BIOGRAPHY

Fiction Plane / フィクション・プレイン


Fiction Planeジョー・サムナー(vocals, guitar, primary songwriter)
セトン・ダウント(lead guitar)
ダン・ブラウン(bass, backing vocals, keyboards)
ピート・ウィルホイト(drums)

ジョーとダンはロンドンの同じ高校で出会う。2人は”ニルヴァーナ”に衝撃を受け、音楽をやりたい衝動に駆り立てられていた。”ニルヴァーナ”とういう共通項で結ばれた2人はバンドを結成。ツートン・ムーヴメントの中心だったザ・スペシャルズをきっかけに音楽を聴き始めたジョーはギターを、ジェイムス・テイラーやジョニ・ミッチェルなど両親が聴いていた音楽に囲まれて育ったダンはベースを手に取り試行作後しながら彼らのサウンドを模索する。当時のレパートリーはニルヴァーナ”のカヴァーと曲というにあまりにも形の無いものばかりだった。2人はアメリカの別々の高校に通うことになり、バンドは自然消滅。 (*ジョーがギターを手にしたのは10歳。ニルヴァーナの音楽に出会ったのは1991年。14歳の時だった。)

1999年、ジョーとダンは大学卒業直後、新しいバンドを結成する為に再びロンドンで集結。音楽は2人の中で力強く脈打ち続けていたのだ。バンド名はサンタズ・ボーイフレンド(”Santa’s Boyfriend”)。バンドは変拍子の曲を演奏したり、ジャズ/デス・メタルのエッセンスを取りこむなどアンチ・ポップ・ミュージックの姿勢を強く打ち出していた。  (*ジョーはボストンのチャールズ・リヴァー・クリエイティヴ・アーツ、バークリー音楽院などのプログラムにも参加。)

セトンとの出会いはやはりロンドン。アートから音楽に目覚めたという彼はセッション・ギターリストとして活躍していた。ダンは彼のギターに惹かれ、バンドへ誘う。

3人編成になった彼等はアメリカ、イギリス、ヨーロッパをツアー。緊張感溢れるアンチ・ポップ・アレンジメントと攻撃的な歌詞は観衆を魅了する。2001年5月、”Swings and Roundabouts”と名付けられたデモ音源集を自主制作しリリース。彼らが最初に取り組んだのはファン・ベースを築くこと。それがレコード会社との契約を勝ち取ることに繋がると確信していた。2002年の春、バンド名をフィクション・プレイン(ジョーが書いた初期の作品のタイトル) に変え、メジャーであるMCAと契約。

6月、MCAからフィクション・プレインのショウを観るよう促されたデイヴィッド・カーンはバンドのホーム・グラウンドでもあるロンドンのクラブthe King’s Head Pubでのショウへと足を運ぶ。バンドに可能性を見出したデイヴィッドは1月も経たない内にメンバーとロンドンでプリ・プロダクションの作業に入る。アルバムに収録するトラックを選択し、新しいアレンジメントに取りかかった。ドラマー不在のバンドにデイヴィッドは”ドラムの魔術師”として知られる名うてのドラマー、エイブラハム・ラボリエル Jr.をメンバーに紹介。レコーディングにおいて彼の力を借りることになる。

アルバムはオーヴァーダブを最小限に押さえたライヴ収録で8トラックのアナログ器機で録音された。失敗が許されないという状況下での演奏は緊張感をもたらし、アナログ処理をすることによってサウンドに暖かみ与えた。

2002年も終ろうとする頃、過密日程とも言える北米ツアーが3/11にリリースになるデビュー・アルバム、”Everything Will Never Be OK”をサポートする為に設定された。2003年2月にはサムシング・コーポレイト、ザ・ジュリアナ・セオリーのオープニング、ポール・ウェラーのオープニングを務め、3月にはSouth By Southwestに出演する。ドラマーには、はるばるインディアナからニューヨークで行われたオーディションに参加したピートが迎えられた。

リハーサル、これから始まるツアーの準備とやることは山積みだが、フィクション・プレインは自分自身の翼を広げ飛び立つ。3/11、メジャーからのデビュー・アルバム、”Everything Will Never Be Ok”がリリースになる。

*バンドのマネージャーを務めるのは音楽業界関係者の多くが敬意を表するウェイン・アイザック(アメリカのミュージック・チャンネル、VH1の元番組編成のトップ)。