僕たちは生きていく中で、いろんなことを経験する。ずっとハッピーなままエンディ ングはやってこない。どんなに幸せな毎日が続いていても、別れは必ずやってくる。 さよならに合図があったなら、どれだけ楽だったことだろう。あんなに悲しむこと も、憎むこともなかったのに。もっと優しくもなれたのに。でもそれを受け入れて、 立ち上がる。 また笑顔で明日を迎える。その揺れる気持ちを誰もがわかりあおうとする。 あなたが何を思っているのか、どんな気持ちでいるのか、その心に触れたくなる。 みんな違うんだからわかるはずもないのに、それでもわかろうとする。人間って悲しい生き物だ。 抱きしめても抱きしめてもきっと足りない、のに。 離れても離れてもきっと消えない、のに。 矢野絢子が他の誰とも違うのは、そのことを彼女自身がわかっている、ことにある。 わかったふり、ではない。本当にわかっているのだ。どれだけ抱きしめても、どれだけ言葉を交わしても、本当の気持ちなんかわかりはしない。それでも求めてしまう、どうしようもないこの思いが歌になる。それが圧倒的な力で胸に響いてくる。 彼女の唄っているのは、その、人と人との距離感、と言ってもいいかもしれない。 もともと、人といるのがすごく嫌で、仲間たちと作った高知のライヴハウス「歌小屋の2階」の2畳の楽屋に住んでいたくらいなのだ。もう消えたい、と思っていたくら いなのだ。 どうして自分の気持ちをすべてわかってもらえないのか、そしてわかりあえないのか、悩んで悩んで悩んだ末に、自分が触れることのできるものをひとつひとつ愛していこうと、その気持ちを歌で伝えようと、そう決めたのだ。そうやって本当の意味での人との関係を歌で築いてきた彼女だからこそ、その歌は強く強く人の心に残るのだ。 新曲「夕闇」。この歌もまさに、そんな思いが強くあふれた1曲だ。最近出来た曲なのだろうか(ちなみに彼女の曲のストックは200曲以上ある)その関係や距離をあらためて確認しているように思える。デビューしてから周りに居る人たちが増えたことで、そういう意識になることが多かったのだろう。しかしやはり変わらない。逆にそれに対しては余計に敏感になっているような気もする。そしてそれが歌により強い確信を与えている。 ゆったりとしたテンポで、胸にしみこむ歌。僕はふと、大切な人を思い出す。どんなに抱きしめてもやはりどこか不安で、でも絶対に信じたくて、胸を傷めて、孤独を感じて。そんな人と人の間にある感情を、彼女の歌はやさしく鎮めてくれる。そしてそれは、彼女自身がそういう傷みを知り、それを乗り越えてきたからに他ならない。 矢野絢子の歌を聴いていると、彼女の心がわかったような、本当にわかったような、そんな気になるのだ。 →back