BIOGRAPHY

PJ HARVEY 


Bio“私をイングランドに連れ帰ってよ
灰色で、じめじめする、年期の入った掃き溜めに
深い霧が山並みの向こうに立ち込め
墓場や、亡き船長達を覆う国に”
PJハーヴェイ 「The Last Living Rose」

PJハーヴェイが今回ニュー・アルバムをレコーディングしたのは、英南部ドーセット州にある、海を臨む崖の上に建つ19世紀の教会であった。その制作には長年の盟友である、フラッド(Flood)、ジョン・パリッシュ(John Parish)、そしてミック・ハーヴェイ(Mick Harvey)らを含むミュージシャン達が参加。本作はPJ・ハーヴェイにとって、高い評価を得た2007年の『ホワイト・チョーク』、そして2009年に発表したハーヴェイ/パリッシュのコラボレーション『ア・ウーマン・ア・マン・ウォークト・バイ』に続く作品となっている。こういったことはありのままの事実だ。しかし『レット・イングランド・シェイク』が驚異的なアルバムとなっているのは、その音楽性、変わらぬ雰囲気、そして特に歌詞と深い関わりがある。例えばPJ・ハーヴェイのこれまでの作品が、率直な感情に支配された経験を描いていたように思えるとしたら、今回のニュー・アルバムは随分と趣を異にしていると言えよう。本作の収録曲は、彼女の母国と、その国自身がかかわり合いになってきた、遠く離れた土地での出来事に焦点を当てている。歌詞では何度も繰り返し、戦争や闘わねばならない人々の運命、そしてアフガニスタンからガリポリに至るまで、あらゆる年代に亘る歴史的な出来事に立ち返っているのだ。そういったことから成るこのアルバムは、抗議のメッセージを込めた作品でもなければ、道徳的な社会的主張や政治的主張を表明している作品でもない。彼女が誰よりも秀でている、謎と磁力とに溢れているのだ。だが今回、特に彼女の作詞は新たな驚くべき地点に到達した。そこで前面に押し出されているのは、歴史の中の様々な人間の様相。はっきり言って、このような作品を作る人はめったにいない。

「以前より外の世界に目を向けるようになったのよ」と、5月にBBCのアンドリュー・マーの番組に出演した際、彼女はそう語っていた。「これまでの私の作品の多くは、内面的なこと、感情だとか、私自身の内部で起きていることについて語っていたと思う。だけど今回は、私の視点はとにかく外側へと向いている。だからイングランドに目を向けて、その問題を扱っているだけじゃく、世界に目を向け、今、世界の最新情勢はどうなっているかということにも目を向けているの。でも常に、1人の人間としての視点を忘れないようにしているわ。政治的な立場から歌う資格が自分にあるとは感じてないから……。私は、政治の影響を受けている1人の人間として歌っている。そして私の場合、そういう方がより自分の望む所に到達できるのよね……というのも、プロテスト・ソング(抗議のための曲)の多くは、聴いていると説教を受けているような気分になってしまうから。私はそういうことはしたくないのよ」。

その序章の役割を果たしているのが表題曲だ。「西方は眠っている/イングランドを揺り起こそう/物言わぬ死者の沈黙に苛まれているから」。今作の大半の曲と同様、この曲のアレンジとメロディは、何世紀にも遡るこの土地特有の音楽の名残りを帯びていると同時に、どこか新たな領域へと足を踏み入れている。つまり、この音楽で用いられている影響の源を特定することは、殆ど不可能なのである。本作の歌詞では、帝国主義後のイングランドが抱いていた迷いや誤った信念を示唆しつつ、不運で哀れな兵士がまた1人、前線へと行進して去って行く。それは「ザ・ワーズ・ザット・メイクス・マーダー(The Words That Maketh Murder)」や「オール・アンド・エヴリワン(All And Everyone)」、そして「ハンギング・イン・ザ・ワイヤー(Hanging In The Wire)」で繰り返されているテーマだ。しかしここで提示されているのは、それだけではない。そう、イングランドそのものの、燦然と輝く詩的な光景が描き出されているのである。旧世紀のその姿は、年齢や経験と共に老朽化して軋みを上げるようになったが、その歴史は、ここに生きる人々の心に深く刻み込まれているのだ。曲のひとつはシンプルに「イングランド(England)」と題されており、その要点は明確だ。「私は生き、そして死ぬ/このイングランドで/残るのは/悲しみ/口に残るのは/苦い味」。

『レット・イングランド・シェイク』は、2010年の不安に満ちた精神を喚び起こすが、同時にまた我々の共有する長き記憶から、過去の様々な時間、様々な場所を蘇らせ、そこに心を向けさせてくれる。そんな想像力に満ちた意図を反映しながら、この音楽は、稀有な幅広さとエモーショナルな力をも備えているのだ。このアルバムは、デビューから約20年を経て、その作り手が同じ場所に留まるのを拒んでいるだけでなく、創造性における彼女の自信が今、恐らく史上最高に達しているであろうことも証明している。本作は、あなたがこれまでに聴いたどの作品とも全く似ていない。そう言って間違いないはずだ。


2010年11月 ジョン・ハリス