BIOGRAPHY


ストリング・チーズ・インシデント/THE STRING CHEESE INCIDENT


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L to R
Michael Kang,
Michael Travis,
Bill Nershi,
Kyle Hollingsworth,
Keith Moseley

■ カイル・ホリングスワース : ピアノ、B-3、ローズ、アコーディオン、ヴォーカル ほか
■ マイケル・カン : マンドリン、ヴァイオリン、ヴィオラ、ヴォーカル
■ キース・モーズリー : ベース、ハーモニカ、ヴォーカル
■ ビル・ナーシ : ギター、ヴォーカル
■ マイケル・トラヴィス : ドラムス、パーカッション、ヴォーカル



93年コロラド州ボルダーで結成。本格的なライヴ活動を行うようになったのは95年、1年の2/3はロードに出るというスケジュールをこなし、ジャズ、ブルーグラス、ラテン、ファンクなどメンバーそれぞれの異なる音楽バック・グランドがスパークスする圧倒的なインプロヴィゼーションのパフォーマンスが徐々に話題になり、大規模なジャム・バンド・フェスティヴァルに引っ張りダコになる。日本でも昨年のフジ・ロック、それに続く今春の単独公演ツアーも大成功 (ex. 渋谷AX 2公演が完全ソールド・アウト!!)、その存在感でファンを魅了した彼らが、ジ・オーブ、ザ・ヴァーヴ、U2などで知られるプロデューサー=ユースとともに作り上げたスタジオ・アルバムが本作。ロック、ブルーグラス、ファンク、カントリー、レゲエとその引出しは自由自在。百戦錬磨のライヴで培った技術とユーモアの感覚がこの一枚に集約された傑作(スタジオ・アルバム4作目)。




『アンタイング・ザ・ナット (Untying the Not) 』とは、(1) 恥ずかしい誤字、(2) 不可解な禅、(3) ストリング・チーズ・インシデントに関してあなたが持っているイメージを変えるアルバム。答えは彼らの音楽の中にある。恐らく、ストリング・チーズ・インシデントのプロジェクト、『アンタイング・ザ・ナット』がこれまでにない展開を見せるであろうと予想した最後のプロデューサー、Youthと共にレコーディングを行った。即興の演奏集団、情熱的なミュージカルスタイルをベースにしたミュージシャンの交錯、鮮やかなオリジナルソング — 彼らに期待するものすべてが豊富に織り込まれたアルバムとなっている。

…とはいえ、ときにはハプニングも。ハウス・ダンストラックになったかと思いきや、アブストラクトなモノローグに乗った言葉の渦、人生における大きな問題に対する内省的な想い、驚きと共に、長年のストリング・チーズ・インシデントのファンの心を捕らえるに違いない。明らかに『アンタイング・ザ・ナット』は彼らにとって大きな分岐点であった。他のジャンルでもまれな一種の叙情的な描写へ付随的に移行したわけではなく、レコーディング、そしてパフォーマンスに対する考え方において大きな変化をもたらしたのだ。簡単に言えば、このアルバムは期待通りのストリング・チーズ・インシデントではない。何が起こったのか? 何故? そして注目すべき、この予想不可能なバンドは私たちをどこに連れていってくれるのだろう? そんな質問が飛び交うだろう。

「僕らは一緒に長年活動してきた」とギタリストのビル・ナーシは思いにふける。「今まで自分達がやってきたやり方を続けていたら、きっと困難が待ち受けているだろうと気付き始めたんだ。ちょっと居心地良くなりすぎていたんじゃないかな。クリエイティビティな活動にとって、それは決して良いことではないんだ」

そういった気持ちは、彼ら自身の生活においてメンバー全員が経験してきた事と結び付いていた。結婚、そして別離や死を経て愛する人を失ったりと、通り過ぎてきた自分たちの人生の大きな出来事たち。とは言え、ストリング・チーズ・インシデントはアーティストとして、観客以上のことをしなければいけないと分かっていたし、それがたとえ新しい音を求めることになろうとも、彼らはこのパレードに参加しなければいけなかったのだ。

「例えて言うなら、今回のアルバム作りは僕たちの再生だったね」とバイオリニスト、マンドリン奏者のマイケル・カンは言う。「自分たちが良いと思う視点は、僕ら皆ぴったり合うんだ。と同時に、自分達にチャレンジすることもしてみたかった。今回の場合は、今までとは全く違ったアルバム作りになったと言えるだろうね」

そういった基本的な前提を発端に、『アンタイング・ザ・ナット』はストリング・チーズ・インシデント初の、完全にスタジオ指向のアルバムになった。「僕らの生き方をそのまま反映したようなアルバムにはしたくなかった」とナーシは主張する。「その代わり、ステージ上で作るものとは違った音を作るために、ツール、そして別のものでありながらも芸術形式に関連したものとしてスタジオを使用したんだ。こういったアプローチに取り組んだのは、今回のアルバムがまさに初めてだったね。バンドの新しい一面を垣間見ることができたよ」

彼らは、今回のプロジェクトの作業に相応しいプロデューサーを選ぶことから始めた。ほとんどと言っていいほど、彼らとは違う審美眼を持った人を。当初、ユースとストリング・チーズ・インシデントには実質的に何も共通点がなく、彼らのお互いの性格も、そう簡単には合うものではなかった…。しかし、彼こそが完璧な適役であるということが分かったのである。

「彼と働くことについて、最初は疑いもあったね」とベーシストのキース・モズレーは認める。「彼がこれまでに手掛けてきたアーティストと僕たちとでは、ほんの少しの共通点しかないように見えたんだ。でも運に任せて、この居心地良い空間から抜け出してみようと僕らを決断させるほどの、エネルギーと創造性を彼は持っていたんだ」 ユースは、彼がベースを担当していたバンド、キリング・ジョークの活動を通じて、イングランドでは仕掛け人的なプロデューサーとして確立された存在であった。その後、彼の革新的なダンストラックで知られる一方、オーブ、ヴァーヴ、クラウデッド・ハウス、さらにはロンドン交響楽団といった面々との作品を通じて、ユースはスタジオ作業のクレジットも築き上げてきた。しかしそれは、ユースがストリング・チーズ・インシデントのようなグループに関わる前の話。

セッションはカリフォルニアのサウサリートにあるThe Plantで、お互いの文化的、音楽的な壁を越えて模索し合うことから行われた。こういった探り合いは、決して心地よいものではなく、ましては友好的なものでもなかった。「制作プロセスはかなり激しいものだったね」とナーシは言う。「僕らとユースの間には、何度か強い対立もあったんだ。だけど僕らは彼を止めなかった。最終的に彼は、曲をアレンジするだけでなく、バンドのメンバーがそれぞれどのようにプレイするかに関与するまでにもなったんだ。僕がこのアルバムで弾いているギターパートのほとんどは、僕の普段の演奏スタイルとは違っているし、今までの人生で一番強く叩いた音よりも5倍の強さでドラムを叩くようにと、ユースがトラヴィスに指示をしたから、トラヴィスはタイミングに合わせてドラムを叩けるように、全く新しい演奏方法を覚えなければならなかったんだ」

「その結果、ユースはこのプロジェクトの方向性を完全に把握していたんだ。僕らはこれまでとは全く違った新しい観点で、演奏し、レコーディングすることができたんだ」とナーシは判断する。「正直なところ、これぞバンドの作りたかったアルバムという出来だね。誰かしら刺激してくれる人が必要だったんだ」

カン曰く「今までに僕らがスタジオで行った中でも、最も挑戦的でエキサイティングなものになっただろう。でも確かに、簡単なことではなかった」

まるで曲によって開封された贈り物のように、結局、トラックというトラックはすべてスタジオで展開された。タイトな焦点に特異なテーマが加わっているにも関わらず、これまでの彼らのアルバム以上に音楽様式の幅はより一掃広がり続けた。

ダンスクラブのビートに乗って、スポークンワードと電子音のエフェクトが、薄くアブストラクトに重なり、昔のブルーグラスを思い出させ、さらに実験的な未来を予感させる。ストリングス・チーズ・インシデントは、今日までの最も熟成した、挑発的なアルバムを完成させた。そしてそのアルバムは、長年のファン同様、ピンク・フロイド好きの信奉者やモダンダンスミュージック好きの心をも興奮させるものになっているだろう。

『アンタイング・ザ・ナット』へのカギとなったものは、リスクを負うことへのバンドの意欲であり、彼らの音楽的視野を広げるだけでなく、世の中の明るい事はもとより暗い事にも取り組むことだった。「このアルバムの内容のほとんどは、例えば死ぬ運命、失恋、矛盾といった人生の陰気な出来事についてなんだ」とモズレーは説明する。「自分たちの人生に起こった出来事について、こう考えるべきだと単に反応するのではなく、実際それは何なのだろうかと僕らが考えることを表現したタイトルになった」

「今、僕らの世界ではいろんな事が起こっていて、何が本当で何がウソなのかの境目が分からなくなることもよくあるんだ」とカンが付け加える。「世界の至る所にあるすべての矛盾に加えて、レコーディング中に僕らそれぞれが抱えるとても深い個人的な問題もあったんだ。僕にとっては、今アルバムを聴くと、レコーディングの時よりももっと意味を増した音に聞こえるんだ」

9月23日に彼らのフィデリティ・レコーズ (Fidelity Records) から『アンタイング・ザ・ナット』をリリース、ストリング・チーズ・インシデントは、このプロジェクトにわたって彼らが直面してきたハードルの最後に立ち向かう。彼らの確立されたイメージを越えて、ストリング・チーズ・インシデントの誠実さが試されるのである。エンタテインと同じぐらい困惑させる瞑想的なもの、彼らの予想を裏切るようなビジョンを持ったものを彼らは受け入れてくれるのだろうか。

「僕らは、僕らが作りたかったアルバムを作ったんだ。もちろん、今までとは違うかもしれない。でも、今、バンドがいる場所を確実に表しているんだ」とナーシは断言する。

「『アンタイング・ザ・ナット』に書かれた問題に僕らは取り組まなければいけなかった」とモズレーが加える。「たとえ最初に驚いたとしても、このアルバムに共感できる多くの部分をファンも見つけてくれれば良いと思ってる。バンドとして、ちょっと背伸びして成長してみただけなんだ。こうしなければいけなかったんだ」

それは少なくとも、変わらないだろう。この時点で、ストリング・チーズ・インシデントの音楽はエンタテイン同様にチャレンジするだろう。まるで人生のように。先入観なく『アンタイング・ザ・ナット』を聴くと、人生の経験は忘れがたいと分かるはずだ。


翻訳・戸崎順子/Translated by Junko Tozaki