BIOGRAPHY

ロイ・ハーグローヴ / ROY HARGROVE


Roy _hargrove _bio1990年にウィントン・マルサリスに見出されデビューして以来、若手ジャズ・トランペッターの王道を突き進んできたロイ・ハーグローヴ。最近は、ハービー・ハンコック、マイケル・ブレッカーとのグループ"ディレクションズ・イン・ミュージック"の一員としても活躍中です。

しかしその一方で、かねてからNYのクラブ・シーンでのセッションを通じて、ジャズ以外のミュージシャンと積極的に交流をはかってきました。2000年にはディアンジェロの傑作『ヴードゥー』のレコーディングにアレンジと演奏で参加。その後のツアーにも加わり、一躍R&B/Hip Hop系ファンからもその存在を知られるようになりました。ディアンジェロ以外にも、コモン『ライク・ウォーター・フォー・チョコレート』、エリカ・バドゥ『ママズ・ガン』などのレコーディングにも参加しています。

今回は、そうしたR&B/Hip Hopアーティストとの交流の成果をフルに発揮した作品。超人気アーティストをゲストに招き、ジャズと最先端のストリート・ミュージックとの融合に挑んだ、ロイでしか成し得ない豪華作です。最先端のクリエイターたちが集結し繰り広げた、ジャンルを超えた熱きセッション。ジャズの最新形が、間違いなくここにあります。
ロイ・ハーグローヴが世界最高のジャズ・トランペット奏者のひとりであることは、多くが認めるところである。

1997年にラテン・ジャズ作『ハバナ』でグラミー賞を獲得して以来、彼がシーンでもっとも多忙な男であることには間違いない(年間150回以上のギグをこなしている)。

しかし、それはすでに周知の事実ではないだろうか?それはそれでけっこうだが、もしもあなたが、ロイについてそれしか知らずに、彼の新しいネオ・ソウル/ジャズ・アルバム『ハード・グルーヴを聴いたとしたら、これは"流行に飛びついた売れ線狙い"だと思い込んでしまうかもしれない。しかし、それは大きな間違いなのである。

ロイは、アメリカでもっとも盛んにR&Bがラジオから流れてくる州のひとつ、テキサスの出身である。1969年生まれの彼が成長したのは、ちょうどファンクの黄金期にあたる。ウィントン・マルサリスが、ブッカー・T・ワシントン高校のヴィジュアル・アンド・パフォーミング・アーツ・ジャズ・バンドで演奏する16歳のロイを見出したとき、ロイはすでに筋金入りのPファンカーだったのである。

1990年にアルバム・デビューして以来、ロイはもうひとつの人生を送ってきた。すなわち、ニューヨークのアンダーグラウンド・クラブ・シーンにおけるジャム・セッションの猛者として、「グラント・ステップ」ではDJスマッシュのビート、「コンクリート・ジャングル」ではエレクトロニカ・グルーヴに乗ってリフを吹き、「チーター」ではエリカ・バドゥ(ロイとは高校の同級生)のバンド・メンバーとセッションし、「SOB's」ではソウル・ジャズのパイオニアであるロイ・エアーズのバンドに飛び入りしていたのである。2000年には、ディアンジェロの『ヴードゥー』のレコーディングとツアーにも参加した。

つまるところ、『ハード・グルーヴ』はおふざけでもなく、若いポップのファン層に向けてレーベルが仕組んだものでもない。実に理に適ったアルバムであり、ここに収められた16曲は、長年にわたるオープンマインドな裏稼業の成果なのである。

The RH Factorとは、ネオ・ソウルスター(エリカ・バドゥ、ディアンジェロ)やボヘミアン風ラッパー(Qティップ、コモン)、ジャズの鬼才(バーナード・ライト、マーク・キャリー)、ジャムバンドの象徴(カール・デンソン)、ソウルクェリアンズ(ジェームス・ポイザー、ピノ・パラディーノ)など、30代の 20人からなる奔放なエリート集団における、このトランペッター/作曲家の変名である。

そして、『ハード・グルーヴ』はといえば、70年代のPファンクやムトゥーメ、ブラックバーズ、ウェルドン・アーヴィン、フレディ・ハバードのスタイルを混ぜ合わせ、そこに90年代後半のネオ・ソウル/ヒップ・ホップ風のひねりを効かせ、RHファクターの表の顔と裏の顔を加えたようなものとお考えいただきたい。ディアンジェロのうめき声が聴かれる、スライ・ストーンとパーラメントがレスター・ボウイのベッドルームで出会ったような「アイル・ステイ」から、官能的なヒップ・ホップ/R&B風のスウィングが魅力の「ポエトリー」、さらには、ロイによる、マイルス・デイヴィスのような病的なキーボードが聴かれる、徹底したフュージョン・ファンクの「アウト・オブ・タウン」まで、『ハード・グルーヴ』はまさに、過去を語り、現在の音を出し、未来を見据えた作品なのである。