BIOGRAPHY

フィッシュマンズ


Bioヴォーカリスト 佐藤伸治が1999年に惜しくも亡くなり、その後21世紀に入ってなお、多くのミュージシャン、クリエイター、新世代リスナーからの熱い愛を集め続けている孤高のバンド。 1990年代に生み出された10枚のアルバムと幾多の名曲達。フィッシュマンズのハイブリッドでどこか切ない音楽が鳴り響いた。レゲエ / ダブ / ロックステディを基調に、ロック、ファンク、ヒップホップ......の要素を溶け込ませた、ハイブリッドなサウンド。そのサウンドの上でヴォーカリスト / ソングライター、佐藤伸治は、ごく自然で、明け透けで、人生の核心をついた世界を描きだした。

【MEMBER】
佐藤伸治 Shinji Sato(vocal & guitar)
茂木欣一 Kin-ichi Motegi(drums)
柏原譲 Yuzuru Kashiwabara(bass)
ハカセ Hakase(Keybord)
小嶋謙介 Kensuke Ojima(Guitar)

1987年
初夏結成。当初のメンバーは佐藤伸治(Vocal / Bass)、小嶋謙介(Guitar)、茂木欣一(Drums)。最初にオリジナル曲として佐藤が持ってきたデモテープは『Blue Summer』だったという。
1988年
5月、都内ライブハウスにて活動を開始。8月、柏原譲(Bass)加入。
1989年
世はバンドブーム。初レコーディング作2曲をキャプテンレコード(当時、雑誌『宝島』が主催していたインディーレーベル)より発売のコンピレーション『PANIC PARADISE』に提供。
1990年
3月、ハカセ(Key)参加。4月、初ワンマンライブ@渋谷ラママ。10月、レコード会社ヴァージン・ジャパンと契約(後にメディア・レモラスに社名変更)。ハカセ、11月に正式加入。
1991年
2~3月、元MUTE BEATの小玉和文プロデュースでオーストラリア・レコーディング。世は湾岸戦争で海外旅行は自粛ムードだった。小玉氏は「ロックステディのアルバムを作ろう」と、バンドの第一歩に間違いない方向性を与えてくれた。
3月、ワンマンライブ@渋谷CLUB QUATTRO。
4月21日、デビュー・シングル『ひこうき』発売。5月21日、デビュー・アルバム『Chappie,Don't Cry』発売。
6月のライブで、ZAKが初めてPAで参加。
7月21日、セカンドシングル『いなごが飛んでる』発売。
11月7日、ミニ・アルバム『Corduroy's mood』発売。セルフプロデュース。「冬」の気分をまとめた名曲集。
1992年
1月~3月、フジテレビ系ドラマ「90日間トテナムパブ」主題歌『100ミリちょっとの』オンエア。初のタイアップで発注に応えるべく四苦八苦しつつレコーディングしたようだ。
2月5日、サードシングル『100ミリちょっとの』発売。
5月~6月、窪田晴男プロデュースでレコーディング。ある日、酒を飲んだあと夜中に「スタジオに集まれ」と言われて録ったり、メンバー当惑の局面もあったらしい。10月21日、セカンドアルバム『King Master George』発売。名曲を迷曲が満載の問題作。
1993年
2月9日、シングル『Walkin'』発売。3月からZAKとのレコーディング。5月に2回目のセッション。
6月18日、先行シングル、永遠の名曲『いかれたBaby』発売。
7月21日、アルバムとしては初のセルフ・プロデュースによる名作『Neo Yankee's
Holiday』発売。フィッシュマンズの音楽作りのファウンデーションが今作で確立された。7月25日には渋谷パルコ横でフリーライブ。心斎橋CLUB QUATTRO、日清パワーステーションでワンマンライブ。
11月1日から年末まで東京近郊小規模ライブハウスをまわる小ツアー。次作シングルからアルバム『Orange』までつながる、ロックな流れの始まり。
1994年
2月2日マキシシングル『Go Go Round This World!』発売。『Neo Yankee~』の世界観を更に推し進めた、ポジティブ・フィーリング溢れる名曲。
猛スピードで成熟していったこの時期、佐藤とバンドを作り上げてきたギター小嶋が5月に脱退。
6月17日、マキシシングル『Melody』発売。初めてアナログ12"もリリース。グルーヴィーなピアノリフとオルガンがリードするタイトル曲はライブでの最重要曲のひとつに。
7月~、ギターにシュガー吉永(Buffalo Daughter)を迎え、ロンドンレコーディング。10月21日、シングル『MY LIFE』、アルバム『Orange』同時発売。バンドグルーヴが加速し続けたこの一年間の集大成的な、ダイナミックレンジの広いアルバムとなった。年末は5都市ツアー。
1995年
3月17日、初のライブ・アルバム『Oh!Mountain』リリース。一部内容違いの10インチ2枚組アナログも。ZAKのミックスで、斬新な音像のライブ・アルバムとなった。これにあわせて全11本の全国ツアー。
春、ポリドールへ移籍。8月には自身のスタジオ「ワイキキ・ビーチ」を構え、レコーディングをスタートさせる。
9月、移籍記念ライブ「レッツ・ポリドール」。このライブを最後にHAKASEが脱退。レコーディングはギター木暮晋也(Hicksville)、キーボードHONZIらを迎えて、長期間にわたって行われた。
11月25日、シングル『ナイトクルージング』リリース。あらゆる意味で静かな衝撃を与えたエポックメイキングなシングル。次作アルバムへの完璧なる序章。
1996年
2月1日、アルバム『空中キャンプ』をリリース。絞り込まれた音で奏でられ、絞り込まれた言葉で歌われた美しいマスターピース。このアルバムで急激にサウンドが変化。それは何に起因していたのだろう?スタジオ環境、メンバーの減少、移籍、時代......。二枚組クリアビニールのアナログも発売した。
発売日から、全10本の「若いながらも歴史あり」ツアー。ファイナルは新宿LIQUID ROOM 2days。この時期から、サポート・ギタでダーツ関口(元SUPER BAND)がコンスタントに参加。
3月27日、『BABY BLUE』をアルバムからシングルカット。カップリングは『SUNNY BLUE(HICKSVILLE MIX)』。
オルタナティヴな側面を拡大しつつあったこの時期、一曲入り40分の長尺曲をレコーディングするプロジェクトを開始。まずはショートバージョン『SEASON』、ついで7月~8月にかけ『LONG SEASON』をレコーディング。ポップの真裏へ突き抜ける大作セションが行われ、プライベートスタジオ「ワイキキ・ビーチ」で完成。
9月25日、シングル『SEASON』リリース。
10月25日、1 TRACK ALBUM『LONG SEASON』リリース。35分超、4つのパートからなる大作に、極めてパーソナルなリリックの世界。誰も挑まない領域に挑んだ挑戦作。しかし、この作品を味わうには何の予備知識も必要ない。これはただただ夢のような音楽体験なのだ。
完成後に出演したイベントライブでは、持ち時間いっぱいを使って、この一曲のみを演奏。その後も、演奏するごとにアレンジが変化し、ライブバンド、フィッシュマンズは観客の度肝を抜き続けた。
年末、神戸、名古屋、東京「LONG SEASON '96~'97」ツアー。
1997年
2月~6月アルバムレコーディング@「ワイキキビーチ」。史上最長のレコーディング。日本ではかなり早い段階で、PRO TOOLSを導入し、ほぼ全てをこのプライベート・スタジオで完成させた。7月2日、シングル『MAGIC LOVE』リリース。カップリングは当時親交を深めつつあったTOKYO No.1 SOUL SETの川辺浩志によるリミックス。
7月24日、アルバム『宇宙 日本 世田谷』リリース。移籍後の方向性を更に推し進めつつ、サウンドの振幅がより広がった最後のスタジオ・フル・アルバム。詞も、個人的な日常と、大きな視点とが組み合わされて世界観の広がりが感じられる。二枚組LPもリリース。
全12本の全国ツアー「宇宙 日本 奥田イズム」。ファイナルは日比谷野外音楽堂にて初ワンマンライブ。
10月22日、『WALKING IN THE RHYTHM』をアルバムからシングルカット。アルバムとは全く異なるアレンジの4versionを収録。
12月、「WALKING IN THE 奥田イズム」ツアー。大阪・名古屋・東京。
1998年
プライベートスタジオ、ワイキキビーチを引き払い、録りためた膨大なライブ音源の整理に年明けから着手。ポリドールのスタジオにて、ライブアルバムを制作。5月まで。
3月、「低音バッシュ」ツアー4公演。
8月19日ライブ・アルバム『8月の現状』リリース。CDとは内容の異なる2枚組LPもリリース。ライブ音源を激しく解体、緻密に再構築したそれは、通常の枠組みに収まらない、ライブの記録となった。
7月、再び長尺の新曲『ゆらめきIN THE AIR』制作に着手。
8月~、全15本の全国「8月の現状」ツアー。ファイナルは10月10日、日比谷野外音楽堂。
12月2日、一曲入りのシングル『ゆらめきIN THE AIR』リリース。13分を越えるこの楽曲は音響面での注目を集めてきたここ数年を総括するかのように感じられる。が、この発売を受けて行われた「男達の別れツアー」5公演をもって、音楽的に重要なウエイトをしめていたベースの柏原が脱退。
12月27,28日「男達の別れ」ツアーファイナルの赤坂BLITZ公演が、最後のライブとなった。
1999年
3月15日、佐藤伸治 永眠。
3月17日、ビデオ・クリップ集『THREE BIRDS & MORE FEELINGS』リリース。川村ケンスケ監督のPV集。同日、ベスト・アルバム『FISHMANS BEST 1991-1994 ~Singles & More』リリース。ポリドール移籍後のベスト。
7月、ライブイベント「フィッシュマンズ的組合」3公演。茂木を中心に、サポート勢などが参加。
9月29日、ライブアルバム『98.12.28 男達の別れ』リリース。最後のライブを完全収録した2枚組。
2000年
10月25日、ライブビデオ『記憶の増大』リリース。
11月、ビデオ+ライブイベント「映像キャンプ2000~記憶の増大~」@新宿LIQUID ROOM。ビデオ・コンサート+映像にシンクロしたライブ演奏のイベント。茂木渾身のドラムソロを演奏。
2001年
4月、ビデオ+ライブイベント「映像キャンプ2000~記憶の増大~」大阪・名古屋公演。
2005年
4月21日、デビュー記念日のこの日、2枚組ベストアルバム『空中』『宇宙』2タイトル同時リリース。
8月には、ゲストヴォーカリストを迎え「RISING SUN ROCK FESTIVAL in EZO」のステージに立つ。北海道の大地に、新たな季節を予感させた。
そして、11月。ベスト盤編成時からの茂木が熱望していたライブツアーFISHMANS presents "THE LONG SEASON REVUE"が東京・名古屋・ 大阪で行われる。
多数のヴォーカリストを迎え、行われたそのライブは4時間を超えるステージとなった。