BIOGRAPHY

THE-DREAM / ザ・ドリーム 


Photo _Love -King _300CMYK休眠状態の音楽業界で、唯一のポジティヴな副産物は夢(ドリーム)だ。10年以上に渡ってヒット曲の制作に関わってきた経験と、リアーナのナンバー・ワン・シングル「アンブレラ」の実績を携え、テリウス・"ザ・ドリーム"・ナッシュは、裏方から表舞台へと踏み出し、業界を目覚めさせようとしている。
「今の音楽は退屈だ」と、アトランタ在住の自信家は語る。「レヴェルを引き上げなきゃならないよな。クリエイティヴなスタンダードが音楽に設定されるべきなんだ。俺が作った楽曲の中にある"ホンモノのクオリティー"が伝わり、リスナーの皆にホンモノのインパクトを与えることができたらいいな、と思っているよ」。彼はデビュー・アルバム『ラヴ・ヘイト』で、自己満足的で画一的な音楽に対し、自身のサウンドで手厳しい批判を投げかけている。ファースト・シングル「ショウティー・イズ・ダ・シットFEAT.ファボラス」を皮切りに、J・ホリデイの大ヒット・シングル「ベッド」のソングライターは、2007年以降のR&Bを再定義した。そして、また、このセカンド・アルバムで2009年以降のR&Bを再定義しようとしている。

ノース・カロライナ州で生まれたテリウス・ナッシュは、ジョージア州アトランタのバンクヘッド地域で育った。幼少期よりドラム、トランペット、ギターと幅広い楽器に触れ、15歳で母親と死別したことをきっかけに、ソングライティングを始める。音楽という天職を見出す前、勤勉なナッシュはチェッカーズ(ファストフード店)から債権取立業に至るまでのあらゆる仕事をこなし、生計を立てていた。「取り立ての電話をかけ、"金は持ってない"なんて答えられると、"俺のことは心配しなくていいよ。これって俺の問題じゃないから"なんて言ってたんだ。俺は仕事に全精力を傾けてはいなかった。というのも、俺は自分でビジネスを興したいってずっと思ってたからね」

高校を卒業すると、テリウスはゲス・フー(Guess Who)というヴォーカル・グループに加入した。地元のラッパー、ラヒームと契約を交わしていた同グループは、中ヒットとなった「モースト・ビューティフル・ガール」でフックを歌った。"なかなかのヒットだったよ。たくさんプレイされてたんだ」とナッシュは語っている。

それから数年後、テリウスは新進気鋭のラッパーに曲を提供し始め、仲間にフックを書き始めた。彼が最初の音楽出版契約を結んだのは2003年。プラチナ・ディスクとなったB2Kの『パンデモニウム』からのシングル「エヴリシング」を書いたことで、ピアーミュージックと音楽出版契約を結んだのである。「これで俺は、本格的に音楽業界に入ったんだ」と彼は誇らしげに語る。「俺のグランパ(祖父)は、音楽じゃ決して食っていけないって俺に言ってた。彼にとって、音楽は現実的なものではなかったのさ。俺も、21か22になるまで、実際に自分が音楽業界で成功できるとは思っていなかった」

ヒット・シングル1曲を送り出して勢いに乗ったテリウスは、ほどなくポップ界のトップ・アーティストと関わることになる。

B2Kの仕事をした1年後、俺はブリトニー・スピアーズとマドンナのコラボ曲を手がけたんだ」とテリウス。「トリッキー(・スチュワート)が要らなくなったトラックに合わせて俺はヴォーカルを録音し、曲を書いた。トリッキーっていうのは、俺と一緒に"アンブレラ"を作ったヤツだよ。スタジオで新米だった俺は一晩スタジオに泊まり込み、ブースを出たり入ったりしながら、プロ・ツールで自分のヴォーカルを録音したんだ。トリッキーとペネロペ(最初に同トラックに関わっていたライター)はニューヨークへ行ってブリトニーに会った。彼らは多くの楽曲をブリトニーに聴かせたけれど、ブリトニーはあまり乗り気じゃなかった。そこで"ミー・アゲインスト・ザ・ミュージック"をかけると、ブリトニーは"この曲、いい感じね。フックが気に入ったわ"って言ったのさ。こうして俺はブリトニーに曲を提供することになった。2人がステージ上でキスをしたショウの楽屋で、ブリトニーはマドンナにコラボをお願いしたんだ」

残念ながら、テリウスは同曲で期待していたほどの成功を手にすることはできなかった。その後2年間、彼はニヴェアのセカンド・アルバム(エグゼクティヴ・プロデューサーを務めた)等、他のプロジェクトに携わった。「俺とトリッキーは、一緒に曲を作り始めた。"アンブレラ"を作った時には、"オーケー、ヒットが出来たな"って思ったよ」。L.A.リードが曲を聴き、後は知っての通り同曲は大ヒットを記録した、とナッシュは熱く語っている。

ザ・ドリームはとうとうスタジオに入り、ヒット・メーカーとしての才能を結集させた自身のデビュー・アルバム『ラヴ・ヘイト』を制作した。テリウスは自身のキャリアを通じて、人々が天気のように変わるのを見てきた。しかし彼は、「雨(レイン)の可能性100パーセント」の予報を出し、今後自身が音楽業界にレイン(君臨)した。

「皆に音楽を聴かせたいって思いの方が強いね。80年代っぽくて音楽的なアルバムさ。"アンブレラ"系のことをアルバム全体でやっているよ。つまり、どの曲もシングルとして出せるだけの出来だってこと。それにこのアルバムは、視覚的でもあるんだ。(マイケル・ジャクソンの)『スリラー』みたいに五感に働きかけてくるのさ」

その後もプロデューサーとしてジャスティン・ビーバーの「ベイビー feat. リュダクリス」、ビヨンセの「シングル・レディース (プット・ア・リング・オン・イット)」、カニエ・ウェストの「オール・オブ・ザ・ライツ」といったヒット曲を世に送り出したザ・ドリーム。そんな中、この度12/17にアルバム『テリウス・ナッシュ:1977』をデジタル・リリースすることが発表された。お馴染のパートナーであるトリッキーが関わっている今作は、2011年にフリー・ダウンロードで発売された作品に楽曲を追加収録したもの。シングル「AK47」や「テンダー・テンデンシーズ」を含む、全12曲を収録予定だ。

さらに、先日発表となった情報によると、ザ・ドリームはデフ・ジャム・レコーディングズのA&Rの取締役副社長に就任したという。本人いわく「これまで通り、アーティストの持つパワーを最大限に発揮できると信じている。自分は、アーティストや音楽業界に対するユニークな見解を持っていると思う。物事がめまぐるしくデジタル化していったこの5年間、多くの方と協力してビジネスを成功させてきた。俺が最も重視しているのは、アーティストが各々の夢や目標を実現できるということ。これまでビヨンセ、リアーナ、ジェイ・Z、カニエ・ウェスト、マライア・キャリー、セリーヌ・ディオンをはじめとする偉大なるアーティストの成功を傍で見てきた。音楽は"ダウンロード"という言葉だけで片付けられるようなものではない。文化や、リスナーにとっては生活の一部なんだから。今こそ、音楽業界にとって最もエキサイティングで危機的な時代なんだ。変化が変化を呼ぶ時なんだ!」

ついに「自分でビジネスを興したい」という自身の夢を実現させるポジションに就いたザ・ドリーム。NE-YOがモータウンの、そしてサラーム・レミがソニー・ミュージックのA&Rの取締役副社長になるなど、クリエイターがレーベルの重役に就任することが珍しくなくなった今、プロデューサーとして培ってきた自身の経験や成功を、どう活かして業界全体を活気付けてくれるのか、期待したいところだ。

 
 
 

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