Tical

    Tical 2000: Judgement Day

    Tical: The Alter Ego Remixes


 

Def Jam

 

METHOD MAN REDMAN
REDMAN
EPMD
LL COOL J
JA RULE

 


 本名クリフォード・スミス。1971年4月1日生まれ、ニューヨーク州スタッテン・アイランド出身。 母親と2人の妹と共にスタッテン・アイランドのパーク・ヒルズ・プロジェクトで育ったメソッド・マンは、 13歳のころには家を離れ、友人と共同生活を始める。学校にも行かず、ドラッグの売買に手を染めていた彼は、 次第にRZAとその従兄弟であるジニアスやオール・ダーティー・バスタードらと連むようになり、 当時彼らが組んでいた「All In Toghther Now」なるラップ・トリオにまもなく加入。 後のウータン・クランの雛型がここに誕生する。

 この4名にゴーストフェイス・キラー、レイクォン、U・ゴッド、マスター・キラーが加わり、 1993年にはデビュー・アルバム『Enter The Wu-Tang (36 Chambers)』をリリース。 そこからのリード・シングルがその名もずばり“Method Man”であったことからも明らかだが、 豊富なタレントを擁するウータン・クランにあっても抜群のスター性を放つメソッド・マンは瞬く間に人気者となり、 デフ・ジャムとのソロ契約を交わすことになる。

 後に壮大な展開を繰り広げていくウータンのソロ・プロジェクトの先陣を切り、 1994年にソロ・デビュー・アルバム『TICAL』をリリース。全米チャートで初登場4位をマークする。 メアリー・J.ブライジとの共演となったシングル“I'll Be There For You/You're All I Need To Get By”は チャート3位まで上り詰め、見事グラミー賞を獲得。アルバムもミリオンセールスを記録した。

 その後、レッドマンとの共演“How High”(1995年)やウータンの2ndアルバム『Wu-Tang Forever』(1997年)を挟んで、 1998年には2ndアルバム『TICAL 2000 ジャッジメント・デイ』をリリース。 ほぼ同時期にリリースされたレッドマン『ドックス・ダ・ネーム2000』と併せての「Man Of The Month」キャンペーンが話題になり、 レッドマンと共にプラチナム・ディスクを獲得するに至っている。

 1999年にはそのレッドマンと組みんでアルバム『ブラックアウト』を、2000年には本体=ウータンの3rdアルバム『The W』と、 精力的な活動を展開するメソッド・マンは、これまでに『Belly』や『Black And White』に出演するなど俳優業にも手を広げ、 レッドマンとの『How High』ではついに主演の座を射止めている。 待望の3rdソロ・アルバムはウータンの4thアルバム発表以降になりそうだ。