BIOGRAPHY

PUSSYCAT DOLLS / プッシーキャット・ドールズ


全米で2005年9月13日(日本盤11月9日予定)、A&Mレコーズよりリリースされるプッシーキャット・ドールのアルバム“PCD”(リードトラックはNo1スマッシュ曲「ドンチャ」(フィーチャーリングにラッパー界のスーパースター=バスタ・ライムス、作詞、プロデュースは今旬なシー・ロー)で彼女たちは前代未聞のビューティーを超越したビューティーをアピールする。
(*Pussycat Dolls:ホットでセクシーでかわいらしさも内包するとらえどころないミステリアスな性質の形容)
驚くべきヴォーカル力で、今日を代表するトップ・ソングライター・プロデューサーと仕事を成し遂げたプッシーキャット・ドールズは、その存在感を音楽シーンに、そして人々の視線にアピールし、エンターテインメントの歴史に刻み付ける時をまさに今かと待っている状態だ。
「私にとってプッシーキャット・ドールズは無敵、でもとても傷つきやすくもあるの」
リード・シンガーのニコール・シャージンガーはいう。
「私たちは強いけど、遊び心もある」
「「ドンチャ」の歌詞中にある”don’t cha wish your girlfriend was hot like me(あなたの彼女が私みたいにホットだったらっておもわない?) ”っていう部分は自分たちの自信の表れなの。プッシーキャット・ドールズはホットなことだけが重要なんじゃなく、リアルな気持ちを込めて描写することにもあるの。」
シャージンガーはEden’s Crushというガールズグループ時代にアルバム・シングルともにTop10入りを経験、ジェシカ・スッタはマイアミ・ヒートダンスチームの元キャプテン、カーミット・バシャーはリッキー・マーティンのワールド・ツアーで「ラ・ヴィダ・ロカ」ガールを務め、アシュレイ・ロバーツとキンバリー・ワイアットはハリウッドで最も才能あるダンサー、メロディー・トーントンは一般オーディションから選ばれた才能あるシンガー。
そんな彼女たちによるプッシーキャット・ドールズは、ロスアンゼルスのサンセットストリップでのショー・チケットがハリウッドで最もホットな扱いをうけたグループのさらに現代風で、よりストリートな、新型の化身と形容できる。
プッシーキャット・ドールズは、90年代初めに振り付け担当のアンティンがルームシェアしていた女優クリスティーナ・アップルゲイトのLAのガレージスタジオで生まれた。当時アンティンは7-UPやコカコーラのCMに出演、スマッシュ・マウスやオフスプリング、ノー・ダウトのミュージック・ビデオの振り付けを手がけていた。
「自分のビジョンに則った何か、何かクリエィティブで違ったことをやりたかった」という。
そのときからアンティンは、同じようにツアーやミュージック・ビデオのダンサーの友達数人と家で彼女の振り付けに合わせながらいろいろ試すようになる。そのスタイルは、有名な振付師‐ボブ・フォッシー(映画『スイートチャリティ』 、『キャバレー』などを手がけた)の精神、レッド・ツエッペリンからパンクロック、スージー&ザ・バンシーズにビョークたちの当時のファッションまでもが宿っていた。一方、アップルゲートは彼女たちにサンセットストリップで有名なヴァイパー・ルームでパフォーマンスすることを勧めた。小屋のオーナーであるジョニー・デップが彼女たちのリハーサルを目にし、
「これぞまさに僕がクラブを始めた理由だよ」
といったとされている。
1995年のデビュー以来進化を遂げる過程で何度もメンバーが入れ替わっていったプッシーキャット・ドールズは、次の6年間、ヴァイパー・ルームで毎週木曜日オープニングアクトを務めることとなる。
ターニング・ポイントは2000年、ノー・ダウトのグウェン・ステファニーがショーに来たとき、彼女はゲスト枠でダンスと歌で出演したい、といいだした時だ。クリスティーナ・アギレラも同様だった。2002年、プッシーキャット・ドールズのショーをより大きなステージに移す時期が来た。そして舞台はロキシーへ。週2回、7週間分のチケットはまたたくまに完売。ゲスト・パフォーマーにはクリスティーナ・アギレラらのほかに、ブリタニー・マーフィー、シャーリーズ・セロン、ニッカ・コスタ、パリス・ヒルトン、パメラ・アンダーソンなど。セレブ以外は単に楽しむことを目的に、ノー・ギャラで出演、そこにはMCアップルゲートの姿もあった。プッシーキャット・ドールズはまたフレーミングリップス、ジェーンズ・アディクション、ブライアン・セッツァー・オーケストラといったロック・バンドのオープニングアクトもつとめた。
同年のこと、エージェントやマネージャーがいないにもかかわらず、アンティンはグループとしてのレコーディングの話をメジャー・レコード会社からの誘いとともにやりとりをはじめた。その中の一人にインタースコープ/ゲフィン/A&Mのトップ=ジミー・アイオヴァインがいた。
彼はプッシーキャット・ドールズをより大きく、ヒップにする構想を抱いていた。続いて彼女たちは”Fashion Rocks”に出演、ソフト・セルのマーク・アーモンドと“Taineted Love”を共演、”NBC New Year’sEve" "Jimmy Kimmel Live", "The Tonight Show with Jay Leno" "The Late Show with David Letterman" "Last Call with Carson Daly”そしてNBCドラマシリーズ”Vegas”といったビッグTVショウに次々に出演した。
彼女たちの曲「ウィ・ウェント・アズ・ファー・アズ・ウィ・フェルト」は2004年公開映画『シャーク・テイル』の挿入歌であり、おなじみ”Sway”のカバーソング(手がけたのはA&Mのプレジデント兼プロデューサー、アギレラやヴァネッサカールトンその他のアーティストを手がけるロン・フェア)は同年公開映画『Shall We Dance?』の挿入歌になった。プッシーキャット・ドールズは2003年映画『チャーリーズ・エンジェル2』やピンクの「Trouble」のミュージック・ビデオ、2005年の映画『Be Cool』にも出演。シャージンガーはウィル・スミスの2005年リリース・アルバム『ロスト・アンド・ファウンド』の中の「イフ・U ・キャント・ダンス(スライド)」にもフィーチャーされた。
今日、化粧品のスティラからプッシーキャット・ドールズのラインが並び、2005年春にはラスベガスのシーザーズ・パレス内にプッシーキャット・ドールズのラウンジもオープン、ラウンジ内では様々なパフォーマーがフィーチャーされている。今後アパレル、ランジェリー、パフューム、ビデオゲーム、TV,映画、さらには新たなラウンジなど、様々な展開の可能性が期待されている。

そう、プッシーキャット・ドールズは男性が皆のぞみ、そして女性は皆あこがれるアイコンになったのである。