ジャズの名アルバムをテーマに、短編小説が出来ました。

是非お楽しみ下さい!
text by kozojazz

第1回 クール・ストラッティン ~ 美脚のミューズ >>
第2回 ワルツ・フォー・デビイ〜 奇跡の日曜日 >>


第2回:ワルツ・フォー・デビイ〜 奇跡の日曜日 2014.12.24 UP

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 小柄な私だけれど、ビートには自信がある。手も小さいし、握力も男性と比べれば弱いけど、練習を重ねた運指とピチカートでそれらを補ってきてきたつもり。そんな努力もスコット・ラファロの演奏に出会ったから……。ビル・エヴァンスと彼との奇跡的なアルバム、『ワルツ・フォー・デビイ』は学生時代に通っていたジャズ喫茶で初めて聞いた。衝撃的だったわ。そして、ジャケットを手にしたらもっと驚いた。録音日は1961年、6月25日。その日と同じだったの。しかも同じ日曜日。2006年のね。運命を感じた。もちろん、ジャズを聴くのは初めてじゃなかったけど、三人が自由にスイングしているのが新鮮だったし、特にベーシストがピアノのバッキングでウォーキングしているだけじゃなく、ソロをとりながらエヴァンスと会話しているように聴こえたのには驚いた。それ以来、スコット・ラファロに魅せられて、ジャズ・ベースを本格的にやるようになり、毎年、6月25日にはこのアルバムを聴くことにしている。今年もその日がやって来た。ちょっと蒸し暑い季節。私は部屋で一曲目の〈マイ・フーリッシュ・ハート〉を聴きながら、ツイッターで呟いてみた。
「今日は、名盤『ワルツ・フォー・デビイ』の生まれた記念日。この日は毎年、このアルバムを聴いてます。Luv Scotty。#WaltzforDebby」
 最近凝っているサイフォンで淹れたコーヒーを飲みながら、演奏の間に漏れ聞こえてくるコーヒー・カップの音を真似して、自分のカップの音をたててみた。スマホに目をやると返信が入っている。誰だろう?
「はじめまして。奇遇だな。僕も今日〈ワルツ・フォー・デビイ〉を演奏する予定なんだよ……」
 私は驚いた。ユーザー名はgloria。プロフィールをチェックするとベーシストとだけある。知らない人だけど、フォローを返しながらダイレクトメッセージを入れてみた。
「どこで演奏しているんですか?」
「NYのクラブ。連日出演してるけど、今日は昼と夜と公演があるんだ」
 へぇ、NYでライブをやっているんだ、日本語でDMをくれたから日本人かな…… 私は続けた。
「NY、いいですね! 聴きに行きたいです」
「バラードの時にお客さんがおしゃべりしたり、咳払いしたり、地下鉄の音が響いてきたり、ちょっと環境は悪いけど、トリオの演奏は楽しいよ。今、メンバーのみんなととても気持ちが通じ合っている。僕のベースも自由に弾かせてもらえるんだ」
 まるでビル・エヴァンス・トリオみたいね、と私は思った。
「私もベースを弾くんです。憧れの人はスコット・ラファロ」
「いい趣味だ。僕たちの演奏は打ち合わせもなく、始まったら自然に流れていく。インスピレーションのおもむくままさ」
「ビル・エヴァンス・トリオみたい」
「ビル・エヴァンス? 彼はリリカルでご機嫌だよ」
 私たちは矢継ぎ早にメッセージを交わした。1961年、6月25日の日曜日、ヴィレッジ・ヴァンガードは熱かったんだろうなぁ。私は自分が生まれる前の遠い日に想いを馳せた。
「今日は録音するんだ。僕のオリジナルもやるよ。オリンもはりきってる。ごめんね、もう出かけなきゃ。ビルとポールより遅く行くわけにはいかないからね。また……」
 彼からそうメッセージが届いた。〈マイ・ロマンス〉のソロ・ピアノに混じって、窓の外からしとしとと雨の音が聞こえてくる。
ビル? ポール? オリン? 何よ、それ。まるでスコット・ラファロと会話しているみたいじゃない……。私は流れてくるスコット・ラファロのベース・ソロに集中した。雨の音が次第に強くなって胸が締めつけられる。

 それから、日増しに夏めいていく10日間、彼からダイレクトメッセージは届かなかった。あれはいったいなんだったんだろうか? そう思いながら久々にツイッターを開いた。おや、いつのまにかダイレクトメッセージが届いている。この前のgloriaだ。
「久しぶり。ニューポートに行ってたよ。でも、これが最後のメッセージになるかな。さよなら……」
 最後? さよなら? どういうこと? 私は胸騒ぎを覚えてカレンダーを見た。今日は7月6日。スコット・ラファロが25歳でこの世を去った日。まさか、彼の天国からのダイレクトメッセージだったの? 私は慌てて『ワルツ・フォー・デビイ』のレコードを手にした。そして、〈マイ・フーリッシュ・ハート〉に針を落とした。スコット・ラファロがいる。彼のベースの音が美しいピアノの旋律を縫っていく。私は窓を開けて空を見上げた。急に涙が溢れてくる。そして、呟いた。
「さようなら、スコッティ……」

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Waltz for Debby  Good-Bye Scotty on Miracle Sunday text&cut by kozojazz


第1回:クール・ストラッティン ~ 美脚のミューズ 2014.12.01 UP

ソニー・クラークのブルージーなタッチ、あまりにも有名な”足ジャケット”といえば、『クール・ストラッティン』。 永遠のベストセラー、『クール・ストラッティン』が小説になると…?

Cool 1201 僕とあいつはことごとく意見が合わない。僕がビル・エヴァンスを聞きたい時には、あいつはエリントンの気分だし、僕がスペイン・バルに行きたい時は、居酒屋でホッピーが飲みたいって、そんな調子。なのに学生時代から15年以上も長くつきあっている。わからないもんだ。案の定、今夜も食事の後にロックバーに行くか、ジャズバーに行くか、また意見がくい違った。結局は僕が押し切って新宿のジャズバーDに行くことになった。歌舞伎町から通りを挟んだところにある老舗のバーの階段を地下に降りると、コーヒーの匂いの中から、ブルージーなアルト・サックスの音色が聞こえてきた。僕はそれだけでわくわくしてきたけど、あいつはしらけた顔をしている。店内に入ると、昔から変わらないカウンターに並んで座った。僕のオーダーは白ワイン。あいつは「ホッピーはないわよね」なんて言いながら、ラフロイグの炭酸割を注文した。癖のあるシングルモルトだ。随分と通好みの注文するじゃないか。
 さっきから流れているアルトは僕のアイドル、ジャッキー・マクリーンだ。アイドルって言うのはこういうのを言うんだ。AKBや乃木坂も好きだけどね。でも、本当のアイドルはマクリーンさ。青い音色がたまらないね。隣に座っているあいつにそう言ったら、私はエリック・ドルフィーだわ、って言うに決まってるだろうけど。
 この音は名盤『クール・ストラッティン』。ブラインド・フォールド・テストにはなり得ない、誰もが知っている一枚。美脚をアップにしたクールなアングルのジャケットも有名すぎる。僕はカウンターに飾られたジャケットを指さすとあいつに言った。
「かっこいいよな、あのジャケット」
 あいつはグラス片手に頷いた。珍しく意見が一致だ。さすがに名盤は違うね。僕はちょっと嬉しくなって続けた。
「あの脚の女性、顔は写っていないけど、さぞかし美人なんだろうな」
 僕がそういうと、あいつは細いジーンズの脚を組み直しながら少し眉をひそめた。履き古したジーンズとボブ・カット、それにホワイトのコンバースのハイカット・スニーカーがあいつのトレード・マークだ。そういう僕もアンソニー・ブラックストンと同じ丸メガネにカーディガン姿がおなじみになっている。髪も短くしているんで、いつまでたっても浪人生に間違えられる。
「そうかしら……」
 あいつがそう言うので、僕は首を傾げた。
「美人かもしれないけど、ウディ・アレンの〈ブルージャスミン〉の主人公、ケイト・ブランシェットのブルーなジャスミンのイメージね。セレブなのに精神を病んでて、本当は憂鬱な女。どんどん落ちて行って、まるでジャズメンみたいじゃない……」
 僕はナッツを一掴みした。そういえば、あの映画を見た後も感想がくい違ってたな。
「なんでそうなるかなぁ。こんな素敵なジャケットなんだからロマンティックな美人だろう。スカヨハとかイメージするけどなぁ……」
 あいつはラフロイグをぐっと飲み干すとつぶやいた。
「男ってばかね……」
 唖然としたね、その言葉。
「スカーレット・ヨハンソンなんて想定内すぎるじゃない。モンローの再来、世界一セクシーと言われたハリウッド女優。あの髪、あの唇、あの体。ほんと、男はセクシーなのが好きなのね……。女はブルーなくらいの方がいいのよ」
 はいはい、そうですか。まったく、どうして突っかかってくるんだろう……。音楽は2曲目の〈ブルーマイナー〉に変わっている。うーん、確かに『クール・ストラッティン』はブルージーなアルバムだ。ジャケットの美脚の主も何か訳ありかもな。
「しかし、ほんとに意見が合わないよなぁ……」
 あいつは怒りだすかと思ったら、化粧っ気のない涼しい眼を片方つぶりながら答えた。
「いいのよ、ジャズだから。私が表であなたが裏。それでスイングするの。どう、前向きでしょ」
前向きだけど、あいつが表で僕が裏かよ。
「逆じゃないか、お前が裏だろ」
 あいつはマスターに同じものをもう一杯と目で合図した。マスターもウインクで答えた。
「ほんと駄目ね。ジャズでは裏の方がえらいのよ。常識じゃない」
まあね、確かにそうだ。ジャズはしっかりとしたオンがあってアフタービートが生きる。アフタービートが主役なんだよな。さて、男と女はどちらが表でどちらが裏?
「じゃ、主役を譲ってくれたってことか……」
「あたりまえじゃない。いつだってそうでしょ」
 ほんとかよ。そうは思えないけどな。
 店の両側にあるスピーカーから〈ディープ・ナイト〉のソニー・クラークの哀愁感あふれるテーマが流れてくる。なるほど、表と裏があってのジャズ。そして、男と女か。
僕は足で軽くビートをとりながら、ふと思った。
まいったな、いつも教えてくれるのはジャズ。そして女だ…。

Text by kozojazz