吉田拓郎「今日までそして明日からも、吉田拓郎 tribute to TAKURO YOSHIDA」
吉田拓郎「今日までそして明日からも、吉田拓郎 tribute to TAKURO YOSHIDA」

商品内容

「今日までそして明日からも、吉田拓郎 tribute to TAKURO YOSHIDA」
■発売日: 6月7日(水)
■形態:CD1形態
■価格:2,800円(税別)
■収録曲:12曲

【収録曲】
1.奥田民生「今日までそして明日から」
2.chay「結婚しようよ」
3.Mrs. GREEN APPLE「流星」 
4.寺岡呼人feat.竹原ピストル「落陽」
5.鬼束ちひろ「夏休み」
6.一青 窈「メランコリー」
7.井上陽水「リンゴ」 ※既発音源
8.髙橋真梨子「旅の宿」※既発音源
9.德永英明「やさしい悪魔」※既発音源
10.織田哲郎「おきざりにした悲しみは」
11.THE ALFEE 「人生を語らず」
12.ポルノグラフィティ「永遠の嘘をついてくれ」

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収録楽曲/参加アーティスト
(楽曲解説/音楽評論家:田家秀樹)

「今日までそして明日から」奥田民生

やはり企画した時からの人選だったのが奥田民生。吉田拓郎とは広島の同じ高校の先輩後輩。年齢差は19才。オリジナルは71年のシングル。エレックレコードからCBSソニーへの移籍第一弾だった。
ハモニカとギターというシンプルなスタイルの心象風景の吐露。奥田民生ならではの飾らない力強さにリスペクトが込められている気がする。拓郎が卒業した広島修道大学(当時商科大学)にこの曲の歌碑がある。


--アーティストコメント--
高校の先輩のトリビュートアルバムに参加できる人間が、
世の中に何人いるでしょう?と、しみじみ思っています。
ありがとうございました。
奥田民生
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「結婚しようよ」chay

意外性という意味では90年生まれの彼女もそんな一人だ。武部聡志曰く「でも、彼女のお父様がその頃の音楽が好きで、色々聞いてたそうです。この曲は僕が選んだんですが、彼女も歌うならこれと言ってくれたんです」。72年1月発売、長髪のプロポーズソング。歴史が変わった一曲だ。オリジナルのカントリータッチが軽い8ビートに生まれ変わった。武部聡志の師匠・松任谷正隆が初めて拓郎のレコーデイングに参加した曲でもある。


--アーティストコメント--
この度、吉田拓郎さんのトリビュートアルバムに参加させていただき、とても嬉しく光栄に思います。
『結婚しようよ』は、長年歌い継がれている名曲だからこそのプレッシャーがありましたが、尊敬する武部聡志さんや素晴らしい ミュージシャンが奏でる気持ちの良い音とグルーヴに身を任せて自分らしく歌うことが出来ました。
お互いが自然に惹かれあい、愛し愛されプロポーズをされるという微笑ましい情景を思い浮かべ、 思わず私も「エクボ」が出てしまいました。武部聡志さんのアレンジによって、原曲とは一味違ったロックテイストの「結婚しようよ」を楽しんで聴いて下さい。
chay
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「流星」Mrs. GREEN APPLE

このアルバムの最大の収穫がこの曲ではないだろうか。武部聡志が「今、一番気になっているバンド」というMrs. GREEN APPLEは、2015年にメジャーデビューした5人組。ヴォーカル、ギターとソングライテイング担当の大森元貴は何と1996年生まれ。拓郎とは50才違う。バンドがアレンジして武部聡志がストリングスを書いた。オリジナルは79年のシングル。発売時よりもその後の評価が高い。まさに世代を超えて届いた歌だ。


--アーティストコメント--
今回、名だたる方々の中で僕たちMrs. GREEN APPLEが吉田拓郎さんの楽曲をカバーさせて頂けるというのはもう本当に信じられないくらいにとても嬉しく、光栄です。
僕の父が吉田拓郎さんの大ファンで、本当に喜んでくれています。
それがまたとても嬉しく思います。
Mrs. GREEN APPLE 大森元貴
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「落陽」寺岡呼人feat.竹原ピストル

ツアーでは欠かせない定番曲。しかも初出となった73年のライブアルバム「LIVE73」で弾いた高中正義のギターのフレーズが曲の代名詞のように定着している完成度の高い曲。プロデュースは寺岡呼人。彼が連れてきたのが竹原ピストルだった。体当たりな弾き語りライブに評価がうなぎ昇りの76年生まれ。男っぽさという側面でのうってつけの人選だろう。スチールギターを入れたカントリータッチが新しい旅の味を出している。


--アーティストコメント--
同じ広島の大先輩、吉田拓郎さんのトリビュートに参加させて頂き、ありがとうございます。
そして「『落陽』を竹原ピストル君の声で聞きたい」その希望が実現するなんて、こんなに嬉しい事はありません。
永遠の名曲を目一杯リスペクトさせて頂きました!
寺岡呼人

拭い去りようのない緊張もそのままに、とにかく精一杯歌わせていただきました。
寺岡呼人さんにお声掛けいただいたことも含め、ただただ光栄です。
この貴重な経験に恥じぬ音楽活動をしていけるよう、精進していこうと思います。
本当にありがとうございました。
竹原ピストル
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「夏休み」鬼束ちひろ

男性の曲を女性が歌う。彼女も意外な人選ということになるだろう。壊れそうな繊細さで知られるシンガーソングライターが教科書にも載っている初期のスタンダードを歌った。71年のライブアルバム「オンステージ・ともだち」の中で初披露。自分の小学校時代のことを歌っている牧歌的な曲。「彼女の方からこれが歌いたいと言ってきた」のだそうだ。華麗なバンドサウンドは絵日記のようだった原曲に大人っぽい彩りを与えている。


--アーティストコメント--
両親が吉田拓郎さんの歌をよく聴いてました。
いい親孝行になりました。
鬼束ちひろ
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「メランコリー」一青 窈

ソングライター、吉田拓郎の中でも名曲に上げられるのがこれ。76年、オリジナルの歌手は梓みちよ。都会の女性の憂いを湛えたメロデイーは“女歌”の書き手であることを証明した。武部聡志は「ポルトガルのファドのような世界にしようと思った」と言った。彼が「拓郎さんに出会ってプロデュースワークが変わった」という例が一青窈。「ともかく強いメロデイーを意識するようになった」。この曲はそんな二人だからこそだろう。


--アーティストコメント--
なんて劇場型の女を格好良く描いた曲なんだろうと思って
なにがなんでもこの曲を歌いたくて武部さんにアレンジをお願いしました。
ポルトガルのロカ岬を望む酒場で
ひとり、女がワイングラスを片手に佇んでいる様子をイメージして
少しスパニッシュ風にアプローチしてみました。
さようならなんて言うつもりじゃなくて
まるで誰かに言わされたみたいに
とつと口をついて出た事があなたにもあるはず。
最果ての場所に行ってみたくなる時が女にはある
そんな女のための応援歌だと思います。
一青 窈
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「リンゴ」井上陽水

吉田拓郎と井上陽水。動の拓郎と静の陽水と言われ並び立ったJ-POPの両輪。何かと比較もされたライバル的関係でもある。オリジナルは72年発売の「元気です」収録。年間チャート2位の大ヒットアルバム。2分足らずでありながら、字余りソングと言われた言葉のスピード感、ビート感に満ちたトーキングブルースのような曲調が衝撃的だった。彼がこの曲をという選曲もさることながら、こんなボサノバな曲になったのも驚きだ。


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「旅の宿」髙橋真梨子

たゆたうような幻想的なピアノとアコーステイックギター。イントロだけで何の曲かを判別するかは至難の業だろう。しかも歌っているのは女性である。男の旅のロマンテイシズムを体現する代表的な曲が、女性が歌ってもそうなのだということを証明している。オリジナルは72年発売のシングル。「結婚しようよ」が爆発的にヒットした次のシングル。5週間連続で一位を記録した。アルバムは同年の「元気です」収録。


--アーティストコメント--
昔から大ファンな拓郎さんは会うと頼れる兄貴のようで本当に優しく、愛情あふれる温かな方です。
拓郎さんが歌う哀愁あふれるこの歌を
女性の目線からみた情景として歌ってみたいと思い2年ほど前にカバーさせていただきました。
髙橋真梨子
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「やさしい悪魔」德永英明

吉田拓郎はカバーアルバムを最初に一位にしたアーテイストであることはあまり知られてない。77年のアルバム「ぷらいべえと」は、セルフカバーも含むカバーアルバム。キャンデイーズが歌ったこの曲も収録されている。彼女たちの曲の中で最高傑作と評価の高いのがこの77年の曲。デモテープから拓郎自身の三声のコーラスが出来上がっていたという。德永英明は、拓郎のバージョンを基に歌い直している。


--アーティストコメント--
吉田拓郎さんとのレコードでの出会いはかなり遅くて『シンシア』が最初だったようです。
今回は『やさしい悪魔』をカバーさせていただきました。
キャンディーズというより吉田拓郎さんの口調に近い譜割で歌わせてもらった記憶があります。
拓郎さんと『やさしい悪魔』でコラボできる日を待ちわびております。
德永英明
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「おきざりにした悲しみは」織田哲郎

その人がどんな風にその曲に思い入れをしているか。その強さがにじみ出ているのがこれだろう。武部聡志曰く「最初は、プロデューサーとして参加してもらおうと思ったんです。シンガーは彼に別の人を連れきてもらおうと。でも、自分で歌いたい、この曲を歌いたいという彼の強い希望でこうなりました」。「旅の宿」の後のシングル。決してシングル向きとは言えない苦みのある曲。織田哲郎は1958年生まれ。吉田拓郎と一回り違い。思い入れ以外の何物でもなさそうだ。


--アーティストコメント--
拓郎さんの曲をカバーする。
これは私にとってなかなか過酷なチャレンジでした。
ずっと言っていることですが『歌』とは結局のところ『声』です。
声の説得力。
それがもっとも重要であり、他の要素なぞすべておまけみたいなものです。
そして日本のシンガーで声の説得力が最もあるのは拓郎さんである、というのが持論です。
それをカバーだと?なんと大それたことを。
でも、させてもらっちまいました。私なりに。
拓郎さんに最大の愛とリスペクトを込めて。
最初普通に歌ったら「なんだか違うな?」と思い、結局10時間酒を飲み続け、仮眠してすぐ歌ったテイクがこれです。
実は普段から泥酔すると、この歌がいつも脳内で鳴っていました。
そんな私の脳内で鳴っていたサウンドに近いものが出来たと思います。
織田哲郎
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「人生を語らず」THE ALFEE
武部聡志がこのアルバムを企画した時に、欠かせないと思った一組がTHE ALFEE。公私ともに親交の深さでも知られている。彼らが選んだのは、74年のアルバム「今はまだ人生を語らず」のメイン曲。「自分たちのステージでもやれるような三声のコーラスに出来る曲にしたいということでした」。代名詞のようだったシンセサイザーのイントロはハードロックギターとプログレッシブロックのようなコーラスになった


--アーティストコメント--
人生を語らず…僕らが拓郎さんに出逢ったのは80年代初頭。
海のものとも山のものとも知れない3人を、拓郎さんは目をかけてくれた。あるとき拓郎さんが『いいか、絶対にお前らは売れる!だから今をガンバレ!』『本当ですか?』『あぁ本当だ!ただし、音楽以外でな!』『……』。
瞬間、倒れそうになったが何とか3人でこらえた。
夜になれば、お酒の飲み方や、素早い店の移動など僕らは拓郎さんから、色々な事を学んだ。そんな、拓郎さんは今でも変わらない。
僕らの前には常に、人生を語らず…吉田拓郎さんがいる。
THE ALFEE 高見沢俊彦
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「永遠の嘘をついてくれ」ポルノグラフィティ

参加者の顔ぶれのバラエテイと選曲の意外性という点では、この曲も双璧だろう。オリジナルは95年発売のアルバム「LONG TIME NO SEE」。作詞作曲は中島みゆきである。作詞と作曲を別個に依頼したことはあっても両方を一人のアーテイスト、しかもシンガーソングライターに依頼したのは初めてだった。中島みゆきからのラブレターという解釈もある。

※この曲はシンガーとしての吉田拓郎にフォーカスを充てた作品である。ポルノグラフィティの二人が、吉田拓郎のヴォーカルに魅力を感じ、選曲してくれたSpecialなTrackです。


--アーティストコメント--
広島の大先輩の作品をカヴァーさせてもらえるなんて、身に余る光栄であります。
お二人のレジェンドで紡がれた作品は、あまりにも眩しすぎるのですが、それに少しでも近づけるよう、魂込めて歌わせて頂きました。
ポルノグラフィティ 岡野昭仁

トリビュートに参加させて頂いてありがとうございます。
自分たちにはない世界観で、とても楽しくレコーディングができました。
ポルノグラフィティ 新藤晴一
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企画制作プロデューサー:武部聡志 コメント

2016年4月に70歳、古希を迎えられた吉田拓郎。言わずもがな、日本のポップス史を語る上で欠かすことの出来ないパイオニアである 。
そんな拓郎さんのお祝いをトリビュートアルバムという形でさせて欲しいと 申し入れたのが2016年1月。いつものように眼鏡の奥から優しい目をのぞかせつつもクールに「武部に任せたよ、好きなようにやりなよ」と言って貰えました。それから1年半がかりでこのアルバムが完成することになり、感無量です。
彼が生み出してきた名曲の数々を、世代を越えたアーティスト達が新しい解釈でパフォーマンスする華やかなアルバムに仕上がったと思っています。
いわゆるJポップ以前の日本のロック・フォーク・ニューミュージックなどの流れを切り開き、あとに続くアーティスト、ミュージシャン、スタッフ、あらゆる音楽に関わる人々に影響を与えた吉田拓郎。 僕自身、彼と出会った事で、その後の音楽人生が大きく変わりました。そして、音楽に対する情熱を持ち続けることの大切さを教えられました。
吉田拓郎と同じ時代を生きた世代から吉田拓郎を知らない世代まで、このアルバムに収められた曲達を「今」の作品として楽しんで頂けたら嬉しいです。
拓郎さん!!これからも元気で、ますますロックな吉田拓郎でいてくださいね!!

 

企画制作プロデューサー 武部聡志 × 音楽評論家 田家秀樹

 一般的に言って、トリビュートアルバムの意義は“継承と発見”にあるのだと思う。そのアーテイストの何が素晴らしくて、どこに影響されたのかを様々な形で受け継いでゆく。時には楽曲という次元に留まらず、生き方や感じ方、人間性というところまで広がってゆくこともあるのが“継承”だろう。
 “発見”というのは、そうではない。“再生”と言ってもいい。リアルタイムでの聞かれ方や受け止められ方とは違う新しい解釈で、次の時代にその魅力を伝えてゆく。“継承”も“発見”もそれぞれがバトンタッチでありながら作品の形が変わってくる。2000年代のJ-POPシーンの牽引者の一人であり2012年以降の吉田拓郎のツアーバンドのリーダー、武部聡志プロデュースのこのアルバムは典型的な後者だろう。

「華やかにしたいと思ったんですね。拓郎フォロワーと言われる人たちが歌う男の歌、というアルバムは今までもあったと思うんですが、そうじゃないものにしたかった。拓郎さんの音楽は武骨さとか力強さがクローズアップされることが多い中で、そうじゃない面。繊細さとかロマンチックな要素。メロディーの持つ情感とか、歌詞と一緒になった時に生まれる世界が、そういう男っぽさではない、とっても繊細なものなんだということを再認識しました」。

 70年代に思春期を過ごした世代で吉田拓郎に影響されなかった人はいないのではないだろうか。彼の曲を弾きながら歌うことで初めてギターを手にしたという人は多いはずだ。彼の思い切りのよい歌いっぷりとステージでの気迫に満ちたありように魅せられたのは男性の方が多かったかもしれない。このアルバムが伝えようとしているのは、そうした吉田拓郎ではない。シンガーソングライターとは自分の歌やメロディーを自分で歌う人のことでもある。そのパイオニアの作品から歌を外した時に何が見えてくるのか。

「最初にやらせて欲しいと言ったのが一昨年の暮れ。誰もが思い浮かべる拓郎フォロワーという人たち以外にも参加してほしいと思ったんで、人選に時間がかかりましたね」

 同世代の井上陽水や髙橋真梨子、最も影響を受けた世代のTHE ALFEEや德永英明、織田哲郎、広島の後輩の奥田民生、ポルノグラフィティや寺岡呼人、彼が起用したという竹原ピストル。女性シンガーソングライターの鬼束ちひろや一青 窈、更に20代のchayやMrs. GREEN APPLE。吉田拓郎との年代差は、丸々50年ある。そして、音楽のジャンルも違う。キーボーディストならではのアプローチに原曲が思い浮かばないくらいに生まれ変わった曲もある。

「拓郎さんの楽曲は、彼がギターを弾いて作ったが故のシンプルな力強さがありますけど、鍵盤中心にアレンジするとコードもチェンジするだろうし、お洒落なアレンジになる。今回はギターサウンドがあまりないから面白い。僕が拓郎さんのライブで演奏する時は、絶対にこういうアレンジではやらないだろうなというアプローチだから良かったんだと思います。ヴォーカリストのカラーが出るようにしたかった」

 武部聡志は、1957年生まれ。還暦になったばかりだ。音大の学生の時からプロの世界に足を踏み入れていた彼にとって吉田拓郎は、遠い存在だったと言った。今は、そうではない。「96年のテレビ番組「LOVE LOVEあいしてる」で出会って、その後の音楽人生が大きく変わった」とまで言う。

「それまではサウンド志向でしたからね。テクニカルなことを求めていた。でも、音楽で大切なのは難しいことをやるのではない。テクニカルなことでは人の心は打たない、音楽の力というのはそういうところにはないと気づかせてもらった。音楽に対する情熱。すべてにおいで音楽ありき。それ以降の僕のプロデユースワークは変わりました」

 70年代以降の日本の音楽を語る上での最重要人物が吉田拓郎と松任谷由実であることに異論を唱える人はいないだろう。武部聡志がユーミンのライヴ音楽監督を担当して30年以上になる。それぞれの音楽を知り尽くしているという点では彼以上の人はいない。

「今回、改めて思ったのは、ユーミンはシンガーソングライターとしての“ユーミンの色”みたいなものが際立っているんで、ユーミンのトリビュートアルバムは、その人の色にならない曲が多い。拓郎さんの曲は解釈でどうにでもなる曲が多い気がしたんです。世の中的には、“吉田拓郎の声”として届いている曲でも、もっと色んな魅力がある。ロックでもないし歌謡でもない。ポップスとして歌い継がれてゆく曲にしたつもりです。今の音楽として、エンターテインメントとして楽しめる音楽だと思います」

 吉田拓郎の曲は多岐に渡っている。彼が未だに「自分はフォークじゃない」というのは、そうやって一括りにされてきたことへの意思表示だろう。彼がなぜそのことにこだわり続けているのかの一つの証明がこのアルバムではないだろうか。どんなアレンジにも対応するジャンルを超えたメロディーメーカーとしての懐の深さ。“吉田拓郎”は様々な形で語られている。でも、彼の音楽そのものは、まだほとんど語られていないのではないだろうか。そう思わせてくる新しい発見と可能性に満ちたアルバムなのだと思う。

 

 

吉田拓郎プロフィール

1946年4月5日生まれ、鹿児島県出身。1970年デビュー。
1972年1月にリリースしたシングル「結婚しようよ」はヒット・チャートの2位にランクされ、50万枚を超す大ヒット。同年6月リリースのシングル「旅の宿」はチャートの1位を記録、売上げ60万枚を記録。さらに同年7月発売のアルバム「元気です」では、アルバム・チャート第1位を13週独占する。
1975年には、小室等、井上陽水、泉谷しげるとともにアーティスト自らがつくるレコード会社“フォーライフレコード”を設立したことでも知られる。日本音楽史の中でシンガーソングライターの地位を確立させ、今でも多大な影響力をもつミュージシャンのひとり。2016年、2年振りとなる首都圏ライブツアー「ブルボン presents 吉田拓郎 LIVE 2016」を開催し、10月27日に千秋楽公演を迎えた。

 

外部リンク

・吉田拓郎オフィシャルサイト

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