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■BIOGRAPHY
1980年代の半ば、L.A.メタル・ムーヴメントが全盛を迎えたとき、ロサンゼルス・エリアにはメジャーと契約していない2つのホットなバンドがあり、その2バンドがどこと契約するかが、西海岸のロック・ファンの間だでは常に大きな話題となっていた。 その内ひとつはその後コロンビア(ソニー)とワールドワイド契約を結び世界的な成功を収めたウォーレント、そしてもうひとつがRACER
Xだったのだ。結局、RACER Xはメジャーと契約を結ばず、マイナーからアルバムを発売するにとどまったがポールがMR.BIGに加入するためバンドが活動を停止するまでL.A.エリアでは最も人を集められるバンドとしてのステイタスを持っていたのだ。 その後のポール・ギルバートの活躍はここで述べるまでもないだろう。MR.BIGのギタリスト、メイン・コンポーザーとして大きな成功を収め98年に脱退し、ソロへと転身。その後ファンからの熱狂的なリクエストを受けRACER
Xを再結成したのである。再結成後発表された2枚のアルバム『テクニカル・ディフィカリティーズ』、『スーパーヒーローズ』はどちらも大ヒットを記録。オリジナルRACER
X以上にテクニカルなポールのギター、クオリティの高い楽曲は好評を持って迎えられたのである。 再結成後のRACER Xにとって初のライヴ・アルバムにあたる本作は、まさにファン待望の1枚だ。彼らがレコーディング場所に選んだのはハリウッドのウィスキー・ア・ゴー・ゴー。60年代からL.A.のロック・シーンを牽引してきた伝説のクラブだ。 2001年5月25日新生RACER
X初のコンサートは行われた。メンバーは約2週間におよぶリハーサルを経てコンサートに望んだ。当日はメモリアルデイ・ウィークエンドということもありチケットはソールドアウト。レコーディングのために70分以上におよぶセットを2回やるということで、入りきれなかったファンは1stセット終了後帰ったファンの分だけ入れるということになり、開演しても会場のまわりは人で溢れていたのである。 ショーは同じ楽曲を2回やるのでなく、彼らの過去のレパートリーに『テクニカル・ディフィカリティーズ』、『スーパーヒーローズ』からの楽曲を追加し、のべ20曲以上演奏するというスタイルで行われた。「ソロの部分が不安」不安と開演前に語っていたポール・ギルバートだが、本番では120%の実力を発揮、スーパープレイが連発するポテンシャルの高いライヴとなった。
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