BIOGRAPHY

NINE INCH NAILS / ナイン・インチ・ネイルズ

Nine Inch Nails Official Photo By Baldur Bragson

<ナイン・インチ・ネイルズ> from L to R
ジョシュア・ユーステス/Joshua Eustis - bass, electronics, guitar
アイラン・ルービン/Ilan Rubin - drums, electronics, cello, guitar
トレント・レズナ―/Trent Reznor - vocals, electronics, guitar
アレッサンドロ・コルティーニ/Alessandro Cortini - electronics
ロビン・フィンク/Robin Finck - guitar, electronics


 1988年、オハイオ州クリーヴランドを拠点に、トレント・レズナーはナイン・インチ・ネイルズとしての活動を開始した。なお、バンドの体裁はとっているが、現在まで一貫してNINはトレント個人によるプロジェクトである。

1989年には、TVTレコーズからデビュー・アルバム『プリティ・ヘイト・マシーン』をリリース。以降、ライヴ活動を通じてジワジワと評判を集めていき、やがてファースト・アルバムは100万枚のセールスを記録する(※現在までにトリプル・プラチナムを獲得)。
 1991年にはジェーンズ・アディクションの解散ツアーとなった第1回ロラパルーザに参加し、折からのオルタナティヴ・ムーヴメントの一翼を担う存在として頭角を示す。この頃、所属レーベルのTVTとトラブルを起こし、裁判闘争の結果インタースコープへ移籍を果たした。また、同時に自らのレーベル=ナッシング・レコードを設立する。後年ナッシングからは、トレントが見出したマリリン・マンソンをはじめ、オウテカ、ポップ・ウィル・イート・イットセルフ、ザ・ザといったトレントお気に入りのアーティストがリリースされた。

 1992年、晴れて移籍第1弾となったEP『ブロークン』をリリースし、ビルボードで初登場7位を記録。このEPに関しては、元スロッビング・グリッスル/コイルのピーター・クリストファーソンによって『ブロークン・ムーヴィー』と呼ばれるショート・フィルムが制作されたが、あまりにも残酷な映像のせいで公開されることはなかった。同年には『ブロークン』のリミックス集『フィクスト』もリリース、これにはブッチ・ヴィグやジム・フィータス、コイルが起用されている。
 チャールズ・マンソンらが殺人事件を起こした現場である邸宅にて録音されたセカンド・アルバム『ザ・ダウンワード・スパイラル』を1994年にリリース。ラッセル・ミルズがアートワークを担当した同作品はビルボード初登場2位を獲得した。さらに同年に出演したウッドストック・フェスティバルにおける泥まみれのパフォーマンスは全世界に生中継され、多くの人々に衝撃を与えるとともにナイン・インチ・ネイルズの名を知らしめる。翌1995年には『ファーザー・ダウン・ザ・スパイラル』をリリース、『ザ・ダウンワード・スパイラル』のリミックス集であるこの作品には、リック・ルービンやエイフェックス・ツインらがリミキサーとして名を連ねた。
 90年代後半には、デヴィッド・ボウイから指名を受けての共同ツアー、マリリン・マンソンのプロデュース、過激すぎる内容のため日本では発売されなかった映像作品『CLOSURE』のリリース、さらにはオリバー・ストーン監督の『ナチュラル・ボーン・キラー』やデヴィッド・リンチ監督の『ロスト・ハイウェイ』といった映画のサウンドトラックに関わるなど活躍を続ける。特に『ロスト・ハイウェイ』に提供した楽曲「ザ・パーフェクト・ドラッグ」は、マーク・ロマネクの手がけたビデオ・クリップとともに絶賛された。シングルとしてリリースされた『ザ・パーフェクト・ドラッグ・ヴァージョンズ』には、ミート・ビート・マニフェスト、プラグ、ジ・オーブらによるリミックスを収録。

 一方で『ザ・ダウンワード・スパイラル』に続く新作は遅れに遅れ、待望のサード・アルバム『ザ・フラジャイル』が2枚組の大作となって全貌を現したのは、1999年9月となった。ジャケットのアートワークはデイヴィッド・カーソンが担当し、全米初登場1位を記録。その重厚で濃密な内容に関しては当初こそ賛否が別れたが、現在は多くの人に傑作として支持されている。また、恒例のリミックス・アルバムも『シングス・フォーリング・アパート』というタイトルでリリースされ、テレフォン・テル・アヴィヴやエイドリアン・シャーウッドらが参加。
 2000年1月にはフラジャイリティ・ツアーの一環として初来日公演が実現。この時のラインナップは、ロビン・フィンク(ギター)、ダニー・ローナー(ベース)、チャーリー・クロウザー(キーボード)、ジェローム・ディロン(ドラムス)。その後、本国で行なったフラジャイリティv2.0ツアーは、ライヴ作品『アンド・オール・ザット・クッド・ハヴ・ビーン』としてまとめられ、2002年になってDVD、VHS、CDでリリースされる。ちなみに初回限定2枚組CDには『スティル』と呼ばれるアコースティック作品が付属していた(※後に単体でも発売)。

 アルバム『ザ・フラジャイル』と、それをフォローするツアーに関連したプロジェクトによって、トレントは激しく消耗したが、2005年になって新作『ウィズ・ティース』とともに復活する。このアルバムではデイヴ・グロールが半数の曲でドラムを叩いており、セカンド・シングル「オンリー」のビデオ・クリップはデヴィッド・フィンチャーが監督した。また同時期には、長年マネージャーを務めてきたジョン・マルムを解雇し、これに伴ってナッシング・レコーズも消滅、ニューオリンズに構えたナッシング・スタジオも引き払われ、トレントはロサンゼルスに戻る。
 サマーソニック2005にヘッドライナーとして出演、2回目の来日を果たす。この時のメンバーは、アーロン・ノース(ギター)、ジョーディ・ホワイト(ベース)、アレッサンドロ・コルティーニ(キーボード)。日本に到着した直後、秋葉原の電気街にて撮影した坊主頭での写真を公式サイトにアップしたことも話題となった。「ライヴ:ウィズ・ティース」と題されたツアーは、途中ドラマー交替などを経ながらも2006年の秋まで続き、この模様を収録したライヴ映像作品『ビサイド・ユー・イン・タイム』も2007年2月にリリースされた。
 続けて同年4月には、ツアー中に作り上げたというアルバム『イヤー・ゼロ』を発表。インターネットを駆使した謎解きプロモーションが話題となる。直後の5月には単独再来日ツアーも行なわれた。また同年には、ザ・フェイント、クロノス・カルテット、フェネスらがリミックスを施した『イヤー・ゼロ・リミックスド』も発売される。このアルバムを最後にインタースコープとの契約を終了させたトレントは、インディペンデントなスタンスでの活動を模索し、2008年3月には全編インストゥルメンタルのアルバム『ゴースツ I - IV』を自主リリース。さらに4ヵ月後の7月にはアルバム『ザ・スリップ』を無料ダウンロードで公開した。

 何かを取り戻すかのような怒濤のリリースとともに、引き続きツアー活動も精力的に展開。「ライト・イン・ザ・スカイ」と銘打たれたツアーでは、過去最高とも言える凝ったステージ演出を実現する。ただし、この時のライヴを3Dで映像作品化する計画は、離脱直後のインタースコープと交渉が失敗し、頓挫してしまった。トレントは以降すべてのショウが撮影自由で、各自が勝手にライヴ作品を作ることを暗に奨励し、加えてプロショットのライヴ映像データをネット上に放流。ファンの有志はこの姿勢を受け、オリジナルのビデオ作品を完成させた。なお、この時のバンドは、アレッサンドロ・コルティーニとジョシュ・フリースは変わらず、ギターにロビン・フィンクが復帰、ベースにはジャスティン・メルダル・ジャンセンが参加したラインナップとなっている。
 2009年、さらにツアーを続行することに加え、この「ウェイヴ・グッドバイ」と題されたツアーをもって、NINの活動を終了すると宣言(※実際には、これまでのようなロック的な要素が濃いライヴを今後は行なわない、という意味だった)。ラスト・ツアーは、ロビン・フィンク、ジャスティン・メルダル・ジャンセンに加え、新たにドラマーとしてアイラン・ルービンを加えた4ピースで敢行され、この編成でサマーソニック2009にも出演した。途中でゲリラ豪雨に見舞われた千葉マリン・スタジアムでの壮絶なパフォーマンスは、未だに語り継がれる伝説的なステージとなっている。なお、同年9月に公開された塚本晋也監督の映画『鉄男 THE BULLET MAN』で、NIN名義の新曲がテーマ曲として提供されたことにより、先の活動終了宣言を誤解した「もうNINの作品は発表されないのでは?」という懸念はあっさり解消されることになった。

 NINとしての活動を休止している間に、トレントはマリクイーン・マンディグと結婚。妻との新プロジェクト=ハウ・トゥ・デストロイ・エンジェルズも始動させ、2010年にデビューEPをリリース。同年には『ウィズ・ティース』以来のスタジオ作業におけるパートナーで、ハウ・トゥ・デストロイ・エンジェルズの一員でもあるアティカス・ロスとともに、デヴィッド・フィンチャー監督の映画『ソーシャル・ネットワーク』の音楽を担当。このサントラは、ゴールデン・グローブ賞およびアカデミー賞に輝いた。続けてトレントとアティカスは、同じくフィンチャー作品『ドラゴン・タトゥーの女』でも音楽を手がけ、こちらはグラミー賞を受賞している。
 フー・ファイターズのデイヴ・グロールが監督したドキュメンタリー・フィルム『サウンド・シティ』に出演し、サントラにも1曲参加したり、そこで一緒にセッションしていたジョシュ・オム率いるクイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジのニュー・アルバム『ライク・クロックワーク』にゲスト参加などもしつつ、ハウ・トゥ・デストロイ・エンジェルズとしてのデビュー・フル・アルバム『ウェルカム・オブリヴィオン』を完成させ、2013年5月にソニー/コロムビアからリリース。同時にコーチェラ・フェスティバルで初ライヴも披露した。

 ハウ・トゥ・デストロイ・エンジェルズの活動にかぶせるようにして、トレント・レズナーはNINの活動再開、新作リリースなどを矢継ぎ早に表明。7月26日のフジロック・フェスティバルを皮切りに各地のフェスに出演後、秋からは北米ツアーもアナウンスされている。新生NINのライヴでのラインナップは、当初はギタリストにエイドリアン・ブリュー(キング・クリムゾン)、ベーシストにエリック・エイヴァリィ(ジェーンズ・アディクション)が参加すると報じられるも、ほどなくして不参加が決定。その後はロビン・フィンクが復帰し、アレッサンドロ・コルティーニとアイラン・ルービン、そしてテレフォン・テル・アヴィヴのジョシュ・ユースティスを加えた5人編成となっている。
 最新アルバム『ヘジテーション・マークス』は9月発売予定。先行シングル「ケイム・バック・ホーンテッド」も6月には発表され、同曲のビデオ・クリップはデヴィッド・リンチが監督を務めた。アルバム本編には、前述したエイドリアン・ブリューの他、フリートウッド・マックのリンジー・バッキンガム、名うてのセッション・プレイヤーとして知られるピノ・パラディーノらがゲスト参加している。また、新作のジャケット・アートは『ザ・ダウンワード・スパイラル』と同じくラッセル・ミルズが担当した。

 
 
 

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