BIOGRAPHY

ジェイピー・クーパーマンチェスター出身JPクーパーは一般的に、音的には異なる領域と思われがちの2つのシーンの間で楽々と存在してみせる。すべて自力で、独学だという。インディ・ロックのシーンでまずは技術を覚え、その後 シング・アウト・ゴスペル・クワイアに参加して磨かれた JPことジョン・ポール・クーパーのヴォーカルと巧みなギターからはその両方の世界の良い部分だけが見事に一体となっている。まさにソウル(魂)のあるインディ、ハートが宿るソウル。人生を、喪失を、切望を身を以て体験してきた28歳の男の心が生み出した意義ある音楽だ。因習に抵抗し、比較されることを拒む、真に唯一無二のアーティストの姿がそこからは見えてくる。「シンガーソングライターという見られ方はしたくないんだ。陰鬱そうなトゥルバドール(吟遊詩人)という箱の中に、他の大勢と一緒に入れられてしまうだろ?」とJPは笑う。「僕はそれだけにとどまりたくない。素晴らしい音楽を作り、成長したいんだ。進化を続けるアーティストが僕は昔から大好きで、尊敬してきた。マーヴィン・ゲイ、スティーヴィ・ワンダー、ビョーク。彼らのように探求を続け、変身し続けるアーティストになりたいと願っているんだ」

DNAの中に音楽を持って生まれてきたかのようだが、JPはとりたてて音楽的な家庭環境に育ったわけではない。彼の祖父は商業アーティストで、父親もアーティストだったので、JPは自らのアートにとってかけがえのない貴重な”何か”を父から学んだという。「父はアート・スクールに通ってアートを学んだのだが、祖父からは”アートの仕事にはつくな。好きだという気持ちが消えてしまう。趣味ではなく、職業になってしまう”と言われた。それからギターを独学で弾くようになる何年も後まで、その言葉が頭から離れなかった。物事の基礎は知らなくてはならないが、肝心なのはそれを楽しみ、子供がそうするように遊ぶこと、ルールを無視して。僕は自分でも、今どのコードを弾いているのか、さっぱりわからない。でもそれがむしろ僕のためにはいいんだ。完全なホラ吹きさ。でもそのおかげでいつも何かに驚かされ続けていられるから、いいことだと思うよ」

マンチェスターの若者の多くがそうであるように、JPもギター漬けのブリットポップに囲まれて育った。学生時代からいくつものバンドで演奏してきたという。最初はオアシスだったが、定期的に訪れていたレコード店「ヴァイナル・エクスチェンジ」で、ビョークからエイフェックス・ツインズ、ダニー・ハサウェイ、ルーファス・ウェインライト等を発見し、音楽の趣向は大きく広がった。様々な影響を取り入れながらも、自分が描くアーティストを目指して実験を始めたカレッジ時代、ソロになることを決断。「誰に頼らなくてもいいということに気づいたんだ。演奏ができて、曲が書ければ、自足自給でやっていける。妥協することなく、自分の作りたい音楽が作れる、ってね」。独学で学んだギターを携え、JPはオープンマイクの場で実力を試し始める。すぐに声がかかり、あっというまにマンチェスター中でプレイするようになり、1年もかからず、250人キャパの「デフ・インスティテュート」をソールドアウトにするまでになった。しかし白人でギターを持ってい歌う男性というだけでブッキングされるのはフォーク系、インディ系、バンド系の枠。そんなシーンに押しやられることに居心地の悪さを感じていたJPだったが、音楽の機微が徐々に伝わり始め、オーディエンスも多様化していく。その後、JPはマンチェスターのシング・アウト・ゴスペル・クワイアに参加し、ミックステープをシリーズで3種類リリース。アーバンシーンでのファン層を増やしていった。マンチェスター「ゴリラ」をソールドアウトにするだけでなく、ロンドンにも進出。「ソウルやアーバンのオーディエンスに僕の音楽を届けられるようになり、一夜にして全てが変わった。以来、オーディエンスはどんどん増え、自分が歌うべきオーディエンスが見つけられた気がする。この世界から受け入れてもらえたのはとても嬉しいよ」

3年前、初めて父親になったJPだったが、その1年後、難しい決断を迫られることになる。バーでの仕事で生計を立てていたのは、息子と毎朝、毎晩、一緒に過ごす時間を持てるからだった。そんな時、アイランド・レコードから契約話を持ちかけられたのだ。しかしそれはロンドンへ頻繁に通わねばならないことを意味する。「息子の成長の場に立ち会えないのは嫌だったんだ。でも息子のためにも、僕は将来を築かねばならない。音楽への大きな夢が実際に叶い始めていたのに、自分にとって”家”と思えるものから離れねばならなくなっていたんだよ」

2015年にリリースされたEP『When The Darkness Comes』で彼が取り上げていたテーマはまさにそのことだった。1年半前、アイランド・レコードと契約。以来、2枚のEPをリリース、合わせて5百万回プレイに達している。1枚目『Keep The Quiet Out』はBonkaz,やJacob Banksも手がけたConfectionaryプロデュース。2枚目『When The Darkness Comes』はデュオのOne-Bitプロデュースによる力作6曲の、どれも深く、心に届いてくる、共感を呼ぶEPだ。「男と女の関係だったり、人の葛藤だったり、家族、人間の心や精神、その不可思議さだったり、複雑さを歌っているんだ」とJPは言う。

SNS等のフォロワー数はもちろんながら、JPにはライヴに足を運んでくれる大勢の熱心なファンがいる。昨年、ロンドンでは「ザ・スカラ」「ヴィレッジ・アンダーグラウンド」「Koko」を含む4回のヘッドライン・ショウを全てソールドアウトにした。EPと迫力のライヴ・パフォーマンスは彼の音楽性同様、幅広い層にファンを増やしている。ボーイ・ジョージ、『イーストエンダーズ』(TVドラマ)のキャスト、マヴェリック・セイバー、ショーン・メンデス、ストームジーもJPのファンを公言している。近頃行なったジョージ・ザ・ポエットとのコラボレーションで、JPはスポークンワードの世界にも一歩足を踏み出した。「僕の世界とは全く異なる世界だけれど、たくさんのことを学んだよ。スポークンワードの奥にある想像力からは、僕ももっとうまくなりたいと思わされた」

次は、正式なデビュー・アルバムの番だ。今まで以上に大きく、大胆に、でもシンプルさと誠意は失っていない。ヒップホップ、正真正銘のソウル、カントリーも感じるギター、と色々な要素を織り交ぜながら、予想外のひねりや驚きもある。アーティストとしてJPが目指すものは、型にはまることでもなく、予想通りでもなく、平凡なことでもない。「これまで以上に大胆になるよ。曲がラジオで流れたのはとてもラッキーだったと思ってる。だって僕の曲は今のラジオの主流とはまるで違うサウンドだからね。これからもその道を歩むつもりだ。その時、世に送り出されるすべてのものと同じにはしたくないんだ、僕の音楽は」

JPクーパーが目指すものの先にあるのは、賞でも称賛でもない。彼に音楽を作らせる理由はそんなことではないのだ。皮肉にも、大衆マーケットにアピールする”型通りの似たようなサウンド”を作るため、彼はここにいるわけじゃない。あるべき音楽ーその逆もありーの概念に挑戦を挑むために彼はいるのだ。「表面だけでやってるわけじゃない。自分の生き様を曲にしているだけだ。つまり、人間が体験することをだ。僕は手の届かない存在なんかじゃない。だから聴く人は僕を信頼してくれるのだと思う。うわべではないから、もっと知りたいと思ってくれる。もし、そうやって僕のことをもっと知ってくれたなら、きっと音楽をさらに気に入ってもらえる。そう願いたいよ。先の事は何もわからないし、何年かはもうやってきているわけだけど、気持ちとしては今からが新たな始まりだ。すごく楽しみだね」