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CDジャーナル掲載のインタビュー完全版を公開!

CDジャーナル2015年11月号に掲載されましたマックス・リヒターのインタビューの完全版を公開!単一の楽曲としてはレコーディング史上最長と言われる『SLEEP』についての真実が、より深く語られています。ぜひお読みください!

マックス・リヒター インタビュー
聞き手:前島秀国(サウンド&ヴィジュアル・ライター)

以下に掲載するのは『SLEEP』8時間ヴァージョンがデジタル・リリースされた直後の2015年9月上旬に行われたスカイプ・インタビューである。初出は「CD Journal」2015年11月号だが、字数の都合で割愛せざるを得なかった未掲載部分を今回新たに書き加え、全セッションを採録した完全版としてお届けする。



『SLEEP』の作曲について

――そもそも、『SLEEP』の作曲はいつ着想なさったのでしょう? 『25%のヴィヴァルディ』のプロジェクトの後でしょうか?

マックス・リヒター(以下、R):いえ、『ヴィヴァルディ』以前から作曲を始めていました。何年も前から、睡眠をテーマにした音楽の作曲に関心があったんです。睡眠は、私にとって一種のオブセッションと言えるかもしれません。

――子供の頃からですか?

R:ええ。もともと、眠ることが大好きでした(笑)。私以外にも、睡眠に魅了されたアーティストは多いですし、実際、睡眠はクリエイティヴなプロセスにおいても重要な役割を果たしてきました。睡眠中も、実は私たちの心は動いている。その心に向けて音楽を書いたらどうなるか? そんな疑問が『SLEEP』を作曲するきっかけとなったんです。

――先日、8時間ヴァージョン『SLEEP』と1時間ヴァージョン『from SLEEP』の両方を聴かせていただきましたが、8時間ヴァージョンのほうは全部で31のトラックから構成されていますね。これは、アリアと30の変奏からなるバッハの《ゴルトベルク変奏曲》を意識しているのでしょうか? それとも、単なる偶然なのですか?

R:もちろん《ゴルトベルク》を意識しています(笑)。

――8時間ヴァージョンの最初のトラック「Dream 1 (before the wind blows it all away)」は下降音形のベースラインで始まりますが、個人的には《ゴルトベルク》のベースラインの下降音形を連想しました。

R:おっしゃる通り、「Dream 1」は落ちていく(falling)ベースラインで書かれていますが、下降音形のベースラインを持つという点で、まさに《ゴルトベルク》と共通しています。バッハが《ゴルトベルク》の変奏の基になるベースラインを下降音形で書いたのは、リスナーを“寝落ち”(falling sleep)させることが目的だったからではないか、というのが私の考えです。作曲家としては、ごく自然な発想ですよね。実際、下降音形は物事を落ち着かせるというか、心を安らかにする心理学的効果がある。ですから、私もバッハと同じ文法に従い、下降音形のベースラインを使ったんです。


2種類のヴァージョンの違い

――8時間ヴァージョンは、5つの主題「Dream」「Path」「Patterns」「Return」「Space」のどれかに基づく変奏曲として作曲されているように感じました。実際、どうなんでしょう?

R:そのようにも解釈できますね。私自身は、8時間ヴァージョンを2つの変奏曲集――つまり「Dream」の主題に基づく変奏曲と「Path」の主題に基づく変奏曲――の組み合わせと考えています。それに対し、「Patterns」「Return」「Space」という3つの素材は、いわば“風景”の役割を果たしていると言ったらよいでしょうか。

――その3つの素材の中でも、「Space」はほとんど純粋なエレクトロ・ミュージックとして書かれていますね。

R:どのトラックにも何らかの形でエレクトロの要素が含まれていますが、「Dream」や「Path」が器楽中心で書かれているのに対して、「Space」はほとんどエレクトロだけで成り立っています。「Patterns」と「Return」は、その中間といったところですね。

――8時間ヴァージョンの最後のトラック「Dream 0」に到達すると、他のトラックと異なり、非常にクラシカルな要素の強い音楽に変わります。これは目覚めの音楽(wake-up music)を意識して作曲したのですか?

R:多少はね。最後の「Dream 0」に到達すると、それまでサウンドスケープの後景(バックグラウンド)で演奏していた器楽のアンサンブルが前景(フォアグラウンド)に登場し、ほとんど室内楽のような響きに変わります。そういう意味では、目覚めの音楽と言ってよいかもしれません。

――もうひとつ、1時間ヴァージョンのほうのアルバムですが、この中に出てくる「Dream 13」という陽気なトラックは、8時間ヴァージョンの中に対応する楽曲を見出すことが出来ませんでした。

R:その通り。8時間ヴァージョンのほうには全く含まれていない楽曲です(笑)。実のところ、1時間ヴァージョンと8時間ヴァージョンは完全に別の作品として作られています。1時間ヴァージョンに含まれていて8時間ヴァージョンにない音楽もあれば、その逆も然り。というのは、それぞれ目的が違うからです。1時間ヴァージョンが、意識がはっきりしている時に集中して聴いていただくアルバムだとすれば、8時間ヴァージョンは、言うなれば「音楽の中で生きてもらう」(be ihhabited)ためのアルバム。それぞれ異なる音楽体験を目指している以上、当然のことながら音楽の素材も大きく変わってくるわけです



脳神経学者イーグルマンの協力

――『SLEEP』の作曲には、ベストセラー『意識は傍観者である』の著者として知られる脳神経学者デイヴィッド・イーグルマンが協力したそうですが、具体的にはどのようなやりとりがあったのですか?

R:睡眠を妨げない音楽というものはどのように作曲すべきなのか、科学的な確認をとりかったので、イーグルマンに電話をかけて相談したんです。彼とは、英国ロイヤル・オペラで3年前に初演した私のオペラ『Sum』でコラボしたことがありますので、今回の作曲についてもざっくばらんに話し合い、睡眠とは何か、その機能とは何か、睡眠中に心の中で何が起きているのか、といった点を訊ねました。彼は非常に興味深い話をしてくれました。まず、我々は睡眠中に意識のスイッチを切っているわけではなく。実際には睡眠中も意識が忙しく働いているということ。もうひとつは、睡眠がいくつもの“パーツ”から成り立っているということ。例えば徐波睡眠(slow-wave sleep)と呼ばれるノンレム睡眠の時、脳はさまざまな情報を処理し、短いスパンの記憶や長いスパンの記憶を整理して、情報に意味付けを与えるんです。朝、目が覚めると、頭がすっきりし、それまで抱えていた悩み事の解決の糸口が見えたりするのが、それですね。さらに面白いのは、音楽が睡眠を促す効果をもたらす、という研究が存在すること。例えば、ミニマル・ミュージックの反復語法のような構造は、明らかに眠気を催させるのです。

――イーグルマンの『意識は傍観者である』を読みましたが、その中で彼は「人間の意識は二面性がせめぎあっている」と述べていますね。

R:非常に魅力的な主張ですよね。彼によれば、我々の心の中は、アクセス困難な巨大な領域が存在している。ある意味で、我々は相反する領域を抱えた二重人格者と言えるでしょう。『SLEEP』は、その2つの領域を橋渡しする音楽として作曲したんですよ。


サティとワーグナーの影響

――『SLEEP』のライナーノーツの中で、バッハの《ゴルトベルク》の他、マーラーの交響曲第7番、モートン・フェルドマン、ラ・モンテ・ヤングらのミニマリスト、それにピンク・フロイドからインスピレーションを受けたとお書きになっていますね。長大で眠くなる音楽という特徴から言えば、エリック・サティの《ヴェクサシオン》とワーグナーの《パルジファル》から受けた影響もあるんですか?

R:もちろん、サティからもインスパイアされました。サティは、最も興味深い作曲家のひとりだと思います。言うまでもなく「家具の音楽」の提唱者ですし、その概念からアンビエント・ミュージックが生まれ、多くの追随者が生まれました。そういう意味で、サティは預言者的な存在だと言えるでしょう。しかし、同時に彼は大きなパラドックスを抱えていた。つまり、彼は音楽をBGM用に作曲したのに、その音楽が美しすぎるので、誰も聴き流すことが出来ないんです(爆笑)。《ヴェクサシオン》は、さすがに840回の反復を忠実に守った18時間の全曲演奏は聴いていませんけど、その数時間ぶんだけ聴いても、ひとつの音楽作品として非常にショックを受けました。《ヴェクサシオン》という曲名が示しているように、彼の作曲意図は“いやがらせ”なのですが、あるコンサートで数人のピアニストが交代で演奏するのを聴いた時、ピアニストが変わるたびに音楽の性格がガラリと変わる。その変化にとても惹かれて、全く興味がつきなかった。サティは「いやがらせ」を目的に書いたのに、実際の演奏には「反いやがらせ」(anti-vexation)だったというわけです(笑)。

――《パルジファル》はどうでしょう?

R:大好きな作品ですよ。《パルジファル》のこと、『SLEEP』のライナーノーツに書き忘れちゃったかな(笑)。ワーグナーの中でも最も好きな作品のひとつですし、特に和声語法が素晴らしいです。もっとも、ワーグナーというのは常に何らかの政治的問題を抱えていますし、《パルジファル》にも非常に奇妙な政治性が含まれている。しかし、楽譜に書かれた音符の話に限れば、調性の巧みな扱い、音楽構成の素晴らしさ、長大な時間感覚と、その美しさは比類がないですね。

 

『SLEEP』の生演奏、映画音楽の作曲

――3週間後の9月26日には、ロンドンで8時間ヴァージョンの世界初演をなさるそうですね。

R:ええ。ただし、BBCのラジオ生放送用なので、ごく限られた数の聴衆を小さな会場に招いた演奏になります。出来れば秋にベルリンあたりで、もっと大きな会場で演奏したいですね。

――しかし、8時間ヴァージョンを実演でやるとなると、大変なハードワークになりそうです。

R:確かに。ですから、いま生演奏をどのように構成していくか、あれこれプランを練っているところなんです。何しろ、いったん演奏が始まるとノンストップなので、自分が休憩できる場所をうまく作らなければなりません(笑)。

――『SLEEP』から話が逸れますが、ここ最近は『コングレス未来学会議』『Into The Forest』『LEFTOVERS/残された世界』と、SFを題材にした映画・テレビの音楽の作曲が続いていますね。意識的にそうした作品を選んでいるのですか? それとも偶然なのでしょうか?

R:映画音楽を引き受ける場合はさまざまな要因が絡んでくるので、一概には何とも言えないのですが、いま挙げていただいた3本に限って言えば、すべて「問いかけること」(questioning)がテーマとなっています。まず『コングレス未来学会議』に関しては、以前『戦場でワルツを』でコンビを組んだアリ・フォルマン監督の新作ですので、作曲を引き受けました。アイデンティとは何か、アーティストの役割とは何か、アーティストの内面における作品と私生活の葛藤を描いていますが、物語は非常に複雑な構成となっており、一種のSFと呼ぶことが出来るしょう。『Into The Forest』(注:ジーン・ヘグランド原作『森へ―少女ネルの日記』の映画化)も同様に多くの問いかけを投げかける作品で、近未来に起こりうる出来事を個人的な視点から描いた作品です。特にエレン・ペイジの演技が素晴らしいので、作曲を引き受けることにしました。『LEFTOVERS/残された世界』は非常に良く出来たテレビドラマで、『LOST』も手がけたクリエーターのデイモン・リンデロフや、脚本のトム・ペレッタなど、スタッフも優秀な人材に恵まれていますし、物語そのものが非常に興味深いので、ぜひ引き受けたいと思いました。このように、自分がそこに何か共感できるものが存在するが、自分が貢献できる要素は何か、そこを見極めて作曲依頼を受けるにしていますが、一般的に言って、映画音楽の仕事は難しいですね。

――でも、基本的には「問いかける」映画がお好きだと。

R:そういうことになりますかね(笑)。


「ポスト・クラシカル」の由来に

――ところで、リヒターさんは10年前に「ポスト・クラシカル」という用語を音楽の分野で初めて使ったことでも知られていますね。現在、「ポスト・クラシカル」はヨハン・ヨハンソンやオーラヴル・アルナルズといったアーティストの音楽の紹介にも使われていますけど、そうした状況をリヒターさんご自身はどのようにご覧になっていますか?

R:もともと「ポスト・クラシカル」は、マスコミ向けの一種のジョークとして使ったのが最初なんです。当時、マスコミは我々の音楽のことを「ネオ・クラシカル」と呼んでいた。でも、私なんかが“ネオ・クラシカル”と聞くと、プロコフィエフやストラヴィンスキーなど、20世紀前半の新古典主義を連想してしまうんですよ。だから「我々の音楽は新古典主義ではない」という意味で、冗談半分に思いついたのが「ポスト・クラシカル」だったんです。私がこの言葉で伝えたかったのは、これまで楽譜の形で残されてきたクラシック音楽に多くを負っている一方、電子音楽やポスト・ロックの影響も受けている、という点です。人々がある音楽をひとつの言葉で表現する場合、その音楽の特徴を正確に説明出来ていないと、その言葉は多かれ少なかれ消えていく運命にあると思いますが、「ポスト・クラシカル」に関しては何とか生き残っているような感じでしょうか(笑)。

――リヒターさんご自身も含め、「ポスト・クラシカル」のアーティスト全般にはミニマル・ミュージックの影響が顕著に聴かれるという共通点があるように感じられます。

R:私の場合は作曲を学んでいた学生時代にミニマル・ミュージックと出会うまで、だいたい音楽史の流れに沿ってクラシックを聴いていました。後期ロマン派の後はストラヴィンスキーと新ウィーン楽派が来て、それからブーレーズやシュトックハウゼンの前衛が続く……みたいな感じで。そして、ジョン・ケージを中心とする1960年代のニューヨーク楽派の音楽と出会った瞬間、音楽そのものの概念、音楽史の概念が全く別物に変わったと感じました。でも、その一方で、私は調性音楽の可能性にもずっと魅了されてきました。よく、前衛の登場と共に調性が終わったと言われますが、そもそも説得力を持たない主張ですし、そんな主張に哀れみさえ感じます。プロコフィエフ曰く、「ハ長調で書ける作品はまだまだたくさん存在する」(笑)。全くその通りだと思いますね。そういう文脈の中で私はミニマルと出会い、小さなブロックから成り立っているパターン・ミュージックに興味を覚えたのです。私の場合は大学でクラシックの訓練を受けたり、ルチアーノ・ベリオに師事したりした後でミニマルと出会いましたが、いまの若い世代は、そういうクラシックの経験なしに、コンピューターから直接パターン・ミュージックを作っているのではないかと思います。つまりダンス・ミュージックやエレクトロ・ミュージックで使われている、シーケンサーの影響ですね。私のようなミニマルに影響されたパターン・ミュージック、それからシーケンサーに影響された若い世代のパターン・ミュージック。その2つの流れの合流点が、現在の「ポスト・クラシカル」の状況ではないかと思っています。



来日公演の可能性

――昨年2014年はアルバム『Memoryhouse』のライヴ・ヴァージョンを世界初演なさったり、今年2015年はアメリカツアーもなさっていますが、しばらくご無沙汰だった日本公演の可能性はあるのでしょうか?

R:まだまだ解決しなければならない問題がありますが、出来ることならば来年あたりに実現させたいですね。

――もし実現したら、『Songs From Before』の朗読パートで引用した村上春樹のテキストを、オリジナルの日本語に戻して演奏する、なんていうこともあり得るのでしょうか?

R:それはいいアイディアですね! 凄く面白いと思う。日本公演が実現したら、ぜひやってみたいですね。どんな音楽でも、実際にリスナーがその曲を聴かなければ、その音楽は存在していないも同然です。私はレコードでもライヴでも、リスナーと音楽が出会う場所にとても興味がある。音楽を自分で発見すること、そこからまず音楽が生まれてくると思います。

――最後の質問です。毎日とてもお忙しいと思いますけど、1日平均、何時間ぐらい睡眠をとられているのですか?

R:とにかく睡眠が大好きなので、できるだけ長く眠るようにしています。8時間確保できるとは限りませんけどね(笑)。

――ありがとうございました。

 

 

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