BIOGRAPHY

 MANDO DIAO / マンドゥ・ディアオ


Bio


グスタフ・ノリアン(ギター/ヴォーカル):Gustaf Nóren (g./v.)
ビョルン・ディクスクウォット(ギター/ヴォーカル):Björn Dixgård (g./v.)
カール・ヨハン・フォーゲルクロウ(ベース):Carl-Johan Fogelklou (b.)
サミュエル・ギールス(ドラムス):Samuel Giers (d.)
マッツ・ビョルク(キーボード):Mats Björke (k.)

 

 

 

 

 

 

 

 




スウェーデン中部に位置する町ボーレンゲから、一組の若手バンドが世に飛び出してロックンロール界に殴り込みをかけ、驚くべき大成功を収めたのは、さほど昔のことではない。ちょっぴり大言壮語なところがあるものの、稀に見るほどの才能に溢れたソングライター・チームを擁するこのバンドが、激情迸るデビュー・アルバム『ブリング・エム・イン』(Bring ‘Em In)をリリースしたのは2003年のことだった。そこから先は、次々と様々なことが巻き起こる矢継ぎ早の展開。毎年1枚ずつのニュー・アルバムを発表し、またライヴ会場は回を重ねるごとに大規模なものに。そして彼らのアルバムは、2nd『ハリケーン・バー』(Hurricane Bar)、3rd『オード・トゥ・オクラシー』(Ode To Ochrasy)と連続して、ドイツでゴールド・ディスクを難なく獲得。続く4thアルバムに当たる前作『ネヴァー・シーン・ライト・オブ・デイ』(Never Seen The Light Of Day)では、スカンディナヴィア半島に伝わる北欧の伝承音楽を実験的に取り入れたことを筆頭に、様々な新しい試みに挑戦し、ファンや評論家らの度肝を抜いた。

昨年1年間は、マンドゥ・ディアオとしての新作は発表されなかったものの、「シープドック」や「ダウン・イン・ザ・パスト」「ロング・ビフォア・ロックン・ロール」といったおなじみの名曲群は、2008年を通じ、全ての誇り高きDJたちにとってのマスト・ナンバーであり続けた。新たなリリースがなかったとはいえ、2008年はマンドゥ・ディアオにとってかなりエキサイティングな年であったと言える。まず、バンドのツイン・ギタリスト兼ヴォーカリスト兼ソングライターである2人、グスタフ・ノリアンとビョルン・ディクスクウォットとがそれぞれ結婚。そしてノリアンと妻との間に長男が誕生した。また、ストックホルムにあるバンド所有のスタジオが昨年春に完成。それにより、マンドゥ・ディアオにとって5作目となるニュー・アルバムのレコーディングに入る準備が、08年5月までには整った。今回サウンドの舵取り役を果たしたのは、ベーシストのCJ(※カール・ヨハンの愛称)・フォーゲルクロウと、キーボード担当のマッツ・ビョルクである。太陽輝く米西海岸ロングビーチにある、バンドの友人所有のスタジオにて、レコーディングの行程が完了したのは昨年11月のことだ。彼らの苦労の成果である新作は、2009年2月末、ユニバーサルを通じて発表される予定(日本盤は3月4日発売予定)となっている。

デビュー以来、マンドゥ・ディアオは第一線で成功を収めてきた――そこまでの所は確かだ。そして同じように、彼らのニュー・アルバム『ギヴ・ミー・ファイア』(GIVE ME FIRE)が彼らの地位を更に堅固なものにする作品となるであろうことも確実である。どれ一つとして似通った曲がないというのに、どの曲でも典型的なマンドゥ・ディアオらしさが発揮されている今作。このバンドに関して言えば、”典型的な”という形容詞は、”グレイトな(=最高の)”と同義語だ。まず、今作からの第一弾シングル「ダンス・ウィズ・サムバディ」は、シンプルであると同時にグレイトな曲である。「そうだね、すごくシンプルな曲だよ」と、認めるCJ。「もしかしたら、僕らがこれまでにレコーディングした中で一番シンプルな曲かもしれない。でも、その効き目はとにかく絶大なんだ」。全くその通りである。強く足を踏み鳴らすようなビート、躍動感に満ちた跳ね回るベース・ラインに、目が眩みそうなキーボード、前後左右から響き渡ってくるギター。そしてそれに乗せた、石をも溶かすようなヴォーカル。70’sディスコ・ミュージックをも彷彿とさせるこの刺激的なナンバーは、とてつもなく強烈なサビのおかげで、一度聴いたら頭から離れないこと請け合いだ。
だが「ダンス・ウィズ・サムバディ」で驚くのはまだ早い。「ギブ・ミー・ファイア」では控えめなレゲエ風味を披露し、「ザ・シャイニング」ではエンニオ・モリコーネとリー・ヘイゼルウッドがマリアチ・バーで出会ったような風情を漂わせ、そして「ナッシング・オン・ミー」で彼らは、いよいよ重要な核心に迫っているのだ。この「ナッシング・オン・ミー」は、まるでブラック・サバスの「ウォー・ピッグス」と、アーサー・ブラウンの「ファイアー」と、エドウィン・スターの「黒い戦争」(のエリック・バードンによるヴァージョン)とをまとめてミキサーに入れ、激しく掻き混ぜた曲のように聴こえる。マンドゥ・ディアオはサイケデリック・メタル・ポップと化したのだろうか?「人生で最低一度は、こういう曲を書いてみたいと思ってたんだよね」と解説するビョルン。その歌詞には、歯に衣を着せることなく彼が歌っている[ファシストと警官たち]という一節がある。「これはちょっとしたシンプルな反逆ソングなんだよ。自分の中に溜まっていた攻撃性を吐き出せて、胸がスッとするような気分になれるのさ」。

もちろん本作には、極めて明瞭なギターやトム・ジョーンズばりのセクシーなコーラスを軸とする、「ゴー・アウト・トゥナイト」や「グロリア」といったアップビートなロック・ナンバーも健在だ。一方「ブルー・ライニング」は、初期の頃から我々におなじみの彼ららしさが炸裂している、息もつけないほどパワフルかつ妥協の余地などない激烈なロック。これもまたヒット・シングルとなる可能性大だ。ただし、それは今回の新曲すべてに当てはまること。例えば、憂愁を帯びた切ないグルーヴに彩られている「ハイ・ヒールズ」は、1940年代後半のパリの街角に佇むキャバレーの雰囲気に、聴き手を浸らせてくれるだろう。また「ミーン・ストリート」は、モータウンのヴァイブやブロードウェイの壮麗さに対するマンドゥ・ディアオの愛情を表現した、高揚感に満ちた享楽的なナンバーだ。

間違いない。2009年は再び、マンドゥ・ディアオの年となることだろう。




ディスコグラフィ:
『ブリング・エム・イン(Bring ‘Em In)』(2003年)
『ハリケーン・バー(Hurricane Bar)』(2004年)
『オード・トゥ・オクラシー(Ode To Ochrasy)』(2006年)
『ネヴァー・シーン・ザ・ライト・オブ・デイ(Never Seen The Light Of Day)』(2007年)
『ギヴ・ミー・ファイア!』(2009年)