BIOGRAPHY

SCISSOR SISTERS / シザー・シスターズ



Bioシザー・シスターズは、ジェイクとアナがNYローワー・イースト・サイドのハロウィン・パーティで出会い、お互いのコスチュームに惹かれあったところからスタートする。


その後マルチ・インストゥメンタリストのベイビーダディが合流、2001年、アナの経営するクラブでシザー・シスターズ発足。ジェイクはSUB POPレーベルで働いたこともあれば、なんと男性ストリッパーとして踊っていたことも!アナもショーパブにて司会等を務めていたらしい。根っからのNYの アンダーグラウンド上がりの2人だ。

そこへ偶然知り合ったデルとパディーが加わり、5人組としてライヴやレコーディングを開始するも、活動の拠点としてきたクラブやダンスフロアが9.11の 影響で次々に閉鎖されてしまう。インディ・レーベルとの契約は残っていたものの、その前途に暗雲が立ち込めてきたところに、運良くロンドン公演の話が舞い 込み、2003年、そのステージに惚れこんだ当時イギリスでNo.1のシェアを誇ったレーベル=ポリドールと契約、遂にメジャー・デビューを果たす。

2004年1月、デビュー・アルバム『シザー・シスターズ』発表。セカンド・シングル「テイク・ユア・ママ」の特大ヒットでアルバムは全英1位を獲得。そ の後もアルバムは売れ続け、2004年の全英アルバム・セールスNo.1を記録(現在UKだけで250万枚以上)、BRIT Awardsで最多3部門を受賞した。

2006年7月、FUJI ROCK FESTIVAL '06に出演。そして9月に待望の2ndアルバムがリリースされた。

2009年のことだった。ジェイク・シアーズはベルリンのクラブで踊っていた。「人混みを眺めていると時間の感覚を失うことがあった。一体自分がどの時代を生きているのかわからなくなるんだ。」

実際には、シザー・シスターズのセカンド・アルバム(前作同様イギリス国内だけで100万枚以上の売上を果たす)がリリースされてから3年後のことだった。そしてその1年後には3枚目となるアルバムがリリースされる。

人混みを見ながらジェイクは新作『Night Work』の核心となるテーマをみつけた。生き生きとした新作には、カッコいいダンスや朝まで踊り明かす人たちの熱いエネルギーが反映されている。惜しみ なく音楽が詰められた『Night Work』は夜行性であり、そのスピリットはどの時代にも合うものとなっている。「これはドリーム・アルバムなんだ。僕たちが今までできなかったことがす べて詰め込まれている」と、ジェイクは言う。

ハッピーなファースト・シングル「Fire With Fire」ほどカムバックに相応しい夢見心地なシングルはないだろう。これは負けたり勝ったりを繰り返した末に、勝利を手に入れる物語。「時間の流れと共 に、周りが遠ざかっていくような気がして、恐怖が忍び寄る。時が刻々と過ぎる中で、事態はどんどん悪化していく」と、ジェイクは説明する。「この曲はそん な自滅的な考えに対する反逆なんだ。良い曲は少し聴いただけで良いとわかる。恥ずかしい話だけど、この曲を聴いて何度か涙した。これは輝かしい曲で、誰も が受け入れられる曲でもあるんだ。決して控えめではない曲で、すごく気に入っている。」

困難に立ち向かい、自分の立場を固く守りながら勇気をもち、どうにかして最後には勝つという至福の歌「Fire With Fire」は、人間の精神を称えると同時に、ジェイク、アナ・マトロニック、ベイビーダディ、そしてデル・マーキーでなんとか3枚目のアルバムを完成させ たことも称えている。陽気なタイトル『ときめきダンシン』とつけられた前作は、所々に暗いムードが隠れたりもしていたが、『Night Work』は常にダンスをしたくなるような明るいサウンドに仕上がっている。今作に欠けているのは、 "Muppety Fuzzines"(*マペットのような曖昧さ)とベイビーダディは言う。例えば今回は手拍子が頻繁に使用されている。前作の感傷的な要素は「もっと邪悪 なものに置き替えられている。それがすごくいいんだ」と、ジェイク。「邪悪といっても、もっとセクシュアル、そして喜びに満ちたもののこと。アルバムの殆 どは、自分の限界を越えてさらに遠くへ向かうことをテーマとしている。」そのためアルバムは究極の夜遊びソング「Night Work」で始まり、最後の12曲目はダンスフロアで爆発的に盛り上がりそうな「Invisible Light」が収録されている。多くのアルバムは終わりに向かって落ち着いていくのだが、今作は終わることを拒むように、そしてまるで始まりであるかのよ うに、最後までテンションが上がりっ放しだ。

『Night Work』の原点は、2007年にロンドンのO2で行われたステージの直後にメンバーがスタジオへ戻り、週5日のスケジュールで制作を行った時である。実 際のところ、2年前にアルバムをリリースすることは可能だったとベイビーダディは言う。「アルバムを作る充分な素材はあったけど、納得がいかなかった。 ちゃんとした理由がないなら、シザー・シスターズのカムバックは望んでいなかった。放送するに相応しい新しいサウンドがなければダメだったんだ。」ジェイ クは、「すべてが無意味に思えた。自分たちがなにを伝えたいのかが分からなかった」と説明する。そしてメンバーはそれぞれ新しいことに挑戦することを決め た。ベイビーダディは絵画を学んだ。アナは執筆に夢中になった。デルはソロで音楽活動を行った。ジェイクはミュージカルを書いたが、ベルリンへも行った。 彼はクラブへ踊りに行き、街に身を委ねた。ダンスフロアの中心で時間という感覚から自分を切り離した。今は一体何年だろう、と考えながら、ジェイクは自分 に訊いた:もし、例えば1984年だとしたら、次はなにが起こるんだ?「すると僕はニューヨークについて考え始め、70年代から80年代までのニューヨー クのクラブシーンについて想像し始めた。色んなものがプログレッシヴで、後押しされていて、まるで火がついたかのような勢いがあった。そしてある日すべて が終わった。パーティーはピタリとドラマチックに終わってしまったんだ。一つの世代が全滅した。そして僕は一つの質問をする:あの音楽はどこへ向かってい たんだろう?シルベスターもフランキーもどこへ向かっていたんだろう?音楽がもし止まっていなかったらどうなってた?その中断したところからもし始めるこ とができるならどうする?最終的にどんなサウンドになったのかを知りたかった。」そしてその瞬間に『Night Work』は生まれた。

「ジェイクがその瞬間を迎えたことを知り、そこから先に進むことができると思えた」と、ベイビーダディは思い出す。そして2009年6月には"ずっと声を かけるはずだったけど延び延びになっていた"スチュアート・プライスをプロデューサーとして迎え、アルバムはそこから勢いよくはじけた。メンバーはスチュ アートとベルリンで会い、既にレコーディングされた曲を共に聴いた。するとスチュアートは自分の哲学を告げた:「アルバムは作ったそのときの音がする。制 作のプロセスは楽しくなければいけないんだ。」そしてスチュアートはすぐに問題を特定した。2004年にスチュアート率いるバンドのツアーでサポート・ア クトをシザー・シスターズが務めて以来の長年の友人であり、そして時折コラボレーションを行う相手でもある、スチュアートこそが実は初めからずっとバンド が求めていた答えだったのだ。「乗り方をすでに知っている二人乗り自転車に、誰か信頼している相手と一緒に乗るのと同じなの。相手がいきなりブレーキをか けてハンドルを越えて前に飛ばされてしまう心配なんてないの」と、アナは言う。しかし彼が約束してくれたラクな道は実際には大変なものとなった。彼はメン バーたちに必死になって作業を行うことを要求し、気に入らないトラックはすぐにボツにし、気に入ったものはやり直した。

「『Fire With Fire』は転機となった」と、ベイビーダディは言う。「ジェイクは主導権を握りながら自分の意見をはっきり言えるようになった。」そしてアナははっきり わかったことがある:「同じアルバムを作る必要がないことに気付いたの。A面用とB面用の曲や、それぞれの終わりに入れるバラードも作る必要がないこと も。というか、バラードを作る必要なんて全くなかったの...」ということで、今作にはバラードは収録されていない。『Night Work』はダンス・アルバムだから。すべてがエレクトロニックという訳でもなく、「Any Which Way」などがそうであるように、リハーサル室でメンバーが演奏しているライヴ感が伝わってくるトラックもある。しかし、今作は基本的にはクラブ・アルバ ムであり、前作よりも先端的であると同時に作品自体のスピリットと態度が遥かに若返っている。「Running Out」は、アナによると、人間の自己破壊機能を称えるトラック。ジェイクは「クラブにいる一文無しの若者たちがフロアでドラッグを求めている曲」と説明 する。「Sex and Violence」は、『アメリカン・サイコ』からインスピレーションを得たもので、ジェイクはそれを「エレクトロな殺人バラード」と言う。 「Something Like This」は、波打つロボットのようなガチャガチャ音の中で思いっきり楽しんでいる。

「『Night Work』は、要するに僕たちなんだ。僕たちをそのまま象徴している。」この作品は、ジョルジオ・モロダーからザ・カルト、そしてフランキー・ゴーズ・ トゥ・ハリウッドからZZトップまで、様々な重要な影響を受けているが、3枚目にしてシザー・シスターズは彼らの独自のサウンドを確定し、薄汚れたニュー ヨークのバーやクラブからスタートした彼らをロイヤル・アルバート・ホールまで導いた魔法を再びよみがえらせた。もしかすると今作はアルバート・ホールよ りもゲイ・クラブの方が似合うのかも知れない。そんなスピリットをアルバムの最後を飾る「Invisible Light」が見事にとらえており、まるで盛り上がる観客の喝采とレイヴホーンに迎えられて登場するピンク・フロイドや、イアン・マッケランのモノローグ を連想させるようなトラックとなっている。メンバーが2ヶ月かけて苦労した末に完成させたこの曲はクラブ・キッズ世代の頭の中のスウィッチを入れることは 間違いないだろう。「このアルバムは、遊びに出かけて気分がハイになり、それが永遠に続くように思える時の気分をカプセル化して要約している」と、ジェイ クは言う。

2010年という年にシザー・シスターズのメンバーであることはどんな気持ちなのだろう?ベイビーダディが答えを教えてくれた。「心の準備は万端。僕たちはそう感じている。」