モータウン50 / MOTOWN50

ARTISTS

ミラクルズ The Miracles
ミラクルズ The Miracles

ミラクルズ The Miracles

モータウン設立当初、同レーベルの副社長でもあったスモーキー・ロビンソンを中心としたヴォーカル・グループ。スモーキーは、モータウン設立前から創設者ベリー・ゴーディ・Jr.と知り合いで、彼の励ましもあってゴーディはレコード・レーベルを設立したとも言われている。ミラクルズはモータウンで初めて大成功を収めたアーティストであり、彼らの「ショップ・アラウンド」(1960/全米No.2)は、モータウン史上初の大ヒット曲だった。

曲を作る側(ソングライター/プロデューサー)とそれを歌う側(所属アーティスト)との役割分担が明確に分かれていた1960年代のモータウンにあって、曲作りの才能に長けていたスモーキーは数少ない例外のひとりで、その繊細なメロディと心の襞を細かく拾い上げるような叙情的な歌詞は、多くの人々の耳と心を捉えた。あのボブ・ディランがスモーキーを"アメリカが生んだ最高の詩人"と絶賛したことにもうなずける。ソングライター/プロデューサーとして活躍する傍ら、ミラクルズの中心として人気を博したスモーキーは、独特の震えるヴォーカルが最大の特徴。「ユーヴ・リアリー・ガット・ア・ホールド・オン・ミー」('62/R&BチャートNo.1、全米No.8)、「ウー・ベイビー・ベイビー」('65/R&BチャートNo.4、全米No.16)、「トラックス・オブ・マイ・ティアーズ」('65/R&BチャートNo.2、全米No.16)といった甘美なバラッドから、「ミッキーズ・モンキー」('63/R&BチャートNo.3、全米No.8)、「ゴーイング・トゥ・ア・ゴー・ゴー」('66/R&BチャートNo.2、全米No.11)といったダンス・ナンバーに至るまで、あらゆる楽曲を器用にこなすグループでもあった。スモーキー在籍時の最後の大ヒット曲となった「涙のクラウン」('70/R&B、全米の両チャートでNo.1)は、数年前にレコーディングされたものを、イギリスのモータウン・オフィスのスタッフが見出してシングル・カットに踏み切り、偶発的に大ヒットしたもの。

スモーキー脱退後、後任のビリー・グリフィンを加えて「ラヴ・マシーン」の大ヒット曲(R&BチャートNo.5、全米No.1)を放った。一方、モータウン黄金時代をミラクルズの中心人物として、そしてソングライターとして支えたスモーキーは、ソロ・シンガー転向後も「バッカチャ(Baby, That's Backatcha)」('75/R&BチャートNo.1)、「クルージン」('79/R&B、全米の両チャートでNo.4)などのヒット曲を放っているが、1981年の大ヒット曲「ビーイング・ウィズ・ユー」(R&BチャートNo.1、全米No.2)は、久々にスポットライトを浴びる機会をスモーキーにもたらした楽曲として、今も印象に残る。尚、スモーキーは現在に至るまでプロのシンガーとして歌い続けており、近年、スタンダード集のアルバムを発表した。

スティーヴィー・ワンダー Stevie Wonder

スティーヴィー・ワンダー Stevie Wonder

デビュー当初、ベリー・ゴーディ・Jr.から与えられたステージ・ネームは"リトル・スティーヴィー・ワンダー"だったが、1964年に"リトル"を削除。盲目の天才シンガーとして、モータウン黎明期のスティーヴィーは特異な存在感を発揮していたが、セルフ・プロデュースの権利を勝ち取ってからの1970年代以降は、大傑作を矢継ぎ早にリリースし、ある種、神格化される存在となった。

モータウンでの初レコーディングは1962年。翌'63年にリリースした「フィンガーティップス」が全米チャートの首位に立ち、瞬く間に"天才少年"は人気アーティストの仲間入り。同曲以外に'60年代に放ったヒット曲は、「アップタイト」('66/R&BチャートNo.1、全米No.3)、ボブ・ディランのカヴァー「風に吹かれて」('66/R&BチャートNo.1、全米No.9)、「愛するあの娘に」('67/R&BチャートNo.1、全米No.2)、「マイ・シェリー・アモール」('69/R&B、全米の両チャートでNo.4)など多数。

1970年代になると、『ミュージック・オブ・マイ・マインド(心の詩)』('72)を皮切りに、『トーキング・ブック』('72)、『インナーヴィジョンズ』('73)、『ファースト・フィナーレ』('74)、『キー・オブ・ライフ』('76)と、スティーヴィーの音楽的感性が凡人の及ばないところまで遙か超越して研ぎ澄まされたかのような大傑作を次々と発表。グラミー賞の常連でもあった。また、アーティスト活動の傍ら、社会情勢にも敏感なスティーヴィーは、子供の頃、モータウン・バス・ツアーの最中に偶然、出逢った公民権運動の指導者マーティン・ルーサー・キング・Jr.牧師に深く傾倒し、キング牧師の誕生日を国民の祝日にするための運動に参加したり、キング牧師の誕生日に捧げた曲「ハッピー・バースデイ」('80)を作ったりもした。更には、南アフリカのアパルトヘイト撤廃に大きく寄与した活動家(後の南アフリカの大統領)ネルソン・マンデラの釈放も公に訴えるなど、社会活動家としての一面も窺わせる。最近では、大統領候補のバラク・オバマの集会で歌を披露した。

1980年代以降、スティーヴィーは数年おきにアルバムを発表するというスタンスに切り換えたが、ポール・マッカートニーとの共演曲「エボニー・アンド・アイヴォリー」('82)や、映画のOST盤からシングル・カットされた「心の愛」('84)などを全米チャートの首位に送り込み、存在感を見せつけた。2005年には、『カンヴァセイション・ピース』('95)以来、実に10年ぶりとなる新作『タイム・トゥ・ラヴ』を発表し、来日公演も行っている。目下、モータウン在籍のアーティストの中で、創設当初から一度も移籍していない、唯一の生え抜きアーティスト。

< BACK | NEXT >

▲ PAGE TOP