BS日テレ「地球劇場 ~100年後の君に聴かせたい歌~」、 第28回“鈴木雅之”さん登場回のレポートを紹介します!

2016.08.03 TOPICS

■地球劇場レポート 第28回“鈴木雅之”

「ひと声発しただけで、マーチン・ワールドが出来上がるよね」。谷村新司がぼそっと呟く。彼の目線の先を追うと、サウンド・チェックするステージの上に何やら色が浮かんでいるのが見えた。どこか紫がかっていて、柔らかな印象のなかに憂愁のニュアンスが浮かんでいるのがわかる。なんだろう、この色は。何度となく目にしているのに1度もうまく言い当てられたことがない。でもこれこそ誰もが知っている鈴木雅之的色彩と呼ぶものに間違いなく、それは瞬時に辺りの空気を変質せしめる力があることをこの場においてしっかりと見せつけられたのだった。そんなマーチンさんの姿を、よりいっそういわく形容しがたい色を表現しうるシンガー、谷村がじっと眺めている。本日はそんな2大巨頭によるダイナミックな色の競演となることだけは察知できた。というわけで、男同士の共演なのにこの日のスタジオはいつになく妖艶な空気が漂っていたのだった。

第28回「地球劇場~100年後の君に聴かせたい歌~」のウタビトである鈴木雅之は、今年ソロ・デビュー30周年、還暦イヤーを迎えた。ジャパニーズ・ポップス・シーンに確かな足跡を残してきたこのヴォーカリストの功績を讃える場ともなったこの回は、果たせるかな、特別なシーンが満載となる。そのひとつが、ツタエビトとウタビトが歌で語らう〈DREAM SONG〉に選ばれた“ロンリー・チャップリン”のパフォーマンス。80年代を代表するデュエット・ソングはこのコーナーに持ってこいの1曲だが、男ふたりで歌うとなるとどうしても物足りなさが拭えない。やはりあの人の存在が必要となってくる。リード・ヴォーカルを採るマーチンの姉、鈴木聖美だ。嬉しいことに、今回彼女は番組出演のオファーを快諾、〈ユカリビト〉として輪に加わることになった。
 聖美さんを真ん中に立てて、男性陣が両サイドをしっかりと固めるポジショニング。ベット・ミドラーのような華やかさと貫禄を兼ね備えた聖美さんから目が離せない。生で聴く彼女の歌声はもっと圧倒的で、私がいなければこの歌は始まらない、といったパワフルな歌声が広い空間を支配していく。そこに滑らかで優しいふたりの声が重なり合って何とも香ばしい香りが立ちのぼり、たまらなく食欲をそそられる。おなじみの手を繋ぎ合うアクションの3人ヴァージョンもバッチリキマった。できれば谷村さんがお姉ちゃんに大胆に迫るところを見てみたかったが、さすがに小川知子さんのときのようにいかないだろう。なんたって実の弟が目の前で見ているのだから(トークで話していたことだが、実はマーチンさん、“ロンリー・チャップリン”のあの印象的なアクションは“忘れていいの”がヒントになったらしい)。歌が進むにつれて3人の感情の盛り上がりはエスカレートしていき、終盤には3人の軽快なステップまで飛び出すことに。この遊び心溢れる演出、お祭りのような賑やかさ。100年後のソウル・フリークにぜひ聴かせたい。
賑やかさばかりではなく、緊張感のあるコラボも生まれている。マーチンさんの青春時代を彩ったディスコのチークタイム定番曲、つのだ☆ひろの“メリー・ジェーン”が歌われた際には、ステージ全体をただならぬガチンコ感が包み、思わず息を呑んだ。谷村さんにとってこの曲はずいぶんキーが高くて、かなり難儀しているのがありありと窺える。テストを重ねながら徐々に熱を高めていく谷村さんから聞こえてきたのは、マーチンとはソウルの部分で触れ合いたいんだ、といった声。そんな気概を胸に取り組んだ結果、張りのあるエモーショナルな艶声が引き出されることになったわけだが、リスペクトし合う男たちが固い握手を交わしあうようなこのコラボは番組におけるハイライトだと言ってしまおう。
谷村新司が彼のために書き上げた新曲“哀のマリアージュ”もこの日披露されている。豪華なソングライター陣が顔を揃えたマーチンのアニヴァーサリー・アルバム『Dolce』に谷村も参加。これまでとは毛色の違った世界を提供したい、という思いが込められたこのドラマティック・バラードは、パリのオランピア劇場に鈴木雅之が立っている、というイメージを念頭に書き上げたという。レコーディングしてから初めて人前で披露したこの日のパフォーマンスも、確かにいままで目にしたことのないようなマーチン色が発生していた。甘さとほろ苦さの絶妙なるブレンドが実現した歌声から、艶やかに光る滴が落ちていくのが確かに見えた。

テレビでこんなに気合いを入れて臨むのはなかなかないことだと話していたラヴソングの王様。尊敬してやまない大先輩とのコラボを行いつつ、自身のキャリアを振り返るその作業は彼にとってとても実りのあるものになったに違いない。番組を通してわかったのは、谷村新司はラヴソングの帝王だということ、と最後にマーチンがしみじみ語っていたことも実に印象深い。それにしても、このAB型コンビの掛け合いは最高だ。何かの企画で、まっさらな新曲を歌うふたりのコラボが実現したりしないだろうか。JB’sならぬ、AB’sなる秀逸なグループ名もすでに発案されているわけだし。日本音楽界を代表するラヴソングのキングとエンペラーが組んだサム&デイヴのようなデュオ。夢でもし逢えたら素敵なことだ。

Written by 桑原史郎

※BS日テレ「地球劇場」番組公式HP  www.bs4.jp/chikyu-gekijou/