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2003年2月,デッカはジャニーヌ・ヤンセンとの専属契約を発表。彼女は26歳のヴァイオリニストで、祖国オランダでは既に大スターとなっている。輝かしい未来と重要なキャリアが待ち受けている。
彼女と数多くの共演経験を持つヴラディーミル・アシュケナージはこう語る。「私がこの2、30年の間に出会った中で、彼女は最も素晴らしく調和の取れた才能を持っていると思います。私の意見では、この若い女性は全てを持っています‐楽器に完璧に精通し、暖かさ、理解力、もったいぶらない態度、無類のコミュニケーション力。彼女との共演でチャイコフスキーのバイオリン・コンチェルトを指揮できて、私がどんなに楽しかったかを的確に表現できる言葉が見つかりません。」
ジャニーヌ・ヤンセンが契約した際、デッカ社長のコスタ・ピラヴァッキ氏はこうコメントした。「初めて彼女の演奏を聞いた時、あまりに魅力的だったのですっかり魅惑されてしまいました。彼女はアーティストとして成功するために必要なもの全てを持っています。素晴らしい音楽家らしさ、舞台度胸、性格、そして恵まれた容姿。とにかく彼女は偉大なアーティストであり、世界に紹介していくのが楽しみです。」
デッカからの彼女のデビュー作(475 011-2)では、バリー・ワーズワースの指揮によるロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団と共に、親しみやすい作品と意外な作品というエキサイティングな組み合わせを録音した。
「彼女のデッカからのデビューは、彼女がどれほどまでに完璧な音楽家であるかを実証している…(ヤンセンは)ドラマチックなカラリスト(音色の装飾法に優れた演奏家)であり、才能を与えられた伝達者であることに他ならない。眩い技術、個性、暖かな詩的トーンを持つ真の音楽的大家が彼女なのである。」(BBCミュージック・マガジン)
ジャニーヌ・ヤンセンは無比の音楽家であることとは別に、偉大なコミュニケーター(伝達者)でもある。彼女には聴衆やオーケストラを引き付ける魅力があるので、プロモーターは出演後直ちに再招聘を申し込むのである。
「ヤンセンは各々のフレーズを飛び立たせた。楽譜の技術難度も完璧にマスターしており、彼女の音楽的洞察力とマッチしていた。彼女は第1楽章の抒情詩的なスケール、第2楽章の詩的な安らぎの場、そしてフィナーレのヴィヴィッドなドラマを楽しんでいた。」(2002年ヴラディーミル・アシュケナージ指揮のウィーン・フィルハーモニー管弦楽団との共演でチャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲の演奏後、ザ・ガーディアン紙に語ったトム・サービス)
デッカとの契約以来、ワレリー・ゲルギエフ指揮のロッテルダムでのコンサートで彼女は名声あるオランダ・ミュージック・アウォードを受賞‐2003年9月のことである(彼女はメナハム・プレスラー、ハインリッヒ・シフに師事するため奨学金を使用)。
2003年のハイライトの一つとしては、10月のコンセルトヘボウ室内管弦楽団とのインド・ツアーがあった。「欧米のクラシック音楽がそれほど知られていない地へ行くということは貴重な経験でした」と振り返って語る。「メンデルスゾーンの協奏曲ニ短調とチャイコフスキーの『なつかしい土地の思い出』を演奏しました。一番気に入ったのは子供たちのために行なったコンサートでした。学生、ホームレスの子供、目の不自由な子供など様々なグループの子供たちです。その子供たち全員にとってクラシックのコンサートに行くのは初めてのことだったのです。終演後話をしたのですが、サイン責めにあってその場を離れることが出来ませんでした。私たちが彼らに何を与えたかを知って、素晴らしい気持になりました。」
2003年12月、彼女はユトレヒトで自身の室内楽フェスティバルを創始した。「室内楽は私の心にそれほど重要で密接なものなのです。ミッシャ・マイスキーやイタマール・ゴランのような素晴らしい人々と一緒に演奏でき、とても素晴らしいことでした」(3日間のフェスティバルにはヴィヴァルディ、メシアンの作品、チャイコフスキー・トリオ、クラリネットのための作品、プロコフィエフのための一夜が含まれていた。)
出生: 1978年 オランダ ゾースト
レッスン開始: 6歳で Coosje Wijzenbeekに師事
教 師:フィリップ・ヒルシュホーン、チャールズ-アンドレ・リナーレ(ユトレヒトの音楽院)
マスター・クラス教師:メナハム・プレスラー、ジョシュア・ベル、アイザック・スターン、アナ・チュマチェンコ、ジョゼフ・ギンゴールド、ヴィクトル・リベルマン、ムスティラフ・ロストロポーヴィッチ
デビュー:14歳、ネザーランド・シンフォニー・オーケストラとの共演にて
受賞歴:オスカー・バック・ナショナル・バイオリン・コンクール(1993年)、ヘネシー・モーツァルト奨学資金(1994年)、シメイ国際音楽コンクール(1997年)、フィリップ・モリス・アート・プライズ(1998年)を受賞、"ライジング・スターズ"のシリーズ(1999年)のアムステルダム・コンセルトヘボウ及びブリュッセル・フィルハーモニック・ソサエティにより双方のコンサート・ホール代表として選出される。
1997年:アムステルダム・コンセルトヘボウ(以後毎年招聘を受ける)
1998年:ユトレヒトの音楽院を最優位で卒業
1999年:アメリカ・デビュー(カーネギー・ホール)
2000年:キーロフ・オーケストラと共演デビュー / ワレリー・ゲルギエフ指揮 ロッテルダム・フィルハーモニックとの共演で日本デビュー(東京)/ゲルギエフ指揮(演目:ブルッフ)
2001年:バーミンガム市交響楽団との共演でイギリス・デビュー(バーミンガム)/オラモ指揮(演目:ブリテン)。
「(安定性もあり)、緻密な多重音、見事な弓のコントロール、高音の音程などに見られる恐るべき、確かなテクニック、そして説得力があり心に響く叙情性。」(2001年3月バーミンガム・ポスト紙)
フランドル・ラジオ/アントルモン指揮との共演で南アメリカ・デビュー(演目:ベートーヴェン)
2002年:BBCラジオ3の「ニュー・ジェネレーション・アーティスト」計画のメンバーとなる
フィルハーモニア管弦楽団 / アシュケナージ指揮との共演でロンドン・デビュー(演目:チャイコフスキー)
2003年:デッカと専属録音契約を結ぶ
(7月)BBC交響楽団との共演でBBCプロム・デビュー(テレビ中継)
オランダ・ミュージック・アウォード受賞
デッカからのデビュー作がゴールド・ディスクとなる(12月)
ユトレヒトで自身の室内楽フェスティバルを創始
2004年:アムステルダム、ブリュッセル、ベルリン、ロンドン、パリ、ウィーンなどでリサイタル、室内音楽コンサートを行なう。東京、大阪等でのコンサートで再来日
(2004年現在)
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