BIOGRAPHY

ELECTRIC EEL SHOCK / エレクトリック・イール・ショック


Bio
写真中央:Akihito Morimoto (Vocal &Guitar) 
左:Tomoharu ‘Gian’ Ito (Drums) 
右:Kazuto Maekawa (Bass)


■1996年 ギターの森本とベースの前川が、ドラムのGIANと出会いElectric Eel Shock結成。
■1998年 デビュー・アルバム『MAYBE… I THINK WE CAN BEAT NIRVANA』、ライヴ・アルバム『Live Punctured』リリース。ひょんなところから初の海外、ニューヨーク・ライヴ・ツアーのチャンスが転がり込んでくる。伝説のライヴ・ハウスCGGBなどに出演。
■2000年 2ndアルバム『Slayers Bay Blues』リリース。半年に1回、アメリカでクラブ・ギグ・ツアー。
■2001年 9月、CMJミュージック・マラソン出演を含むニューヨーク~西海岸ツアーに出発。しかし到着翌日に発生した同時多発テロに行く手を阻まれる。当然、CMJは中止。それにもめげず、戒厳令下のニューヨーク、そして西海岸でライヴ・ツアーを敢行。
■2002年 半年で7回ものアメリカ・ツアーを敢行。初のニューヨーク・ライヴ、SXSW(サウス・バイ・サウスウェスト音楽祭)出演を含むアメリカ西海岸~テキサス・ツアー、カナダ遠征などで40箇所を廻る。同年秋、東京の住居を引き払い、本格的に海外活動に突入。同時に3rdアルバム『Go America』をリリース。
■2003年 ビザ更新のためにアメリカを出国する必要に迫られ、イギリスでツアーを実施。これがヨーロッパ圏で最初のツアー。
・6月、メタリカ、ブラー、ビョーク、アイアン・メイデン、コールドプレイらが出演したヨーロッパ最大のロック・フェスティバル”Roskild Festival”(デンマークのコペンハーゲン近郊で行われ、最大収容人数約10万人)のサード・ステージでヘッドライナーを務める。彼らのパフォーマンスは同フェス屈指の反響を受け、以降ヨーロッパでの知名度が飛躍的に高まる。
・7~8月にはカナダのバンド、ダンコ・ジョーンズとともにヨーロッパ12カ国をツアー。
・9月にアメリカ・ツアー、10月には香港の”Rockit Festival”に出演、11月にまたヨーロッパ・ツアーと、日本に帰国することなくロック・ジプシーの生活を送る。この年、巡った国は20カ国におよび、ステージ数は270を越えた。
■2004年 腰を据えてヨーロッパで活動することを決め、『Go America』の別ヴァージョン『Go Europe!』をリリース。ヨーロッパ初のヘッドライナー・ツアーを行い、12カ国を回る。夏には”Hultfred Festival”(スウェーデン)をはじめ、ヨーロッパ各地20カ国以上ものフェスに出演。イギーポップ、アッシュ、ミスフィッツなどと同じステージに立つ。
・同年末、ジューダス・プリーストなどを手がけたオランダ人プロデューサー、アティ・バウと出会い、彼らのライヴに惚れ込んだアティがブレーンとして関わるようになる。12月には2年ぶりに日本に帰国、少年ナイフと東名阪ツアー。
■2005年 北米ツアー、イギリス/アイルランド・ツアー。アティ・バウがプロデュースした5thアルバム『BEAT ME』のリリースが7月に決定。結局、しかし待ちに待ったリリース・パーティの当日、ロンドンで同時多発テロが発生、9・11に続き、テロの現場に居合わせることになる。9月にはBloodhound Gangとともにアメリカ&ヨーロッパ・ツアー。このツアーの成功により人気が急上昇。アメリカではカレッジ・ラジオ・チャートのTOP10に食い込む。
■2006年 3月アルバム『BEAT ME』日本盤(ロードランナー)、豪盤リリース。その後、香港、オーストラリア、北米ツアー。
■2007年 2月から北欧、オランダ、アイルランド・ツアー。8月、ヨーロッパ最大のヘヴィ・メタル・フェスティバル”Wacken Open Air 2007″出演。3RDステージのヘッドライナーとして3000人収容の会場を満員にした。10月ロンドンで自身のレーベルDouble Peace Records設立。アティ・バウのプロデュースによる5thアルバム『TransworldUltra Rock』発表。(日本ではP-vineから)
・日本でビート・クルセイダーズとライヴ共演。
■2008年 2月フィンランド、ノルウェーから初の東欧=クロアチア、スロヴェニア、セルビアへ。これでツアー国は27ヶ国に到達。
・3月、前年の共演がきっかけとなり、ビート・クルセイダーズ監修のAC/DCトリビュート・アルバム『Thunder Tracks』に参加。名曲「Back In Black」をカヴァー。映画『デトロイト・メタル・シティ』公開記念作品『デトロイト・メタル・シティ トリビュート・アルバム ~生贄メタルMIX~』に参加。「アメリカ横断ウルトラメタル」を提供。
・4月、シアトルのオルタナティヴ・バンドThe Presidents Of The United States Of Americaのヨーロッパ・ツアーのサポート・アクトとして抜擢。オランダ、イギリス、ドイツなどヨーロッパ各国の16会場をツアー。
・5月、ドイツ人が起業しオランダに拠点を置く音楽サイト「SELL”A”BAND」 に参加。「ユーザーがひとくち10ドルで好きなアーティストのアルバムに出資でき、5万ドル集まったらアルバムが制作される」というシステムの同サイトで、わずか54日間で5万ドルに到達。新作(本作)のレコーディングが決定。
・6月、彼らにとって28ヶ国目にあたるエストニアで行われたフェスティヴァル”Rabarock”に出演。ダンコ・ジョーンズ、ハロウィンと共にメイン・ステージを飾る。7~8月、オランダを中心にヨーロッパでフェスティヴァル・ツアー。
・9月に帰国。沖縄の3ピース・ガールズバンド、Bleachと東名阪を”電撃脱色ツアー”。この縁で本作の沖縄レコーディングが実現。
■2009年 4月に新作『Sugoi Indeed』完成。直後に英ロンドンのVIZZARE MAGAZINE LIVEに出演。
・5月スペインの野外フェス THE AZKENA ROCK FESTIVAL でブラック・クロウズの後にヘッドライナー出演。
・7月、最新作『Sugoi Indeed』がユニバーサルミュージックから10月初旬に発売されることが決定。