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Ryan Adams ライアン・アダムス

BIOGRAPHY:

1974年11月5日生まれ。
スケートボードくらいしかやることのなかったノース・カロライナ州の小さな町ジャクソンヴィルで育ったライアンは、8歳の時に祖母の古いタイプライターでショート・ストーリーをかくようになった。9歳の時に両親が離婚、多くの時間を祖母と過ごすようになり、10代になるとスケートボードを通じてブラック・フラッグやハスカー・ドゥをはじめとするパンク/ハードコアに接するようになった。10年生で高校は中退、パティー・デューク・シンドロームなるパンク・バンドを結成するが、10代終り頃にはノース・カロライナ州都ローリーに移住、パティ・デューク〜も解散。この頃から、幼少時に聞き親しんでいたハンク・ウイリアムスやウィリー・ネルソンなどを聞き返すようになり(きっかけは、亡くなった祖父が遺したレコード・コレクションだったとか、)新たな方向性を探りはじめた。

そして、1994年ウィスキー・タウン結成。同年、地元のインディー・ムードよりシングル「Angeles EP」でデビュー。翌95年、リチャード・ヘルのトリビュート・アルバムに参加した後、アルバム『Faithless Street』を発表。96年春、サウス・バイ・サウスウェストへの出演をきっかけにゲフィン傘下のアウトポストと契約、97年にメジャー・デビュー・アルバム『Strangers Almanac』を発表。パンク・キッズが、再発見したルーツ・ミュージックを見事に消化吸収して作りあげる、ロックン・ロールは各方面で高い評価をうけるも、定着しないメンバー、さらにはレコード会社の企業再編騒動に巻き込まれ、完成させたセカンド作『Pneumonia』はお蔵入り。

バンド活動に見切りをつけたライアンはNYに移住するが失恋を機にナッシュヴィルに赴き、そこで友人の助けを借りてソロ・アルバムを制作。2000年、完成した初ソロ作『Heartbreaker』をブラッドショット・レコーズから発表、好評を博す。その後、ユニバーサル傘下のロスト・ハイウェイ・レコーズと契約したことにより、2001年になって『Pneumonia』は日の目を見、同レーベルから発売されたハンク・ウィリアムス・トリビュート、『Timeless』にも参加、またソロ第2弾となる『Gold』を完成させた(本国では2001年9月発売)。2002年春までワールド・ツアーを行う一方、ナッシュビル仲間と組んだPinkhearts はすでにアルバム3枚分を録音済みだというし、ジェームス・イハ(元スマッシング・パンプキンズ)やイヴァン・ダンド(元レモンヘッズ)らとのユニット=The Virginsでのレコーディングも行っている。2003年秋には『ロックンロール』と『Love Is Hell』(当初はEPの形で”Part 1”と”Part 2”がリリースされたが、後に1枚のアルバムにまとめられた)を立て続けにリリースし、米欧をツアー(ロンドンのブリクストン・アカデミー公演ではオアシスのノエルが飛び入り)するも、イギリスのライヴ中にステージから落ちて左手首を骨折。だが治療中も制作ペースはダウンすることなく、2004年にツアー復帰。2005年には本作を含む3枚のアルバムをリリースする予定。