BIOGRAPHY

JANE BIRKIN / ジェーン・バーキン


JANE BIRKIN 1946年12月14日ロンドン生まれ。17歳の時グレアム・グリーンの戯曲「彫刻の 像」で初ステージを踏む。「007のテーマ」で知られる作曲家ジョン・バリーの薦めもあり、ミュージカル「パッション・フラワー」で初めて舞台で歌う。 19歳でバリーと結婚。リチャード・レスター監督「ザ・ナック」で映画に進出。後にカンヌ映画祭グランプリを受賞するミケランジェロ・アントニオーニ監督 の「欲望」に出演。バリーとの結婚が終わり、1967年に長女ケイトを出産した後、フランスに移住。ピエール・グランブラ監督に映画「スローガン」の主役 として抜擢され、セルジュ・ゲンスブールと衝撃的な出会いを果たす。
 二人はパリに居を構え、1969年に発表した「ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ」の計算し尽くされたエロティシズムが世間の注目を集める。今にも壊れ てしまいそうな、儚げで、か細い声――それが彼女のブランド・イメージとなり、セルジュはこれを最大限に生かそうと彼女のために曲を次々と生み出す。セル ジュとの生活は12年間続き、常に大衆とメディアに話題を提供した。1971年に二人の間に生まれた娘シャルロットは、現在女優として活躍中。この間 ジェーンは30本あまりの映画に出演。数多くのコメディ、ドラマ、サスペンス作品の中でも、セルジュ初監督映画の「ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ」 (1976)は傑作と名高い。また、映画と平行して歌手としても4枚のアルバムを発表。1978年の『想い出のロックン・ローラー』でそのキャリアの頂点 に立つ。
 80年代初頭、ジェーンは転換期を迎える。セルジュとの別離をきっかけに、彼女は自分とは似ても似つかない"尻軽英国娘"のイメージを払拭することを心 に決める。ジャック・ドワイヨン監督の「放蕩娘」や「ラ・ピラート」などの文芸作品に出演するようになり、経験に裏打ちされた深みのある演技をみせる。ド ワイヨンとは1982年、三女ルーをもうける。また、セルジュが彼女のために作り続ける歌は、重みのある、複雑で繊細なものへと変化をみせ、1983年発 表のアルバム『バビロンの妖精』はACCディスク大賞を受賞。女優業は次第に寡作になるが、かわりに自分の内に秘めた新たな才能の開拓を試みる――テレビ 放映用の映画を製作したり、コンサートをするようになった。1987年パリの老舗コンサート・ホール、バタクランで行ったリサイタルをきっかけに、彼女は 徐々にライヴ、ひいては観客とのコミュニケーションに愛着を感じるようになる。1991年、セルジュがこの世を去った2ヶ月後にカジノ・ド・パリでコン サートを行ない、彼に捧げた。また、1994年9月にはロンドンのサヴォイ劇場で行われたチャリティー・ガラ・コンサート「セルジュ・ゲンスブール・トリ ビュート」に出演するなど、ジェーンの祖国であるイギリスにおいて彼の名を風化させないための努力を惜しまない。さらに、デビュー当時のスキャンダル・メ イカーとしてのイメージを拭い去るべく、1995年ナショナル・シアターで上演された「トロイの女たち」ではアンドロマックを見事に演じきった。
 セルジュへの最後のオマージュであるアルバム『追憶のランデヴー』(1996)は、ヴァラエティに富んだ楽曲を取り上げたもので、その年の秋にパリの ミュージック・ホールの殿堂、オランピア劇場にてこれらの曲を披露するコンサートを行なった(『JANE』)。1997年春にはツアーを敢行、ロンドンの ロイヤル・フェスティバル・ホールのステージも踏んだ。
 1998年には、初めてセルジュ以外のアーティストの曲を歌ったアルバム『ラヴ・スロウ・モーション』を発表。ザジ、MCソラー、フランソワーズ・アル ディ、エチエンヌ・ダオなど、フランスのミュージック・シーンをリードするアーティストたちがジェーンのために曲を提供し、フランスの音楽界では大きな話 題となった。
 1999年、『想い出のロックン・ローラー』収録の「無造作紳士」が日本でドラマの主題歌に使用され、この曲を収録した『ベスト』アルバムが30万枚を 超える大ヒットを記録。「無造作紳士」はオリコン洋楽シングル・チャートのNo.1を獲得、1969年の「ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ」以来実に 30年ぶりのチャート・インを果たした。プロモーション来日も2回行い、店頭イベントや映画館での舞台挨拶には熱心なファンが駆けつけるなど、現象的な人 気が再燃。エルメスがジェーンのために作った"バーキン"というバッグを購入するには、少なくとも5年待ちといわれるほどの人気だ。
 2000年3月には、ジェーンが初めてフランス語で歌詞を書いた新曲「インパーフェクト」も収録した『ベスト・アンコール』が日本のみで発売。9月には 8年ぶりの来日公演を全国5都市で行った。来日記念盤として初のビデオ・クリップ集『イマージュ・エ・シャンソン』が発売された。東京公演はライヴ録音さ れ、2001年1月に『コンサート・イン・ジャパン』として発売される。

2001/02/05更新