BIOGRAPHY

ZAKK WYLDE


Zakk _bio

今やポール・ギルバート、イングヴェイ・マルムスティーンとともに人気を分かち合うスーパー・ギタリスト、ザック・ワイルド。
 ニュージャージー州ジャージー・シティ出身。80年代後期のレジェンド、オジー・オズボーン・バンドへの参加で一気にその名声を広げた、ベル・ボトムに身を包み、レスポールを抱えた豪傑ギタリスト、ザック・ワイルド。 地元ニュージャージーのアズベリー・パーク辺りで独学でギターを学び、87年にギタリストを募集していたオジー・オズボーンにデモ・テープを送る。その強引なまでのギター・プレイに惹かれたオジーは1度だけオーディションを行い、即決でザックを自分のバンドに参加させる。オジー・バンドでは『ノー・レスト・フォー・ザ・ウィキッド』(88年)、『ノー・モア・ティアーズ』(91年)、『ライヴ・アンド・ラウド』(93年)、『オズモシス』(95年)の4枚でギターを弾いており、ただのギタリストとしてではなく、オジーとも共同で作曲活動を行いそのソングライティング能力も高く買われる。 しかし後半のアルバムが発表される頃には既にザックはオジー・バンドから脱退しており、"プライド・アンド・グローリー"を結成、アルバムを一枚発表し、(94年)、ソロとしてもアコースティック色の強いアルバム『ブック・オブ・シャドウ』(96年)に発表する。 
 '97年、このプライド・アンド・グローリーを発展させ、よりヘヴィなサウンドを標榜するブラック・レーベル・ソサイアティ(BLS)を結成。'98年『ソニック・ブリュー』、'00年『暴拳王』を発表、2001年にはライヴ・アルバムをリリースしている。アルバム発売ごとに来日も果たしている。
 本作は、新生BLSになって初めての作品で、これまでのBLSの基本形であったチューニングを極端に下げたギター・リフ中心の曲作りから発展し、オジー・オズボーン・バンドに於ける曲作りの手法も加味した、ダイナミックな作風を示した意欲作となった。レコーディングは2001年、オジー・オズボーンのツアーが開始される前に終了し、タイトルも『デスコア・ウォー・マシーン・エターナル』に決定していたが、9月にN.Y.で起こった同時多発テロの影響でタイトル、アートワーク等の変更を余儀なくされ当初発売が予定されていた2001年12月からずれ込んでいた。
 ザックは現在、オジー・オズボーン・バンドでのワールド・ツアー中で、アルバム発売直前の2月前半から中盤にかけてはジャパン・ツアーが行われる。