『世界は愛を求めてる。 What The World Needs Now Is Love ~野宮真貴、渋谷系を歌う。~』 詳しすぎるアルバム解説

【渋谷系とはなんだったのか?】

渋谷系。リアルタイムで過ごした世代にとっては、なんとも甘酸っぱく、そしてほろ苦い言葉だ。人によっては嫌悪感を抱くという方もいるだろう。しかし、日本のポピュラー音楽史において、非常に重要なムーヴメントだったことは間違いない。

 そもそも渋谷系とはなんだったのだろうか。1990年初頭に、ピチカート・ファイヴ、フリッパーズ・ギター、オリジナル・ラヴといったアーティストを中心に、カヒミ・カリィ、ラヴ・タンバリンズ、ブリッジ(カジヒデキ)といったアーティストが注目を集めたムーヴメントが、いわゆる渋谷系だ。その当時の感覚で言えば、ファッション性の高いオシャレな音楽といったところだろうか。United Future Organizationやテイ・トウワといったクラブ・ミュージック、スチャダラパーやかせきさいだぁなどのヒップホップに加え、エル・マロや暴力温泉芸者といったオルタナティヴなものまで脚光を浴びたのも特筆すべき点である。

 渋谷系のアーティストたちにはいくつかの特徴があった。ひとつはメインストリームとの絶妙な距離感を保っていたこと。90年代といえば、ビーイング系や小室ファミリーを筆頭に多数のミリオンセラーを記録したCDの最盛期。大型タイアップとカラオケによって音楽業界が潤っていたが、渋谷系は一部を除いてこういったマスのマーケティングに背を向け、サブカルチャー系の雑誌や外資系CDショップを基盤にしてプロモーション展開していった。ある程度売れていたとしても、「私だけが知っている」というファンの感覚を大事にしていたのだ。

 また、その際に重要となったのが、ビジュアル戦略である。信藤三雄率いるコンテンポラリー・プロダクションに代表されるデザイナーたちのパッケージ・デザインやプロモーション・ツールは、映画やファッションを音楽と密接に繋ぐことによって、音そのものだけでなく、格好を真似したりモノを所有したりすること自体にも大きな価値を与えた。

 そして、渋谷系のいちばんの功績は、有名無名問わず様々なジャンルの音楽をランダムに引用することで、それまでの価値観をがらりと変えたことではないだろうか。渋谷系以前には、評論家やメディアによって名作と駄作がくっきりと区分けされていたし、ジャンル自体もほぼ固定化されており、それぞれが交わり合うことはめったになかった。しかし、渋谷系の楽曲にはそういった評価やカテゴリとは無縁に、一曲の中でビーチ・ボーイズとカーティス・メイフィールドとニーノ・ロータとデ・ラ・ソウルが一緒くたになっている、なんてことも珍しくなく、逆にそういった引用のセンスによって個性を押し出していたとも言い換えられる。

 このように、渋谷系によって再評価されたアーティストや作品は多数存在する。ロジャー・ニコルズやクローディーヌ・ロンジェといったA&Mサウンド、ハーパーズ・ビザールやミレニアムなどのソフトロック、スピナーズやデルフォニックスのようなフィラデルフィア・ソウル、アルマンド・トロヴァヨーリやフランソワ・ド・ルーベに代表されるヨーロッパ映画のサウンドトラック、そして筒美京平や村井邦彦らが手がけた和製ボサノヴァにいたるまで、挙げていけばキリがない。こういった“発見”はそのまま渋谷系ミュージシャンたちのアイデンティティとなり、元ネタとなったレアな作品は続々と再発されることになる。

 しかし、センス良く過去の音源を引用するという手法自体は、取り立てて新しいことではない。例えば、元ピチカート・ファイヴの小西康陽が大きな影響を受けた細野晴臣や大瀧詠一など、はっぴいえんど周辺の楽曲にも、ロックやフォーク、ワールドミュージックから歌謡曲までありとあらゆるジャンルのエッセンスが交錯している。彼らも時代が違えば、いわゆる渋谷系アーティストになっていたことだろう。

 さて、そういった流れを汲み取って考えると、野宮真貴と坂口修が“渋谷系スタンダード化計画”でピックアップした音楽はごくごく真っ当な渋谷系である。60年代も90年代もいい音楽という基準は変わらないのだから。そして、彼女が歌うことによって、あらためてスタンダード・ナンバーとしてのお墨付きが与えられ、永遠に残っていく。だから、ここでしっかりと断言しておこう。渋谷系は決して流行りモノではなかった。素晴らしい音楽を探し、伝えるための出来事だったのだと。そして、その精神は死なずに、今もまだ続いているのだ。(栗本斉)

 
 
 

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