《 HISTORY 》
1994年3月。ソロ・デビュー前のMariMariが、
音楽雑誌「米国音楽」の付録CDに『Since Yesterday』を収録するにあたり、
フィッシュマンズのメンバーを中心とするレコーディング・バンドににつけた名称が
“MariMari rhythmkiller machinegun”である。
その後MariMariがソロ活動を進める中、ライブ・パフォーマンスの際には、
“MariMari rhythmkiller machinegun”と いうバンド名を使用。
1999年8月22日。日比谷野外音楽堂で行われたライブ・イベント“闘魂'99”に、
今回のレコーディング・メンバーによる“MariMari
rhythmkiller machinegun”が初登場。
この日より本格始動にむけた準備が始まる。
2000年1月よりレコーディング開始。
2000年6月28日。マキシ・シングル「 TTAGGG
/ Since Yesterday 」で待望のメジャー・デビューを飾る。
Information
RIBBON 03-3406-0940/POLYDOR 03-3780-8603
◇Personal Profile
MariMari(Born:1973.7.9)
○1994年3月、STRAWBERRY SWITCHBLADEのヒット曲「Since
Yesterday」を“MariMari rhythmkiller machinegun
”名義でカヴァー。音楽誌「米国音楽」の付録CDに収録される。同曲は、カレッジチャートの「CRJ-WEST」で初登場3位にチャート・イン。翌週から2週連続1位を獲得し、その後9週間に渡ってチャート・インを記録した。
○1996年3月、フォーライフ・レコードよりマキシ・シングル「Everyday,Under
The Blue Sky」でソロ・デビュー。同発のインディーズ盤とともにアナログ盤は売り切れ続出で入手困難となり、渋谷の街を中心に話題となる。
セカンド・シングル「Indian summer」('96.12)、ファースト・アルバム「耳と目そしてエコー」('97.11)ではそれぞれフィッシュマンズの柏原譲、佐藤伸治をプロデューサーに起用。これらの作品が、後に台湾で映画の主題歌等に起用された事も
あり、1998年にはキャンペーンに招かれたりとアジア市場でも注目を浴びる。
○サード・シングル「J」('98.5)ではセルフ・プロデュースも行い、単にシンガーに留まらないミュージシャンとしてのポテンシャルを窺わせた。
○また、1997年からはファッション界からもアプローチが急増。ヤングバーバリー・プレス用P.Vや、ozone
communityのファッションショーにモデルとして出演。それから現在に至るまで、音楽活動と平行したモデルとしての活動も積極的にこなしている。
○1999年8月、茂木欣一と、バンド“MariMari
rhythmkiller machinegun ”を結成。新たなる音楽活動を開始した。
茂木欣一 Kin-ichi Motegi(Born:1967.12.15)
○1987年にフィッシュマンズ結成。1991年にヴァージン・ジャパン(後のメディア・レモラス、現在は解散)からデビューし、5枚のフル・アルバムを発表。
○ 1995年にポリドールへ移籍。エッポックメイキングなシングルとなった「ナイトクルージング」('95.11)のリリースを転換点とし、アルバム「空中キャンプ」('96.2)、ワントラック・アルバム「LONG
SEASON」('96.10)、アルバム「宇宙 日本 世田谷」('97.7)等々、正に日本ロック史に残る名盤を相次いでリリースし、他に類を見ない孤高のロック・バンドとしての位置を確立していった。
○ 1999年3月、フィッシュマンズは、ボーカリスト佐藤伸治の死去に伴い実質上の活動停止を余儀なくされる。
○ 1999年8月、MariMariと、バンド“MariMari
rhythmkiller machinegun ”を結成。新たなる音楽活動を開始した。その一方、ドラマーとしても活躍。特に、東京スカパラダイスオーケストラにはレギュラー・サポートとして参加。Buffalo
Daughterへの参加はアメリカへも及んだ。その他、SION、松本隆、高橋徹也など多くのライブ、レコーディングに参加している。
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