BIOGRAPHY

トリー・ケリー

シンガーでありソングライター、そして複数の楽器を操るマルチインストゥルメンタリストのトリー・ケリー。彼女がニュー・シングル「ノーバディ・ラヴ」を初めて友人たちに聴かせた時、そのリズムのきいた大音量のポップソングに友人たちは当初「えっ、なんかイメージと全然違うね」と口走ったという。「面白い反応だったわ。自分では、こういうスタイルの音楽をずっとやってきたつもりだったから。そう、都会的な香りのするポップスに、ローリン・ヒル風のヒップホップのエッセンスを加えた感じの音楽をね」とケリーは言う。そんな彼女が注目を集める最初のきっかけとなったのは、彼女自身の奏でる耳馴染みのよいアコースティック・ギターが主導の『ハンドメイド・ソングス』および『フォワード』という2枚のEPだった。「私の場合、まずは歌うことありきでやってきたけど、そのうちギターもそれだけで成立するようになったって感じね。『ノーバディ・ラヴ』みたいな曲は、ずっと頭の中にイメージがあって。これこそが自分の到達点だと確信していたの」

「ノーバディ・ラヴ」は、ケリーがリカード・ゴランソンおよびマックス・マーティンと共に書き下ろしたナンバー。マーティンはスウェーデン人のソングライター兼プロデューサーで、ここ10年以上に渡り、ビルボードのシングルチャートでNo.1を獲得するようなヒット曲を連発している人物だ。その中にはブリトニー・スピアーズやケイティ・ペリー、ピンク、テイラー・スウィフトの楽曲も含まれている。「マックスと仕事をしようとやって来た私に、彼は開口一番『君が望む曲を作りたい』と言ったわ。彼は私に対して、無理やり何かを与えようとはしなかった。とても協力的だったの。何を決めるにしても、必ず私の意見を聞いてくれた。多くのアーティストが彼と仕事をしたがるのもうなずけるわ。マックスは、その人のスタイルをきちんと引き出しては、それに磨きをかけ、世間が受け入れやすいようにしてくれるの」

マーティンは、この春キャピトル・レコードから発売されるケリーのデビュー・アルバムのエグゼクティヴ・プロデューサーも務めている。ケリーはまた、サヴァン・コテチャ、トビー・ガッド、クロード・ケリー、チャック・ハーモニー、ウルフ・カズンズ、そしてエド・シーランとも曲を作った。シーランとは、2013年11月に行なわれた彼のマディソン・スクエア・ガーデン公演で、ケリーが前座を務めたという経緯もある。そんな今回のアルバムだが、ケリーいわく、彼女自身のルーツからは逸脱していないという。「それに、単なるポップソングに移行するつもりもないわ。言うならば、ソウルフルで都会的な音楽と、メインストリームのポップスの持つ雰囲気との融合って感じ。その境地までたどり着くのは大変だった。でも、『ノーバディ・ラヴ』ができた時に、光が見えたの。これで完全にひとつにまとまったと思ったわ」

駆け出しの頃、自宅のベッドルームで曲を作っては、ネットに投稿していたというケリー。そんな彼女が、業界屈指のヒットメーカーであるマーティンと仕事をするに至るまでには、長い道のりがあった。米カリフォルニア州テメキュラで生まれ育ったケリー。両親は共にミュージシャンで、父親は歌手でベーシスト、母親はピアノとサキソフォンの奏者だ。「私の家では、音楽がかなりのウエイトを占めていたの」。そう振り返る彼女が、早い段階で影響を受けた1人が、ゴスペルシンガーのクリスタル・ルイスだ。「パパはいつも、彼女のレコードをかけていたわ。ジル・スコットやジェフ・バックリィ、そしてマックスウェルの音楽も。幼い私が家のあちこちで鼻歌を歌っているのを耳にしたパパが、きっと本物の実力派シンガーたちの音楽で私の頭をいっぱいにすべきだと思ったんでしょうね」

3歳で歌い始めたケリーは、10歳でテレビのタレント発掘番組『Star Search』に出演。2004年の『America's Most Talented Kids』では見事優勝を果たした。さらに12歳でドラムを叩きはじめ、15歳の誕生日プレゼントには音楽制作ソフト“ロジック”をおねだりしたという。これらの積み重ねがやがて『American Idol』のオーディションへとつながったものの、ファイナリストの24人には残れず。そこでケリーは、別のアプローチを試みた。オリジナルの曲を作り、自分のパソコンを使ってレコーディングを始めたのだ。そして2009年にはギターを手に、パラモアの「ジ・オンリー・エクセプション」を最初のカヴァー曲としてネット上にアップした。「ギターを手にカメラを見ながらカヴァー曲を歌うっていう、アーティスト志望のコミュニティがあることを知ったの」とケリー。「すごく興味をそそられたから、私も思い切ってやってみることにしたってわけ」

そして2012年、ケリーはフランク・オーシャンの「シンキング・アバウト・ユー」のカヴァーで大ブレイク。このカヴァー動画は話題を呼び、再生回数は2,200万を数えた。「クレイジーとしかいいようがなかったわ。あんなふうに注目を集めるとは思ってもいなかった。それが現実になって、はっきり悟ったの。私自身の音楽をもっと世界に発信していかなくちゃって」。ケリーのYouTubeチャンネルの登録者はこれまでに100万を超え、動画の再生回数は8,700万以上を記録。ケリー自ら曲作りやプロデュース、ミキシングを手掛けた、2012年リリースのEP『ハンドメイド・ソングス・バイ・トリー・ケリー』は、親しみやすい彼女の魅力も手伝い、サウンドスキャンのニュー・アーティスト・チャートでは6位に、ビルボードのヒートシーカーズ・チャートでは9位にそれぞれ初登場。同作はまた、iTunesのポップ・チャートでもトップ10入りを果たした。

ケリーは彼女自身の音楽への支持をより強固にすべく、地方のカフェでも公演をするように。Room 5で行なわれたロサンゼルスでの初ライヴには、アリアナ・グランデやジャスティン・ビーバーを手掛ける音楽マネジャーのスクーター・ブラウンの姿もあった。ケリーの甘く軽やかな歌声、優雅なギタープレイ、そして大胆で赤裸々な歌詞と軽やかなメロディの組み合わせの妙にすっかり魅了されたブラウンは、正式に彼女の代理人となり、キャピトル・レコードとの契約を確実なものとした。そして2013年の終わりに『フォワード』をリリース。“まだ見ぬ理想の男の子へのラヴソング”というシングル「ディア・ノー・ワン」の勢いも手伝い、『フォワード』はビルボードのアルバムチャートで初登場16位をマークした。音楽データベースのサイト<ALLMUSIC>は『フォワード』を、「ヴォーカリスト、そしてソングライターとして、繊細で情感あふれる表現力を妨げることなく、彼女自身のサウンドに新たな知性を加えている」と評価した。

ここ1年半ほど、ケリーは(ロサンゼルスのザ・トルバドールやザ・ロキシー、ニューヨーク市のバワリー・ボールルームにグラマシー・シアター、それにロンドンのブッシュ・ホールなど)主要都市でのソールドアウト・ライヴを敢行。同じくチケットが完売した9都市のアメリカツアーでもヘッドライナーを務めた。さらに、エド・シーランやサム・スミスのツアーもサポート。公演日程をすべて終えたケリーは、ニュー・アルバムの曲作りに着手し、今は“歌うたびに新鮮な息吹が感じられる”というナンバー「ノーバディ・ラヴ」がファンの耳に届くことに心を躍らせている。「この曲は、みんなが普段いかに次の何かを求めて慌ただしくしているかを歌った曲よ。私たちは常に、もっといいものを見つけようと必死でしょ。私はこの曲で、決してどこにも行かない何かを自分たちがすでに手にしていること、そしてその愛を求めて走り回る必要がないことがいかに素晴らしいかってことを伝えているの。中には、それに気づかない人もいるかもしれない。だけど、私がこの曲を歌って、聴く人をそういう気持ちに導くわ」

「またステージに立てるなんて、ワクワクしちゃう」とケリーは言う。「これまでずっと、曲作りに没頭していたんだもの。スタジオにこもっていたから、人との関わり方を忘れちゃうこともあるのよ。だからまた外に出て、みんなの前でパフォーマンスをするのが待ち遠しいわ。それこそが、私がいつも夢見ていることだから」