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ファンタジー
1949年設立
1940年代にレコードのプレス工場も含むプラスティックの鋳型工場をサンフランシスコで経営していマックスとソルのワイス兄弟が設立。デイヴ・ブルーベック、ジェリー・マリガン、カル・ジェイダー、そしてヴィンス・グァラルディといったジャズ・ミュージシャン以外にも、さまざまなジャンルのアーティストと契約。1968年から、ロック・バンドのクリーデンス・クリア・ウォーター・リヴァイヴァルと組んで次々と大ヒットを飛ばすようになる。1970年以降は本拠地をバークレイに移し、ブラックバーズ、スタンリー・タレンタイン、シルヴェスター、ルース・ブラウン、フレディ・コールといった多くのヴァラエティに富んだアーティストの作品を発表。一方で『アマデウス』や『アメリカン・ペイシェント』などの映画のサウンドトラックで成功を収めた。
プレスティッジ
1949年設立
プロデューサーのボブ・ワインストックによって1949年にニューヨークで設立。最初はニュー・ジャズというレーベル名だったが、すぐにプレスティッジと改変。設立後の10年間で、マイルス・デイヴィス、ソニー・ロリンズ、セロニアス・モンク、モダン・ジャズ・クァルテット、ジョン・コルトレーン、エリック・ドルフィー、ジーン・アモンズ、ソニー・スティットなど、名だたるジャズ・ジャイアンツを録音。モダン・ジャズの代表的レーベルとして確固たるステイタスを築いた。ワインストックは1958年になると何人かのプロデューサーにレコーディングを任せるようになり、その結果、60年代にはジャック・マクダフ、リチャード“グルーヴ”ホルムズに代表されるソウル・ジャズの作品も積極的に録音していった。1972年にファンタジー・グループの傘下に吸収された。
リヴァーサイド
1953年設立
当初は1920年代のクラシック・ジャズとブルースのレコードを再発売するため、トラディショナル・ジャズの熱狂的なファンだったビル・グロウアーとオリン・キープニュースが1953年にわずかな資金でニューヨークで設立。その後、キープニュースがセロニアス・モンク、ビル・エヴァンス、キャノンボール・アダレイ、ウェス・モンゴメリーのプロデュース(ライナーノーツも執筆)することによって、モダン・ジャズの主要レーベルのひとつに変身を遂げた。また、ジャズにとどまらず、モンゴ・サンタマリア、ジョン・リー・フッカー、ステイプル・シンガーズといったラテン、ソウルの作品を発表したのも、このレーベルの特徴。グロウアーが死去した1年後の1964年に倒産。傍系のジャズランドも含む全カタログは、1972年にファンタジー・グループの傘下に吸収された。
コンテンポラリー
1951年設立
ロサンジェルスでトラディショナル・ジャズ専門のグッド・タイム・ジャズを経営していたレスター・ケーニッヒが、1951年に設立したモダン・ジャズ・レーベル。その優れたサウンドとプレス技術、印象的なジャケット・デザインは、一躍業界で注目を集めた。1956年にはジャズ界で初めてステレオ録音を実施。アート・ペッパー、ハンプトン・ホーズ、バーニー・ケッセル、シェリー・マン、アンドレ・プレヴィン、ハワード・ラムゼイ等による西海岸のジャズ・シーンの動きを記録。オーネット・コールマンの初リーダー作を発表する実績も残した。ケーニッヒの死から7年後の1984年、全カタログがファンタジーに売却されたものの、その後もバディ・デフランコ、バド・シャンク、クリス・コナー、キャロル・スローンといったアーティストたちと契約し、作品を発表しつづけた。
マイルストーン
1966年設立
リヴァーサイド・レーベルのプロデューサーだったオリン・キープニュースが、1966年に設立。数年のうちに、ソニー・ロリンズ、ジョー・ヘンダーソン、ゲイリー・バーツ、マッコイ・タイナーといった、トップ・ジャズ・ミュージシャンの作品をカタログに並べた。キープニュースとマイルストーンはファンタジーの傘下に入るため、1972年に会社をニューヨークからバークレイに移す。直後にはブラジルのヴォーカリスト、フローラ・プリムの作品で大成功をおさめた。80年代初めにキープニュースは退社したものの、レーベルは活発に活動を続け、ソニー・ロリンズ、ジミー・マグリフ、ハンク・クロフォードの作品などを発表。ちなみに、ロリンズは在籍35年を超える現在もマイルストーンの専属アーティストとして活躍中。
パブロ
1973年設立
ヴァーヴ・レーベルのオーナーだったノーマン・グランツは、1962年に同レーベルをMGMに売却した以降は音楽業界から身を退いていた。しかし引退から10年後の1973年、地元ビヴァリー・ヒルズで新レーベルのパブロを設立し復帰。レーベルは、エラ・フィッツジェラルド、ジョー・パス、オスカー・ピーターソン、カウント・ベイシー、デューク・エリントン、ディジー・ガレスピー、ミルト・ジャクソン、サラ・ヴォーンといったベテランの大物アーティストと契約し、350枚以上のアルバムをリリース。グランツは1987年にパブロをファンタジーに売却したが、レーベルはその後も活動を維持し、未発表になっていた素晴らしい音源の数々やロン・アフィフとジョン・パイサノのギター・デュオなどの新作をリリースした。
スタックス
1957年設立
1957年、ジム・スチュアートとエステル・アクストンの兄妹がテネシー州メンフィスで設立。当初は「サテライト」という名前だったが、1961年にふたりの苗字の最初の2文字(stとax)を組み合わせて「スタックス」というレーベル名に変更。前年の1960年には大手レコード会社アトランティックとライセンス契約を結び、オーティス・レディングという看板アーティストを筆頭にして、最初の黄金期を迎える。しかし、1967年にオーティスがこの世を去り、1968年にアトランティックとの契約が終了すると、その黄金期は幕を閉じる。その後70年代には、アイザック・ヘイズ、ステイプル・シンガーズなど数々のヒット・メイカーを輩出し第二の黄金期を迎えるも、1975年に財政難で倒産。1977年にファンタジー・グループの傘下に吸収された。
スペシャルティ
1946年設立
アート・ループによって1946年にハリウッドで設立。当初はジューク・ボックスというレーベル名であったが、メジャー会社とは違うことを主張するため、翌年スペシャルティに変更。アフリカ系アメリカ人によるブルースとゴスペルを得意とし、それらの両方でシーンをリード。ロイ・ミルトン、パーシー・メイフィールド、ロイド・プライスなどのリズム&ブルース系アーティストと、ピルグリム・トラヴェラーズ、ソウル・スティラーズ(サム・クックをフィーチャー)といったゴスペル・アーティストが在籍。そのほか、1955年にリトル・リチャードを録音するなど、ロックンロールの発展にも重要な役割を果たした。1957年にリトル・リチャード、サム・クックという2大看板アーティストが離れた後も活動を続けた。1991年にファンタジー・グループの傘下に吸収された。
コンコード・レコーズ
1969年設立
1960年代に、ビジネスマンで市民リーダー的な存在だったカール・ジェファーソンは北カリフォルニアで「コンコード・ジャズ・フェスティヴァル」を開催していた。それが発展し、フェスティヴァルに呼んだミュージシャンたちのためにレコーディングの場を提供するため、コンコード・レコーズを設立。その後レーベルはファミリー化し、「コンコード・ジャズ」「コンコード・ピカンテ」などが生まれた。コンコードはいまや1,000作品、そして10,000曲の音源を抱えるレーベルに成長し、ワールドクラスのアーティストを数多く傘下に収めている。1999年にはエンタテインメント業界の重鎮であるノーマン・リアとハル・ギャバがレーベルを買い取り、以後はレイ・チャールズ、バニー・マニロウ、オゾマトリ、モーリス・ホワイトといったアーティストの作品を発表している。
コンコード・ジャズ
1973年設立
コンコードの主要レーベルとして1973年に設立。以降、アート・ブレイキー、レイ・ブラウン、デイヴ・ブルーベック、チャーリー・バード、ローズマリー・クルーニー、スタン・ゲッツ、メル・トーメといったレジェンドたちの作品を発表してきた。現在でもカーリン・アリソン、ゲイリー・バートン、スコット・ハミルトン、ニーナ・フリーロン、ダイアン・シューアをはじめとする人気アーティストを多数抱えている。
コンコード・ピカンテ
1980年設立
トラディショナル・ジャズ専門のグッド・タイム・ジャズ・レーベルが設立された2年後の1951年、レスター・ケーニッヒはコンテンポラリー・レコーズを起こしてモダン・ジャズの世界に進出を果たす。ロサンジェルスに本拠を置くこの会社は、その優れたサウンドとプレス技術、印象的なジャケット・デザイン、そして内容豊かなライナーノーツによって、あっという間に業界で注目を集めるようになった。1956年にはステレオでジャズを録音した最初のレーベルにもなっている。コンテンポラリー・レコーズは、ハンプトン・ホーズ、バーニー・ケッセル、シェリー・マン、アート・ペッパー、アンドレ・プレヴィン、ハワード・ラムゼイのライトハウス・オールスターズといったミュージシャンを含む南カリフォルニアのジャズ・シーンの動きを記録しただけでなく、東海岸で活躍するテナーの巨人、ソニー・ロリンズによる2枚の作品や、ジャズに革命をもたらしたオーネット・コールマンのレコーディング・キャリアに先鞭をつけるなどの実績も残してきた。ケーニッヒの死から7年が過ぎた1984年、コンテンポラリーはファンタジーに権利を譲った。
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