルンは地中海の島へギターとエフェクターを手に出掛けた。カールは音楽ファンに戻り、沢山の新しいバンドを観てまわった。ジョニーはスコットランドの西側に位置し、本土からフェリーで4時間掛かる人口まばらなヘブリディーズ諸島の外側の島に身を置いた。ノートだけを手にしたジョニーは、大西洋を吹き荒れる嵐に、そして神として島で起こる全てを目の当たりにし、『スリップウェイ・ファイヤーズ』の骨格となる楽曲を書き上げた。

「僕はノートとペンを持って出掛け、アルバムのための作品を書いたんだ」
ジョニーは言う。「最後の曲はメロディが際立っていて、アルバムの歌詞に合わなかった。でもこの考えは重要だと思っている。楽曲制作には趣旨(目的)を持たなければならないんだ」

物の数週間でノース・ロンドンにある元工場のスタジオで曲が作られ、エアー・スタジオでわずか6週間のうちにマスターが出来上がった。デジタルでの修正はほとんど行わず、バンドは人間味のある音楽に徹していた。

2008年の夏、ジョニーとアンディの作曲チームはプロデューサーのマイク・クロッセイと共に作品を生み出してきた。一時期は5人目のメンバーとも言われていたマイクの才能により今回のような想像力をもったアルバムが完成した。結果は素晴らしいものだった。『スリップウェイ・ファイヤーズ』は、試練を受け、私的もしくは公的な修羅場に対峙し、様々な苦悩を経た後にしか生み出すことが出来ないアルバムである。

幻想的なピアノ・バラード、「ワイヤー・トゥ・ワイヤー」はラジオ・ヒット曲の中で最も風変わりで、最も美しいものの1つだ。叙事詩的な「スティンガー」は扇動的な感情を解き放つ。「ホステッジ・オブ・ラヴ」は、ガリアのナルボンヌ出身のディオクレティアヌス帝付近衛兵(ローマ軍人)であったが、殉教者らに声をかけられたことがきっかけでキリスト教徒であることが発覚し、杭に縛られ無数の矢を射られて、瀕死の状態に陥った伝説的な聖セバスティアヌスよりも多くの矢を射られた感じの曲。上品に描かれた「60トンプソン」は感情をかき立てることに関しては完璧である。「タブロイド・ラヴァー」の鞭打つロックンロール、「バーベリー・ブルー・アイズ」や「ノース・ロンドン・トラッシュ」のとげとげしいハーモニーには、バンドの本質的なキラー・ポップ・ミュージックへの愛情が再び歌詞への凶暴な一撃の如く輝いている。

ほとんどのバンドは3枚目、4枚目のアルバムがリリースされる頃には音楽への情熱が消えて、バンドのネーム・ヴァリューのみで面白みを感じることが出来ない。しかし、レイザーライトはその方程式を覆すようなアルバム、『スリップウェイ・ファイヤーズ』で新たな道を切り開いた。松明で灯され、明るい星等に導かれ、進むべき道を進んで行ったのだ。

「もしみんながこれを僕らのクラシック・アルバムだって言うなら、それは凄いことだね」
ジョニーは言う。「僕らの3枚のクラシック・アルバムの1つだけどね」
「すごい人間になろうとする時、これらの曲を手にそこに立っている必要はないんだ。みんなの前で曲を演奏すれば良いんだよ。ただCDを再生して、パブで一杯引っ掛けるんだ」 アンディはコメントする。「これ位良い曲を書き上げたら、自負する必要なんてないだろ」 ジョニーは笑って答える。「僕らはアルバムの完成度にとても自信があるんだよ」