BIOGRAPHY

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ザ・リバティーンズは、2002年6月にデビュー・シングル「What A Waster」をリリースした。セカンド・シングル「Up The Bracket」は同年9月にリリースされ、全英TOP 30入、続いてデビュー・アルバム『Up The Bracket』(ザ・クラッシュのミック・ジョーンズがプロデュース)リリースされた。

「Time For Heroes」が2003年1月に発表され、8月には「Don’t Look Back Into The Sun」(バーナード・バトラーがプロデュース)がリリースされた。

2004年8月にリリースされたセカンド・アルバム『The Libertines』は全英1位を獲得、「Can’t Stand Me Now」、「What Became Of The Likely Lads」のTOP 10シングルが生まれた。

ザ・リバティーンズ:
ピート・ドハーティ (Peter Doherty) – vocals/guitar
カール・バラー (Carl Barât) – vocals/guitar
ジョン・ハッサール (John Hassall) – bass guitar
ゲイリー・パウエル (Gary Powell) – drums.


<バイオグラフィ 2015>

 率直に言って、これは正に、今千年紀で最も待ち望まれていたブリティッシュ・ロック・アルバムだ。筋金入りのファンですら、まさかこのアルバムが本当に制作されるとも、またその作り手達が互いの溝を埋め、第一期に極めた頂点へと再び至るまで共に活動を続けるとも、殆ど考えてはいなかった。だが、ザ・リバティーンズは普通のバンドとは違う。同世代では、他の追随を許さない最重要バンドである彼ら。何かにつけ否定的な見方をする人々が間違っていたことを証明するため、4人は遂に12年振りのスタジオ入りを果たしたのだった。
 『リバティーンズ再臨』(原題:Anthems For Doomed Youth)には、ファンが望む限りの全てが、いやそれ以上が詰まっている:つまり、リバティーンズが提唱するアルカディア主義の復権、これまでの苦難の回顧、そして何よりも重要なことに、大胆な前進。本作に収録されているのは、原始的なエネルギーや高揚感、辛い裏切りや喪失、そして希望に満ちた愛と贖いの楽曲群だ。00年代初頭にリリースされた、彼らのアルバム2作の危なっかしい魅力に心を奪われてきた人々なら、そのDNAの中に、直感的に円熟味を感じ取るであろうし、同時にまた、これまで信じ続けてきた見返りを十二分に得られるはずである。
 このアルバムの物語の始まりは、2014年7月5日のハイド・パーク公演に遡る。6万5千人の観客を前にヘッドライナーとしてステージに立ったリバティーンズの4人は、その時久しぶりに再集結しただけでなく、間違いなく最高の、この上なく圧倒的なライヴを行った。その晩、ロンドン中心部の同会場に詰めかけた大観衆は興奮のあまり混乱状態を引き起こし、安全上の理由から途中でパフォーマンスが一時中断されるほどだった。04年の解散後、長い歳月の中で、彼らの最初の2枚のアルバムの音楽が人々の意識の中でいかに温められ続けてきたか、そしてリバティーンズが世の人々にとってどれほど大きな意味を持つ存在であるかが、遂に証明されたのである。
 その証明印と共に、再び共通の目的を手に入れた彼ら。更にその後、途方もなくエネルギッシュなギグを幾つか行った中、3夜連続で開催されたロンドン・アレクサンドラ・パレス公演で、ダブル・フロントマンの片割れであるピーター・ドハーティ(Peter Doherty)が、バンドとして新作を録音する意志のあることを表明した。彼らはVirgin EMIと正式契約。バンドのソングライティングの魔力がたとえ枯渇していたとしても、これまでまだきちんとした形でレコーディングする機会が一度もなかった初期の楽曲が20曲か30曲、彼らの手元には大量にストックされていることを、同レーベルは知っていたのだった。
 しかし、ドハーティがタイ王国シラチャ郡にあるリハビリ・センターに滞在している間に、彼のパートナーであるカール・バラー(Carl Barat)が合流。一連の“創作首脳会談”の一巡目が行われた。『リバティーンズ再臨』に収録される新曲11曲全てが誕生したのはそこからだった。
 ドハーティは笑いながらこう説明する。「俺達には、アルカディアの神々の御加護があったんだよ。しかるべき曲を俺達に授けようって、神様が判断したってことさ。10代の頃に書いた失敗作を蘇らせて、それを可愛らしい電飾で飾り付けなきゃならない事態になっていたら、きっと気恥ずかしかったはずだよ」。
 「最初のうちは、」と言葉を続けるバラー。「まさか実現するなんて、自分達でも正直あまり信じていなかったんだ。俺は何度かタイに出かけた。一緒にデモを作って、そこで暮らしたんだ —— 一緒に小島に渡って、蚊だらけのヒーリング・ハウスに滞在したりね。そういうのがまた“当たり前なこと”になって —— 俺達の関係が復活したんだ。腫れ物に触るように気を遣う人間はもう誰もいない。押したり引いたりしながら進んでいく、いつものリバティーンズに戻った。それが俺達の創造性の原動力なんだ。新しい曲にはめちゃくちゃ心が躍ったよ」。
 リハビリ施設を出た後、ドハーティはバンコクから車で2時間の所にあるバンサライ海岸リゾートにあるレコーディング・スタジオ『カーマ・サウンド(Karma Sound)』に拠点を移し、そこで暮らしていた。彼らは、カールとドラマーのゲイリー・パウエル(Gary Powell)が今も居住するロンドンの喧噪から遠く離れたその地でアルバムを制作することを決意。15年4月から5月にかけ、6週間に亘って行われたレコーディングの間、彼らはそこを制作拠点として占領し、複数のスタジオを使うと共に、地下室にはビリヤード台やヴィンテージのタイプライターを置き、自分達で描いた無数の絵画を飾り付け、マルチメディアの溜まり場へと変えた。
 本作をプロデュースしたジェイク・ゴスリング(Jake Gosling)は、これまでの経歴からすれば、リバティーンズと仕事をする候補者としては最もありえなさそうな相手だったかもしれない。しかしドハーティはジェイクについて、「この地球上で最も多くの人々に作品を聴かれたプロデューサー」と評し、メンバーも皆、彼と個人レベルで意気投合。ピーターの言葉を借りれば、リバティーンズのメロディーと詩的な歌詞があらゆる聴き手にはっきり伝わるよう、「彼(ジェイク)がまとめ上げてくれた」ことにより、このバンドならではの暴走しがちなエネルギーが、今回初めて安定的なものとして磨き上げられている。
 「今作は、俺達の歌詞の重要性を理解している人達が思う存分楽しめるアルバムになってるんだ」と言った後、しばし沈黙したカール。「ちぇっ、そいつをテーマにしたら本が何冊か書けるくらいだよ! それぞれの曲に本1冊分の内容が盛り込まれているんだ。各曲の歌詞に、ものすごく意味がある。キツかった時が何度もあったよ。だからこそすごく重みがあるんだ」。

 その鍵となる曲の1つが「フェイム・アンド・フォーチュン」だ。夢と希望に胸を膨らませながら、彼らが初めてカムデン・タウンに降り立った時のこと。そして彼らの運が上昇していくにつれ、それがいかに食い物にされ、歪められていったかについて。この曲では、バンドの第一期の物語が一種の道徳話として提示されている。思慮深げに、「ピートとカールは、事実をありのままに語ることを恐れない。ものすごく正直なんだ」と述べるベーシストのジョン・ハッサール(John Hassall)。「何より、それは真実だからね」とカールが指摘する。「ばかげた話みたいに、現実離れしているように聞こえるけど、でも本当のことなんだ —— 俺達は悪魔を探しに交差点に行き、名声や富と引き換えに何でも差し出したのさ」。

 新作から最初に公開されたもう1つのアップビートな曲「ガンガ・ディン」は、カール曰く「(英国軍に従軍した)給水係」を題材にした、ラッドヤード・キップリングの詩がタイトルの由来だ。「この給水係の男(ガンガ・ディン)は、戦闘の間も全ての兵士の世話をしていたんだ」。それを媒介に、ドハーティとバラーは自身の「邪悪な面」を浮かび上がらせているが、コーラスでは「俺達の心の裏にある前向きな思いを掻き集めているんだよ」。

 2003年、バンド崩壊寸前の状態で制作した2作目で大々的に展開されていた自己分析は、前述の曲でアップデートされているが、それに加え、より熟慮の重ねられた繊細な傾向が示されている楽曲もある。特に、第一期リバティーンズの嵐のような混沌の渦中では、バンドとして足を踏み入れられなかったと、ドハーティが感じている領域だ。「俺達が今まで書いてこなかったものって沢山あるんだ」と彼は言う。「“アンセム・フォ-・ドゥームド・ユース”みたいな —— そういうものが自分達の中にあることはずっと分かっていた。そしてそれを書く機会のないまま、もしかしたらこのバンドは永遠に終わってしまうのかもしれないって、そう思うと本当に胸が張り裂けそうだったよ」。

 本作の起源がタイにあるということが格別に描き出されているのが、バンサライのビーチで録音したアコースティック・ギターの爪弾きと打ち寄せる波の音とで挟まれた「アイスマン」と、彼らが滞在していた地域の名称と仏教神話の狂躁に触れている「フューリー・オブ・チョンブリー」だ。
 一方、「ユア・マイ・ウォータールー」は、バンドの先史時代のデモの中から選び出された唯一の曲である。「この曲にはちゃんとした待遇を与えたいって、ずっと思っていたんだ」と呟きながら、この曲が書かれた頃のことを説明するカール。彼は当時ロンドンのウォータールー駅近くのオールド・ヴィック劇場で働きながら、かつかつの生活を送っていた。ドハーティの非常にエモーショナルな表現力が際立つこの曲は、彼らのパートナーシップのアンセムであり、その始まりと、そして現在予想外に明るい方向に進んでいるその未来とが謳われている。
 「全く驚くばかりだよ」と言うのは、エネルギーの塊であるドラマーのゲイリー・パウエルだ。「ピートとカールが一緒にやってきた中でも、これは最も丹念に作られた作品だ。ここに至るまでの間には、言うまでもないけど、途中で様々な問題があった。でも今回のアルバムは、彼ら2人にとって関係修復の証であり、実際、それを更に押し進めて行くために、ひたすら真剣に取り組み、互いの才能を喜んで受け入れている証なんだ」。
 更にバラーがこう付け加える。「今作では、リバティーンズの様々な側面のうち、かなりの部分が映し出されていると言っていい。ふつふつと泡立つような激情に満ちた曲もあれば、胸を締めつけられるようなのもある。野生的なのもあれば、パンチの効いたのも、楽観的なやつも、物悲しいやつもあって、全ての曲が何らかの形で互いに繋がり合い、関連し合っているんだ。俺達は肩を並べて協力し合い、この上なく強力なバンドになった。この機会が得られたことを、本当に有り難く思ってるよ」。
 ドハーティが次のように結ぶ。「自分達がレコーディングした曲を、何度も繰り返し、じっと座って聴いていられるんだ。俺にとっては今までにない経験だよ、自分のソロ・アルバムも含めてね。自分の音楽を作りながら、聴いて楽しんでいるんだ。普段は、それが脇筋の話の一部だったり、脇筋のサウンドトラックだったりする。今度のは本流の筋そのものなんだ。それ以外の何物でもない、音楽自体がそこにあるんだよ」。

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  『リバティーンズ再臨』を完成させて以来、リバティーンズにとっては全てが薔薇色、全てがうまくいっている。グラストンベリー・フェスで金曜日のヘッドライナーを務める予定だったフー・ファイターズが急遽キャンセルした事態を受け、土壇場で出演が決まった彼らは、今回も大観衆に好意的に受け止められた。現地“フィールド・オブ・アヴァロン”の会場だけでなく、その更に向こう、つまり今回はテレビ中継を通じて世界中から大反響を得たのである。続くT・イン・ザ・パーク(※スコットランドの音楽フェス)でのステージも、大盛況のうちに務め上げた彼ら。ブリティッシュ・ロックンロールにとって意義深き新章が開かれることを切に望む全ての人から強く愛されながら、それを台無しにしてしまったことで名高いこのバンドは、燦然とした輝きを放ちながら、今、遂に成功を確実な物にしようとしている。
 「正直、あり得ないくらいの奇跡だよね、ほんと」と、笑顔で語るドハーティ。「こんな風に事がうまく運ぶなんて、俺達は本当に恵まれてるよ。続きはいくらでもあるって感じてるんだ」。更にバラーが、「このアルバムが人々の心を動かすことができればいいなって、もちろん思ってるよ。でもとにかく俺達は、自分達にとって自然で本物だと感じることをやるしかないし、自分達に対して正直にやってきたと思う」と言い添える。
 締めは、ジョン・ハッサールから。寡黙な仏教徒の彼は、ステージでは謎めいた存在だが、夢想家揃いのこのバンドらしく、今は楽観主義に溢れている。「ゼロから再出発しているみたいだよ」とハッサール。「歴史を背負いつつね。リバティーンズの一員であることから、リバティーンズを辞め、またリバティーンズの一員となって、今はこれまで以上にビッグになっているっていうのも皮肉なものさ。必ずしも順調な航海じゃなく、僕らには乗り越えなくてはならないこともある。だけどここまで、驚くほどうまくいっているんだ。バンドとしても私生活においても、前進できる素晴らしい機会だしね。僕らはものすごく心が通じ合ってるんだ」と、思慮深げに彼は微笑む。「今は、良くなったね」。

2015年7月





 
 
 

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