『NOW RECORDING+』UNIVERSAL/NAYUTAWAVE EDITIONの リリースによせて
村田和人のニュー・アルバムを、首を長くして待っておられた方も多いことだろう。ソロ名義では『sweet vibration』(1995年9月発表)以来、実に13年ぶりとなる新作が、皆さんが手にされている本作『NOW RECORDING+』である。13年もの間、ソロとしての作品リリースこそ無かったが、その間もソロ・ライヴ活動や、例えば吉川みき、山本圭右、小板橋博司との"Jean & Gingers"や、伊豆田洋之、安部恭弘(当時は泰宏名義)、鈴木雄大と共に結成した"A,M,S&I"(アルバム『奇跡はここにあるのさ』を1999年11月にリリース)、杉真理との"アロハ・ブラザース"など、色々なアーティストとの別ユニット、杉真理や伊豆田洋之、山本英美とのライヴ・イヴェント「ピュアミュージック」の定期的開催、さらに音楽を志す後進たちの指導など、様々な音楽活動を積極的に行ってきたことは、熱心なファンの方なら御存知だろう。特に数年前からはソロ・ライヴに力を入れはじめ、現在では村田バンドを引き連れての定期的なライヴの他、弾き語りなど新たな形態での活動も継続展開しており、ファンからは好評を博している。しかもその歌声は、例えば一般的に印象深いと思われるヒット・シングル「一本の音楽」の頃と何ら遜色がないどころかさらに深みを増し、それは初めて彼の歌声を聴いた若い音楽ファンにも驚きを与えるに違いない。またここ数年、洋楽のみならず特に日本のロックやポップスのリイシューが盛んになった影響もあり、村田和人のかつてのソロ・アルバムも次々と再発され、これらを聴いて新たにファンになったという若きリスナー達も増えてきている。あの眩しい夏の日を思わせるダイナミックな歌唱法は今なお鮮烈な光を放ち続け、さらに昨年レコーディングされた杉真理のアルバム『魔法の領域』(2008年1月発表)では、ベーシストとして「Chapel in the sun」を弾き(伊豆田洋之、山本英美、杉真理と共に「ピュアミュージック」のメンバーでコーラスも担当)、また元々"アロハ・ブラザース"
のナンバーとして作られ、日本ペットフード「MIMY DRY」CM曲としてかつてO.A.された「君にしてあげられること」では杉真理とエヴァリー・ブラザーズばりの息のあったデュエットを聴かせるなど、このところは特に表舞台での活動も目立つようになってきた。
そんな中、前出の『魔法の領域』のレコーディング終了と共にスタートしたのが、本作の作業だった。本人に訊けば、「村田和人としてのソロ活動をもう一度本格的に行いたい、という希望がここ数年で強くなり、そのためにはまず何らかの形で作品をまとめ発表したい、ということで作業をスタートさせた」そうで、素直にシンガー・ソングライターとしての本能が作らせたアルバム、と評するのが正しいだろう。しかもその選曲は我々の予想を遙かに超える興味深いものだった。まずはデビュー前のいわば音楽的原点に立ち返り、それを今の視点でとらえ、30年前の作品に再び新たな息吹を与えたいと思う辺りが、いかにも村田和人らしい。
村田和人は1982年4月にムーン・レコードから、シングル「電話しても」でデビューを飾った。しかも山下達郎のプロデュースという幸運なスタートだった。その後も山下達郎のツアーでコーラスを担当し、1983年3月にリリースしたシングル「一本の音楽」がマクセルのCMに起用され、一気にブレイク。2ndアルバム『ひとかけらの夏』もヒットし、まさに80年代のポップ・シーンを語る上で外せない重要な存在となった。しかしそのデビューにあたっては、幸運な面があったと同時に様々な葛藤もあったようだ。実際、デビュー前に組んでいたバンド、"ALMOND ROCCA"時代のナンバー(75年〜80年代初頭)は多数あったにも拘わらず、考えてみればムーン時代のアルバムにはほとんど収められていない。そこで彼は思いついた。ソロとして、シンガー・ソングライターとして今新たな一歩を踏み出すにあたって、もう一度自身の原点に回帰すると共に、その時代に生まれた不遇だった曲たちに再びスポットを当て、自身の音楽的ルーツと志向を再確認したいと。そしてプロとして長年培ってきた技術と感覚を生かし、今となってはあまり表に出ることの無くなった当時の感性を現代に甦らせるプロジェクトが、ここから始まった。
本作のレコーディングは宅録で進められ、長年に渡って共に活動してきた山本圭右がギターで参加している他は、基本的に村田和人の多重録音によるものだ。トラック・ダウンは、杉真理の『魔法の領域』やチューリップの『run』などを手がけたレコーディング・エンジニア、安部徹が担当した。そして完成した本作は、2008年4月1日に完全自主制作盤としてリリース。村田和人とは昔から繋
がりの深い東京・武蔵小山にあるCDショップ「ペット・サウンズ・レコード」等とライヴ会場のみで販売された。まずは本作を発表することで、次なる一歩に繋がれば…というのが、村田和人の正直な願いだったという。
しかしその後、転機が訪れる。杉真理の『魔法の領域』のリリースを担当したユニバーサルミュージックのレーベル/NAYUTAWAVE RECORDSのプロデューサー、三上栄一がこのアルバムの話を聞きつけ、興味を持つことに。そして交渉の末、ユニバーサルからのリリースが決定する。ただし自主制作とはいえ一度発表されているものであるため、本人の要望もあり、デビュー前に録音されたデモやライヴ・テイクなど、貴重な未発表音源をボーナス・トラックとして加えることとなった。
本作を聴いて頂ければお気づきかと思うが、ここに収録された曲には、例えばはっぴいえんどやシュガー・ベイブなどに代表される70年代特有のサウンドと言葉選びのエッセンスが詰まっている。これらのテイストは現在でこそ再評価されているが、80年代に入るとニュー・ミュージックの衰退と共にむしろ過去のものとして捉えられていっただけに、デビューにあたってこういう要素がカットされたのも時代の流れだったのかと気づく。しかし若き日の村田和人が描いた世界は、シーンがひと回りしてそれらの再評価が進む今の耳で改めて聴いてみると、完成度が高く素晴らしいものであったことが分かる。しかもデビュー前にライヴで演奏されていた「Almond
Paradise」「Tropical Party」「Happy Honeymoon」なども含まれ、そこには若さや繊細さ、当時の空気感も内包され、この作品達が今こうして陽の目を見ることになって良かったと、私自身も改めて感激した。
30年の月日を経て熟成され、今輝き始めた『NOW RECORDING+』。彼の素敵な人間性が生かされた本作は、まさに今こそ聴くべき素晴らしい内容だ。そしてこれからの村田和人の活動にも是非注目して頂ければ幸いである。
2008.6.17 土橋一夫(Surf's Up Design / Groovin') |